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トヨタがスペシャルオリンピックスのグローバルパートナーに 「不可能」を「可能」にする挑戦を支援へ

安井孝之Gemba Lab代表 フリー記者
SOの活動支援をアピールする豊田章男社長(後列右から3人目)(18日、筆者撮影)

 トヨタ自動車は11月16日、SO国際本部とグローバルパートナー契約を結び、2018年から本格的に活動を始めることになった。東京本社での調印式では豊田章男社長とSOのティモシー・シュライバー会長(冒頭写真では豊田社長の左隣り)がサインを交換した。2日後の18日に「アリーナ立川立飛(東京都立川市)」で開かれたプロバスケットボールBリーグ、アルバルク東京とレバンガ北海道の試合の際には、その日を「スペシャルオリンピックスデー」とし、豊田社長とシュライバー会長が出席する力の入れようだった。

五輪、パラ、SOパートナーは初めて

 トヨタはすでにオリンピックとパラリンピックの世界的なパートナーとなっており、3種類のオリンピックのパートナーになるのは世界で初めて。

 18日のアルバルク東京とレバンガ北海道との公式戦の前には障害者と健常者が一緒に競技する「ユニファイドバスケットボール」のデモ試合があった。Bリーグファン2500人余りの観衆の前で10分間のゲームが繰り広げられ、そこには米NBAリーグで活躍したディケンベ・ムトンボ氏(冒頭写真では後列左から3人目)も参加し、会場を沸かした。

 SO日本の関係者らは「SOの試合がトップリーグの場で開かれたのは初めてではないか。少しでも多くの人にSOを知ってもらう機会になったと思う」と話した。

 SOは日本での知名度は低いが、欧米などではパラリンピックよりも注目度が高いという。1962年に故ケネディ大統領の妹ユニス・ケネディ・シュライバー氏が自宅の庭で開いたイベントが始まりだ。ユニス氏の姉には知的障害があり、姉にスポーツを楽しんでほしいという思いがきっかけだった。68年に組織化され、活動は全米から世界へと広がった。現在、172か国と地域で570万人以上のアスリートとパートナーが活動している。日本では1994年にSO日本が設立され、約8000人のアスリートが参加している。

 SOは五輪やパラリンピックのように4年に1回の大会がメーンイベントになるのではなく、年間を通じたすべての練習やイベントが大切という意味を持たせるために「オリンピックス」と複数にしていることが特徴でもある。競技会では性別、競技能力などに応じてクラス分けをし、同じレベルで競い合う。予選落ちもなく、全員が表彰台に立つ。様々な障害を一つの個性として受け入れ、それぞれが活躍できる場を提供し、引きこもることなく、一歩前に進むきっかけにすることがSOの目指す社会だといえる。

 多様な社会目指すSO

 SOが今、力を入れているのが「ユニファイドスポーツ」だ。障害者(アスリート)と健常者(パートナー)がほぼ同数でチームを組み、競技をする。お互いが能力を補完しながら戦うにつれ、お互いの理解や友情が育めるという。あるアスリートは「障害者だけでプレーしている時よりもうまくなった」と話す。またパートナーにとっても障害者の高い能力を知る機会になるという。スポーツを通じてダイバーシティ(多様性)を受け入れ、学ぶことにもつながっていく。

 豊田社長はグローバルパートナー契約の際にこうコメントした。

「私自身、学生時代からスポーツを続ける中で、スポーツには様々な個性を持った人々が参加し、同じ目標に向かって競い合い、リスペクトしあう世界を築く力があると感じている。そしてユニファイドスポーツは、その世界をもっと具現化している」

 トヨタは2016年1月からSO日本に対するパートナーになり、今回、SO国際本部のパートナーになる。「当初はSOって何?という社員が多く、まずSOとは何かから徐々に社内で周知していった」と社会貢献担当者は話す。こうした活動を進めることで社会貢献活動としての効用だけでなく、巨大企業となったトヨタ社内にともすれば広がりかねない、前例踏襲で多様性に乏しい経営手法を改める契機になる可能性もある。

 SOに限らず、スポーツへの支援を加速しているトヨタの一連の活動は、現状への危機感のあらわれかもしれない。18日のスペシャルオリンピックデーのイベントの後、記者団に豊田社長は「スポーツは誰かのために戦い、チームワークを築き、諦めずに挑戦していく。いろんなことを学びます」と話した。特にSOやパラリンピックは、障害を抱えながらも壁を越えて行こうとするアスリートたちの姿を目にする。そこから刺激を受けているのだろうか。

 トヨタ社内も「不可能」を「可能」に

 トヨタは数年前までは自動運転技術について実は懐疑的だった。「FUN TO DRIVE」(運転する喜び)をスローガンにしてきたトヨタは、運転を機械任せにする自動運転技術を簡単には容認できなかった。安全性の向上を目指すならまだしも、例えば運転中にスマホを使うために実現するのはおかしい、という思いがあった。

 だが2015年にパラリンピックのワールドワイドパートナーになった際に、パラリンピック選手らの「私たちも自由にクルマに乗って移動したい」という思いや、自動車事故で障害者になったという事実を知らされ、自動運転への考え方が変わっていった。パラリンピック競技者との交流が、自動運転技術の開発加速化につながった。

 10月からトヨタは世界中の社員に向けて”Start Your Impossible”というスローガンを掲げた。社員一人ひとりが困難な課題に挑戦しよう、という意味だが、トヨタを取り巻く市場環境の困難さは日々増している。自動運転技術や電気自動車に向けた開発競争はIT企業も巻き込んだ世界的な競争が激化している。過去の延長線上には未来はなく、新しい挑戦を繰り返す組織に変わらないと生き残れないという危機感を強めているのがトヨタである。

 18日にユニファイドゲームを観戦した後、豊田社長は「彼ら、彼女たちが頑張っている姿を見て、私たちも頑張ろうと改めて思いました。毎日、毎日、impossible(不可能)をpossible(可能)にしようとしていることを応援したい」と語った。

 16日、18日の両日開かれたSOに関するすべてのイベントに豊田社長は出席した。分刻みの多忙を極めるトヨタの社長がほぼ1日を費やした。その意味は、SOへの支援を訴えるとともに、「もっと挑戦せよ」という社内への強いメッセージだったのかもしれない。

Gemba Lab代表 フリー記者

1957年兵庫県生まれ。早稲田大学理工学部卒、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年、朝日新聞社に入社。東京経済部、大阪経済部で自動車、流通、金融、財界、産業政策、財政などを取材した。東京経済部次長を経て、05年に編集委員。企業の経営問題や産業政策を担当し、経済面コラム「波聞風問」などを執筆。2017年4月、朝日新聞社を退職し、Gemba Lab株式会社設立、フリー記者に。日本記者クラブ会員、東洋大学非常勤講師。著書に「2035年『ガソリン車』消滅」(青春出版社)、「これからの優良企業」(PHP研究所)など。写真は村田和聡氏撮影。

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