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コロナ危機/トヨタがSDGsへの取り組み加速へ/企業の存在意義問う好機とせよ

安井孝之Gemba Lab代表 フリー記者
20年3月期決算発表でスピーチする豊田章男・トヨタ自動車社長(トヨタ提供)

トヨタ自動車が新型コロナウイルスの感染が拡大している状況下で、SDGs(持続可能な開発目標)に本気で取り組むことを表明した。コロナ危機が直撃する2021年3月期決算予想は減収減益となったが、5000億円の営業黒字と踏ん張る。コロナ危機でも未来への投資は続け、世界中の人たちに向けて「幸せを量産する」という宣言だった。

トヨタ自動車が5月に開く3月期決算の発表の場は豊田章男社長が過去の決算を総括し、今後の課題と抱負を披露する場である。今年は電動化や自動化を急加速させる「100年に一度の大改革」にコロナ危機が重なった。リーマン・ショック直後に社長に就任し、これまでも東日本大震災などの危機を経験してきた豊田社長が何を語るのか。私も記者会見にオンラインで参加しながら、耳を傾けた。

「強い企業」にしたいと思ったことはない

およそ20分のスピーチが終わろうとしたとき、「最後に、今、私が最も大切だと考えていることを申し上げる」と現在の思いと覚悟を語り始めた。

「この11年間、私はトヨタを『強い企業』にしたいと思ったことは一度もありません」とまず言い切った。

確かに会社の存在意義は強いことにあるのではない。いくら強くても世界が求めている価値を提供できないような会社は存在意義がない。そして豊田社長はこう続けた。

「トヨタを『強い企業』にしたいと思ったことはない」と語った豊田社長(トヨタ自動車提供)
「トヨタを『強い企業』にしたいと思ったことはない」と語った豊田社長(トヨタ自動車提供)

「トヨタを『世界中の人々から頼りにされる企業』、『必要とされる企業』にしたいという一心で経営のかじ取りをしてきたつもりです」

会社が強く、大きくなるのは国内外のお客により良い製品やサービスを提供し続けるための手段に過ぎず、目標ではない。会社の存在意義であり、目指すべきものはより良い価値を生み出し続けることである。「グローバルなモノづくり企業」であるトヨタの場合は、それを今年は「『幸せを量産』することが使命」と豊田社長は表現した。

「幸せの量産」に黄信号

だがコロナ危機の現実は「幸せの量産」に厚く高い壁となって立ちはだかっている。グローバルに広がったサプライチェーンは目詰まりする。現地現物でモノを見たり、感じたりして、商品を開発し、モノづくり現場を改善してきたトヨタの得意技にも新型コロナウイルスの脅威は襲い掛かる。「幸せの量産」に黄信号が灯っているのだ。

コロナ危機はトヨタばかりか大半の企業の持続的な価値づくりに脅威を与え、世界中の人たちの生活を直撃している。企業活動の持続性が危機にさらされている今、企業人たちはどう立ち向かうべきなのか。

明らかに言えることは、自らが生きのびることだけを考えることではない。ともすれば嵐が過ぎるのを待ち、その間は身を縮めて生きのびるという選択をとりそうな企業が多いだろう。その間も地球環境の悪化は進み、おそらく今回のコロナ危機は医療体制が不十分な世界の貧しい地域に先進国よりも深刻な打撃を与えるに違いない。予想されるそんな状況が分かりながら、企業はひたすら身を縮めてばかりでいいのだろうか。

2015年の国連サミットで、全会一致で採択されたSDGsは、「誰一人取り残されない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現に向けて定められたものだ。私は、今こそ企業は「SDGs」に取り組むべきだと思っていた。

豊田社長が示した最後のスライドはこう締めくくられていた。

 私の使命   

 SDGsに本気で取り組むこと

「トヨタイムズ」から
「トヨタイムズ」から

「やられた。トヨタに先を越された」と私は思った。トヨタのような大企業がこの危機の中でSDGsを前面に出してくるとは思っていなかったのだ。うかつだった。

トヨタグループはコロナ危機に対して、医療用フェイスシールドの生産を始めたり、PCR検査用車両を地域の医師会に提供したりと、モノづくり企業として社会貢献をすでに進めている。だが本気で取り組むとは、本業でもSDGsを意識し、取り組みに拍車をかけることである。

今年度の研究開発費は前年並みの1兆1000億円と削らない。同席した小林耕士取締役は「未来に対する開発費、投資は普遍的にすべきだ。持続的成長をすることで世の中が豊かになるという社長の持論に必死についていこうとしている。スマートシティーの投資などは変えない」と話した。

「100年に一度の大変革」と二つの原罪

そもそも自動車産業は誕生からこれまでCO2を排出し続け、環境に負荷を与えてきた。また交通事故では死傷者を出し、人を不幸にもした。電動化や自動化を競う「100年に一度の大変革」は自動車産業が抱えているこの二つの原罪をあがなうための取り組みでもある。まさに本業をさらに高い次元へと導く取り組みは、SDGsへの取り組みにほかならない。

産業界のこれまでのSDGsへの取り組みは、ともすれば企業業績の余裕があるときにする社会貢献活動の延長線にあるというイメージがぬぐい切れなかった。だが今回のコロナ危機では、世界中の企業や個人の持続的な活動が強い制限を受けている。世界経済、地球環境の持続性を求めてきたSDGsはコロナ危機だからこそ取り組まなければならないものなのだ。それは自動車産業に限らず、企業が世界経済、地球環境の維持に向けて自社の経営資源をどのように振り向けるかに知恵を絞り切ることが求められている。

豊田社長は20分のスピーチの中でコロナ危機をこう語った。

「企業も人間も『どういきるか』を真剣に考え、行動を変えていく。私たちは今、大きなチャンスを与えられているかもしれません。そして、それは、ラストチャンスかもしれません」

それは世界の企業人や私たちへのエールのようにも聞こえた。

Gemba Lab代表 フリー記者

1957年兵庫県生まれ。早稲田大学理工学部卒、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年、朝日新聞社に入社。東京経済部、大阪経済部で自動車、流通、金融、財界、産業政策、財政などを取材した。東京経済部次長を経て、05年に編集委員。企業の経営問題や産業政策を担当し、経済面コラム「波聞風問」などを執筆。2017年4月、朝日新聞社を退職し、Gemba Lab株式会社設立、フリー記者に。日本記者クラブ会員、東洋大学非常勤講師。著書に「2035年『ガソリン車』消滅」(青春出版社)、「これからの優良企業」(PHP研究所)など。写真は村田和聡氏撮影。

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