アニサキスの食中毒はなぜ起こるのか?

アニサキス症の原因魚種として最も多いサバ(ペイレスイメージズ/アフロ)

人間の胃や腸に突き刺さる線虫「アニサキス」

アニサキスによる食中毒の被害が急増している(5月12日 日本経済新聞)。アニサキス(アニサキス線虫)とは「寄生虫」の一種で、幼虫が魚介類の内臓に寄生し、その魚介類が死ぬと内臓から筋肉に移動する。アニサキスが付着した状態の筋肉部分(いわゆる「身」)を食べることで、人間の胃や腸にアニサキスが突き刺さり激痛に見舞われることがある。それが「アニサキス症」である。

症例は世界各国で認められるが、日本での報告が圧倒的に多い。それは魚介類を生で食べる習慣が日本人にあるからに他ならない。主な国内のアニサキス症は年間1,000例以上あると考えられ、原因魚種としては「サバ」が最も多いと報告されている。また、西日本および関東周辺ではサバ、イワシ、アジなどが原因魚種に多く、北海道ではタラ、ホッケ、サケなどが多くなっている。東京都内では2008年にメジマグロやシロザケを原因とした食中毒事例も発生している。

今年に入ってタレントの渡辺直美さんや庄司智治さんが、SNSやテレビ番組などで「アニサキス症」の被害に遭ったことを報告し、一気に注目が集まった。また2012年12月28日の食品衛生法施行規則の一部改正により、アニサキスが食中毒の病因物質の種別として食中毒事件票に新たに追加されたことや、2013年より厚生労働省が食中毒の発生統計において「アニサキスによる食中毒」の集計を始めたこともあり、アニサキス中毒の実態把握が進んだ背景もある。

生を避けて加熱冷凍するのが確実な予防法

アニサキスが寄生した魚介類を調理する場合、70℃以上で加熱するかマイナス20℃以下で24時間以上冷凍すれば、食べても問題はないとされている(厚生労働省ホームページ)。海外でもアメリカでは「マイナス35℃以下で15時間以上、またはマイナス20℃以下で7日間以上の冷凍」を勧告、EUでも「マイナス35℃で15時間以上、またはマイナス20℃で24時間以上の冷凍」を義務付けている。

つまり加熱や冷凍をした魚の場合はリスクが避けられ、生で調理、喫食する場合にリスクが急激に上がるということになる。また寄生先は主に内臓部なので、魚の内臓を生で食べるのは厳禁である。アニサキス症の確実な予防方法は「魚介類の生食を避ける」「加熱、冷凍処理したものを食べる」ということしかない。

また、アニサキスは寄生宿である魚介類が衰弱すると内臓部から筋肉部へ移動、侵入する。しかしアニサキス幼虫は6℃以下の水温では渦巻状になって動かなくなるので、4℃以下で低温保管をすると内臓部から筋肉部への侵入のリスクが低くなる。さらに可及的速やかに内臓部と内臓周辺の筋肉部を取り出すことでリスクは軽減される。その場合はまな板や包丁、布巾などを「身卸し用」「調理用」と分けて使用するのは言うまでもない。

サバやサケの生食は要注意

私たちが飲食店などで食べる場合の心構えとしては、まずアニサキスが寄生している可能性の高い種類の魚を生で食べないことが重要だ。特に寄生している可能性が高い魚は「サバ」「サケ」「タラ」「ニシン」であるが、現実的には「サバ」「サケ」を食べる機会が多いだろう。

古くから東京や関東などでは、サバは「焼きサバ」「締めサバ」として食べることが一般的であり、生で食べる習慣がない。「焼きサバ」は問題ないが、前述の通りただ酢で締めただけではアニサキスは死滅しないので「締めサバ」はリスクが上がる。またサケの「ルイベ」は冷凍しているためにリスクは軽減される。さらにルイベにすることで、身を薄く削ぐように切ることが容易になり、アニサキスの確認がしやすくなっている。

これらのものを食べる場合には、安心安全で信頼に足る店に足を運ぶことは言うまでもないが、自己防衛としてまずしっかりと「目視」することが重要だ。次に何度もゆっくりと「咀嚼」することでアニサキスの発見が容易になり、少なくとも飲み込んで体内に入れてしまうリスクは軽減することが出来るだろう。

福岡のサバが安全な理由とは

福岡の郷土料理「ごまさば」はアニサキス症のリスクが低い
福岡の郷土料理「ごまさば」はアニサキス症のリスクが低い

福岡の名物料理に「ごまさば」がある。「ごまさば」とは脂の乗った生のマサバの刺身を醤油や味醂、胡麻などと和えた料理だが、福岡でアニサキス症の報告は極めて少ない。それは何故なのだろうか。

実はアニサキスにはいくつかの種類があり、寄生宿の魚が生息する海域によって異なることが分かっている。アニサキスの寄生が多い「マサバ」を例に挙げると、日本近海のマサバは主に九州から三陸沖に分布する「太平洋系群」と、東シナ海から日本海沿岸に分布する「対馬暖流系群」の2系群に分かれることが知られているが、長崎県から石川県の日本海産のマサバと、高知県から青森県までの太平洋側で水揚げされるマサバを調べたところ、マサバの生息域でも海域により寄生するアニサキスの種類が異なることが分かった。

マサバの内臓部から筋肉部へのアニサキスの移行率は、太平洋側のマサバに寄生するアニサキスの方が、日本海側のマサバに寄生するアニサキスよりも100倍以上高いことが明らかになっている。さらに国内のアニサキス感染者100名より摘出した虫体の99%が太平洋側のマサバに寄生する「アニサキス・シンプレックス・センス・ストリクト」であったという調査結果も報告されている(東京都健康安全センター ホームページ)。つまり日本海側の海流で取れたマサバの場合は、刺身で食べた時にアニサキス症になるリスクが極めて低いということなのだ。

最近では都内でも九州料理や福岡料理の専門店のメニューとして「ごまさば」が出されているが、その場合にはどこの海域で採れたマサバを使っているのかを確認する必要があるだろう。太平洋側のマサバを使っていた場合にはアニサキス症のリスクが俄然高まるので、食べるのは避けた方が賢明だ。

アニサキス症の自覚症状が出たら速やかに医療機関へ

日本人として魚介類を生で食べる習慣を変えることは難しい。だからこそリスク回避の知識が必要になる。アニサキスが寄生する可能性の高い魚は生では食べない。調理する時は加熱、冷凍、目視を徹底し、喫食する時も目視を徹底する。それでも見逃して生きたアニサキスが体内に入ってしまった場合は、残念ながらアニサキス症になる可能性が極めて高くなる。

アニサキス症のほとんどの症例である「急性胃アニサキス症」の場合は、喫食後数時間後から十数時間後に、みぞおちの激しい痛み、悪心、嘔吐が生じる。また「急性腸アニサキス症」の場合は食後十数時間後から数日後に、激しい下腹部痛や腹膜炎症状が生じる。 不運にもアニサキス症になってしまった場合は、速やかに医療機関へ行くことをお勧めする。