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なぜミシュランは東京のラーメンを選んだのか?

山路力也フードジャーナリスト
今回ビブグルマンに選ばれた、らぁ麺やまぐち(西早稲田)の「鶏そば」。

創刊8年目で初のラーメン店掲載

12月5日、今年も「ミシュランガイド東京2015」(日本ミシュランタイヤ)が発売された。それに先だって12月2日には掲載店のリストが発表となったが、昨年版より新たに加わった「ビブグルマン」カテゴリに今年から「和食」ジャンルが追加され、ラーメン店も22軒掲載されて話題を集めている。

1900年にドライバー向けのガイドブックとして、フランスで産声を上げた「ミシュランガイド(le Guide Michelin)」。フランスのタイヤメーカーであるミシュランタイヤが、モータリゼーションの向上を意図して創刊したもので、当初は自動車の整備方法や、都市別の詳細な地図、さらにガソリンスタンドやホテル一覧など、ドライバーの利便性を高めるための内容が掲載されていた。一般的に「ミシュランガイド」と呼ばれているものはレストラン・ホテルガイドであり、その表紙の色からも本国では「レッド・ミシュラン(le Guide Rouge)」の通称で知られている。他にもフランスなどでは「グリーン・ミシュラン(le Guide Vert)」と呼ばれる旅行ガイドなども発刊されている。

その後、百年以上にわたりフランスをはじめヨーロッパ圏のみでの発行がされていたが、2005年にニューヨーク版が創刊され、初めてヨーロッパ圏以外のミシュランガイドが発行された。現在では世界24ヶ国で発刊されており、日本での創刊は2007年の東京版を皮切りに、2009年には京都・大阪版、2012年以降は北海道特別版や福岡・佐賀特別版なども発刊されている。

これまでもラーメンの掲載は何度となく噂されていたが、星はつかないものの「5,000円以下でリーズナブルに楽しめる店」として「ビブグルマン(Bib Gourmand)」カテゴリが日本版にも昨年より加えられ、さらに今年から和食ジャンルもビブグルマンに含まれるようになったため、東京版ミシュランガイド創刊8年目にして、初めてラーメン店が掲載されることとなった(追記:福岡・佐賀版など地方特別版には掲載された事がある)。その歴史的背景から、日本国内ですらラーメン=中華料理のジャンルにカテゴライズされる事が多い中で、ミシュランガイドがラーメンを「和食(日本食)」のカテゴリに入れたということは、日本の食文化の観点上からも非常に意味があることだと思う。

著しく偏向している掲載店の傾向

なぜミシュランはこれまで掲載していなかった東京のラーメンを、創刊8年目にして載せることにしたのだろう。東京の外食文化を語る上でラーメン店が欠かせないのは言うまでもなく、数年前よりラーメン店へのアプローチがあったことは確認が出来ている。しかしながら、東京のラーメン店は実に数が多く、かつ数年を待たずして閉店してしまう店も多いため、店の選定や掲載方針などを固めるのに時間がかかったのではないかと推察する。

また、比較的リーズナブルな価格帯で楽しめる料理店の数を揃えることで掲載店を増やしたい、という編集上の意図もあるだろうし、2012年よりグルメサービス「ぐるなび」と協業で稼働させている「ミシュランガイド・デジタル」のコンテンツを充実させたいという狙いもあるだろう。

ラーメン評論家として今回のミシュランガイドへのラーメン店掲載については、率直に喜ばしいと感じると同時に、時期としては遅過ぎたのではないかとも感じている。すでにニューヨーク版や香港版では日本から進出した人気ラーメン店が数多く掲載されている中で、ラーメン文化の中心都市である東京のラーメンがなぜ掲載されないのかと、2007年の創刊当初より思っていたからだ。

都内にあるラーメン専門店の数は4,000とも5,000とも言われており、ラーメンを出す中国料理店やレストランなどを含めるとさらにその数は増えるだろう。その中で今回「ビブグルマン」の称号を得たラーメン店の数は22軒。いわば、世界一のラーメン都市東京を代表する22軒と言っても良い。しかし、残念ながら今回掲載された22軒が今の東京ラーメンシーンを代表しているとは思えない。

誤解されないように先に述べておくが、今回掲載されたラーメン店はいずれも東京を代表する人気店であり、掲載されるに値するクオリティを持っている店であることは断言しておく。しかし、今回掲載された22軒の大半が「清湯醤油」とカテゴライズされるスープが濁っていない醤油ラーメンを看板メニューに据えており、掲載店の傾向が著しく偏向している気がしてならないのだ。

今や世界食とも言われ、世界各国の都市で人気を集めている「ラーメン」。ラーメンの面白さは、そのバラエティ豊かなラインナップにある。そして世界一色々な種類のラーメンがある街が東京だ。今回の22軒の選択が、果たして今の東京のラーメンシーンを反映しているのかどうか。言い換えるならば、ラーメンを知らない人がこの22軒を食べ歩いた時に、東京のラーメンの幅の広さや奥の深さを感じられるのかどうか。

確かに「清湯醤油」はここ数年のトレンドになっていることは間違いない。しかし、それ以上に「鶏白湯」「豚骨魚介」「煮干し」「牛骨」「つけ麺」などのラーメン店が人気を集めているのもまた事実だ。さらには何十年にもわたり愛されている老舗実力店の存在も無視出来ない。しかし、今回の掲載店は「清湯スープ」「醤油」「ここ数年以内にオープンした新店」がその大半を占めているのだ。それが調査不足から来るものなのか、調査員の好みの傾向なのかは分からないが、いずれにしても今の東京ラーメンを切り取った姿とは言い難い。

今の東京のラーメンシーンを紹介する上で、今回選ばれた22軒を載せるのであれば、ラーメンのカテゴリは少なくとも倍、いや3倍ほどの掲載店が必要であろうし、逆に20軒程度に掲載店を絞るのであれば、店の入れ替えは必須であろう。それほどまでに東京のラーメン店は実力のある店が多く、そして個性豊かな店が集中しているということなのだ。

私たちラーメン評論家が東京のラーメンを特集する時、載せたい店が多過ぎていかに店選びに苦労するか。そういう意味においては、今回のミシュランガイド調査員の皆さんの努力には敬意を払いたいと思う。そして、今後ミシュランガイドのラーメンカテゴリがもっと充実して拡大していくことを願ってやまない。何しろ世界一のラーメン都市「東京」のミシュランガイドなのだから。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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