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キッズウィークは誰のため? 休暇は取りやすくなり、家族の時間は増えるのか?

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
(ペイレスイメージズ/アフロ)

政府が打ち出した「キッズウィーク」構想への批判が高まっている。

キッズウィークのアイデアが公表されたのは、5月24日に開催された教育再生実行会議における、安倍首相の冒頭挨拶の場だった。

「家庭や地域の教育力を高めるためには、特に、大人が子供に向き合う時間を確保することが必要」と述べ、そのための策として、地域ごとに学校休業日の分散化を図る『キッズウィーク』に取り組む考えを語ったのだ。

これは6月1日に提出された教育再生実行会議の第十次提言にも盛り込まれ、今後文科省が具体的な政策を検討するという。

キッズウィークは子供のためになるのか?

今分かる範囲では、学校の夏休みを5日ほど短くする代わり、別の時期の月〜金の5日間を休みにする。これを全国一律ではなく、地域ごとに時期を分散化させて行う、というのが「キッズウィーク」の中身だ。

教育政策としてこれを提言するのは、「大人が子供と一緒に過ごす時間を多く確保するため」とのことだが、本当だろうか?

安倍首相は上に挙げた挨拶の中で、こうも言っている。

「この取組は教育的な効果はもちろんのこと、観光需要の平準化や地域活性化などに資することにもなります。

(中略)

企業においても有給休暇の取得を促進するなど官民を挙げて働き方改革を更に進めていくことが大切です。今後、国においては官民からなる総合推進会議の設置、地域においては関係者による協議会の設置を進め、官民挙げた休み方改革を進めてまいります」

5月30日には観光庁が「観光ビジョン実現プログラム2017」を発表しており、主要施策のひとつとして「キッズウィーク」による休暇改革も盛り込まれている。また、同日に内閣の未来投資会議で検討された「未来投資戦略2017(素案)」でも、「キッズウィーク」を含む「観光ビジョン実現プログラム2017」を実行することで、地域経済好循環システムを構築すると謳っている。

「(概要紙)観光ビジョン実現プログラム2017」より(緑色の囲みは筆者による)
「(概要紙)観光ビジョン実現プログラム2017」より(緑色の囲みは筆者による)

そもそも学校の休暇を分散させようという話は、今回初めて出てきたものではない。「日本再興戦略 2016」では「観光立国」というテーマで、「休暇取得の促進・分散化」の目標が掲げられている。この時点では、学校の裁量で「県民の日」を休みにすることなどを想定し、昨年春、文科省は教育委員会に学校休業日の柔軟化の検討を、経団連は企業に、学校の動きに合わせて年休取得の促進を検討するよう、それぞれ依頼した。

このようなことから、今回出てきた構想は観光関連の経済政策と、今政府が最も力を入れている働き方改革の強化策というのが本来の位置づけで、「キッズウィーク」というなんとなく耳触りの良いネーミングを使うために、子供を出しに使っているのでは……、と勘ぐってしまう。

民主党政権時代の「休暇分散化」構想

さらに遡ると、民主党政権時代にも地域別の休暇分散化は議論されていた。

観光立国推進本部の中に休暇分散化ワーキングチームが作られ、ゴールデンウィークを地域ごとに分散化させる案と、秋に地域別に大型連休を創設する案の2案を策定した。学校だけでなく会社などの営業日にも関わる国民の休日の制度を変えようというもので、キッズウィークの構想より大胆な案だ。

当時の政府がこの案のどこにメリットを見出していたのかというと、ゴールデンウィークや年末年始、お盆に集中している観光のピークが分散すれば、観光業界は収益や雇用の安定化が図れ、生産性やサービスの向上にもつながる、交通渋滞も緩和できる、という点だ。

一方、銀行休業日が地域によって異なると金融決裁に影響が生じる、地域を超えた取引がしづらくなる、子どもの学校と保護者の勤め先で休日が違ったら困る、といった意見も出ていた。

結局この案は、2011年3月に東日本大震災が起きて議論が中断され、その後の政権交代で立ち消えになった。

すでに地域別の休暇分散を実施しているドイツ・フランス

民主党政権時代に参考にしていたのが、ドイツとフランスの制度だ。

ドイツでは、祝日と学校の休暇の時期が州によって異なる。例えば祝日については、1月1日の元日はドイツ全土で祝日、1月6日の三王来朝はバイエルン、バーデン・ヴュルテンベルク、ザクセン・アンハルト州のみ祝日、といった具合。学校の夏休みは、早い州は7月7日に始まり、遅い州は7月31日に始まる(2017年の場合)。

フランスでは、全国を3つのゾーンに分け、学校の春休みと冬休みの時期を2週間ずつずらしている。

2015年度のフランスのゾーン区分(By Chabe01 (Own work) [CC BY-SA 4.0], https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AZones_vacances_France_2016.svg)
2015年度のフランスのゾーン区分(By Chabe01 (Own work) [CC BY-SA 4.0], https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AZones_vacances_France_2016.svg)

ドイツもフランスも、休暇分散の第一の目的は人々の移動が集中することによる渋滞や混雑の緩和だ。両国とも、働く人も長期のバカンスをとる習慣が根付いているからこそ、このような制度が必要とされ、受け入れられているのだろう。

例えばフランスの場合、労働者には1年に1度は12労働日を超える連続した有給休暇を与えなければいけない、という法律がある(1年の有給休暇の付与日数は30日)。そうなると、子どものいる家庭では、学校の休みに合わせて長期休暇を取ることが多いだろう。だから、学校の休暇をゾーン制にすることが、社会全体の休暇の分散化につながるのだ。

ちなみに、学校が休みの地域では、合わせて休業している商店やレストランも多いそう。「休日が増えたらサービス業はよけいに休めなくなる!」という反発が出てくる日本とは、かなり状況が違うのである。

求められるのは、有給を取りやすい制度づくり

私は、「教育のため」として「キッズウィーク」を推し進めるのは違うと感じるが、それによって観光業界の生産性が向上したり、お盆などの渋滞が緩和されるのであれば、休暇を分散させるというアイデア自体は悪くないと思う。

子どもがいない社会人への配慮がない、という意見もあるようだが、みんなが休む時期が分散することによる恩恵は、子どもがいなくても得られるものだ。ただ、本当にそういう効果を得るには、働く人が様々な時期に有給休暇を取れる状況になければならない。今はまだ、その状況にはほど遠いのではないか?

観光庁は、毎年の高速道路の渋滞ランキングを発表している。それを見ると、1年で最も混雑する時期の状況は以下のようになっている。

NEXCO3 社及び本四高速における「渋滞損失時間」の合計

年末年始(H27からH28にかけて):

546 万人・時間(高速道路を利用した1 台あたり 8 分に相当)

お盆期間(H27):

1,036 万人・時間(高速道路を利用した1 台あたり 11 分に相当)

ゴールデンウィーク期間(H28):

771 万人・時間(高速道路を利用した1 台あたり 6 分に相当)

(「道路:整備効果事例/道路関係データ(交通量・渋滞・環境等) - 国土交通省」より)

年末年始、お盆、ゴールデンウィークを比べると、お盆が一番混雑しているようだ。

昨今では、夏季休暇の時期を「6月から9月の間に3日間」など、社員同士で調整しあって柔軟に取れるようにしている会社も増えている。子供の休みに合わせるという意味では、学校の夏休みは1ヶ月以上あるのだからお盆期間以外の選択肢も多いはず。それでもやっぱり、お盆に休む人が多いということだ。キッズウィークで夏休みを5日間削るといっても、お盆の時期が夏休みでなくなる、ということは多分ないだろう。そういう状況で、今までお盆に休んでいた人が、休む時期を変えるかというと、難しいのではないか?

会社員が「うちの子どもは来月キッズウィークなので、休暇とりますね!」と言えるようになるには、フランスのように労働者に連続した有給休暇を与える義務を課すなど、企業の行動を促す制度の方が先に必要だ。それをやらずに、学校の休暇をどうこうして企業の対応を求めるというのは、遠回りにすぎるのではないだろうか。

フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』(http://mydeskteam.com/ )を運営中。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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