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「僕次第で未来が変わる」BMXの18歳エース・中村輪夢が東京五輪に懸ける思い

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
中村輪夢の武器「バースピン」(撮影:ファーストトラック/Naoki Gaman)

 東京五輪の延期は、夢を信じてまっしぐらに突き進んできた10代のアスリートたちの心にも、容赦なく影響を及ぼしている。東京五輪からの新種目である「自転車BMXフリースタイル・パーク」男子のホープ、中村輪夢(なかむら・りむ=ウイングアーク1st所属)も、そのうちの一人だ。

 BMXライダーだった父の影響で3歳でBMXに乗り始めた中村は、15歳でプロになり、今では国内外の大会でつねに注目を浴びる存在だ。BMX界で最も脂がのっているとされるのは25歳前後。昨年のワールドカップで総合優勝を飾り、東京五輪の金メダル有力候補として期待される18歳を、世界は驚きを持って見つめている。

 競技1年前の8月1日に合わせてインタビューに応じ、現在の率直な気持ちや五輪への原動力となる思いについて語った。

「BMXは楽しい。だからいつも笑顔でいたい」とつね日頃から語っている中村輪夢(撮影:矢内由美子)
「BMXは楽しい。だからいつも笑顔でいたい」とつね日頃から語っている中村輪夢(撮影:矢内由美子)

■15歳でプロになり、今では金メダルの有力候補に

 BMXフリースタイル・パークとは、20インチの自転車に乗り、スロープなどを複雑に組み合わせたコースを使いながら、60秒間にジャンプ・空中動作・回転などの技(トリック)を行う採点競技。

 中村がとりわけ大きく飛躍したのは昨年だった。ティーンエイジャーの成長は周囲の想像通りでもあり、想像以上でもあった。

 4月に広島で行われた都市型スポーツの大会「FISE広島(兼ワールドカップ)」で自身初の2位になると、8月にはエキストリームスポーツ(アクロバティックな技で競う競技)の最高峰として知られる米国の「Xゲームズ」に初出場を果たし、2位になる快挙。17歳での表彰台は史上最年少だった。さらには、11月に中国で開催されたワールドカップ最終戦で初優勝を飾り、同時に年間総合優勝を成し遂げた。そして、今年6月には日本自転車連盟から東京五輪の代表内定選手として発表された。

 駆け足で階段を上ってきた中村は、この3年間の目標の変化をこのように語る。

「17年に東京五輪の正式種目になることが決まった時は、金メダルと言えるほどの実力はなくて、まずは出場することが目標という感じでした。今は、少しずつ自信がついてきて、可能性も見えてきたかなと思います。良い走りをして1位を獲りたいと思っています」

「ボウル」と呼ばれる形状のコースも難なくこなす中村輪夢。大勢の観衆の目を釘付けにするトリックを見せる(撮影:ファーストトラック/Naoki Gaman)
「ボウル」と呼ばれる形状のコースも難なくこなす中村輪夢。大勢の観衆の目を釘付けにするトリックを見せる(撮影:ファーストトラック/Naoki Gaman)

■ 「世界一高い」ハイエアーだけではない 異例の若さで“金メダル候補”と呼ばれる理由

 中村輪夢と言えば、代名詞はハンドルを回転させる「バースピン」と、空中高く跳び上がる「ハイエアー」だ。

「バースピンを武器だと意識するようになったのは2年前くらいから。元々、バースピンが好きですし、これと他のトリックを合わせた複合技が多いですね」

 技の種類は多彩だ。フリースタイル・パークの出口智嗣監督によると、トップクラスの選手が1分間に入れるジャンプ数は約12回だが、中村は約15回。しかも1回あたりの技の複合数が多い。

「僕としては、1分間の中でできるだけ多くの技を入れたいという考えがあります。持っている技を見せたいのと、人と違う技をしたいなという思いが含まれていますね」

 試合では演技構成に加えて、コース全体の使い方も採点に大きく影響する。

「大会で意識しているのは、なるべくコースのいろいろなジャンプ台を使うことや、他の選手が使っていないジャンプ台を跳ぶこと。個性を見せたいと考えています」

「世界一高い」という定評がある、4メートル超えのダイナミックな「ハイエアー」も武器だ。中村はこれを必ず演技に組み込むことにしている。

 けれども、強さの秘密はこれだけではない。幼い頃から父が連れていってくれた練習場は、五輪種目の「パーク」だけではなかった。お椀状のくぼみが複雑に組み合わさっている「ボウル」。スキーのハーフパイプのような「バーチカル」。自然のままに近い「ダート」。さまざまなコースで鍛えてきたことが、多彩で独創的なトリックの礎となっている。異例の若さで「金メダル候補」と呼ばれるまでになった成長の理由はここにもある。

所属の「ウイングアーク1st」が中村輪夢のためにつくった京都市内の専用施設。リモート取材にもここから応じてくれた(撮影:矢内由美子)
所属の「ウイングアーク1st」が中村輪夢のためにつくった京都市内の専用施設。リモート取材にもここから応じてくれた(撮影:矢内由美子)

■18歳の素直な悩み「仲間と一緒に練習できないのがつらい」

 緊急事態宣言中もトレーニングそのものへの影響は少なかった。所属のウイングアーク1stが今年1月に京都市内に建てた専用練習施設を使っていたからだ。中村自身、「大会がない分、いつもより練習はできています。ありがたいことです」と言う。

 しかし、毎日1人で黙々と行う練習はどうしても単調になる。ここ数年間、梅雨の時期は、海外の大会に出たり合宿を張ったりすることが多かったが、今年は不可能。次の大会も見えないため目標も立てにくい。しかも本来なら人生で最もアクティブな年代だ。

「やっぱり大会がまったくないと、モチベーションは上がらないですね。それに、仲間と一緒に練習できないことがむしろ大会以上につらい。でも、悩みはそれぐらいです」

 世の状況と社会感情を理解し、18歳は現状をしっかりと受け止めている。

■楽しさを知っているからこそ、子どもたちに興味を持ってもらいたい

 中村には、東京五輪をきっかけに、大勢の子どもたちがBMXに興味を持つようになって欲しいという願いがある。BMXの楽しさを知っているからこその希望だ。

「できなかった技ができたときの楽しさは格別です。まずはBMXを知ってもらいたい。危険というイメージがあるかもしれませんが、しっかり防具をつけて、基礎から学べばそんなに大きなケガをすることはないと思います。そして、重要なのが環境です。『ちょっと友達とスケートパークに行こう』と思えるような環境になれば絶対に増えると思うんです」

 東京五輪ではスケートボードも正式競技に加わっており、子どもたちの間でアーバンスポーツの人気は高まっている。ただ、全国各地にさまざまな「パーク」や「ボウル」が誕生しているが、BMXは使用できない場所もあるという。貴重な施設を有効利用できる方法を考えていくのもひとつの手段だろう。

「東京五輪は今までで一番大きな舞台。自分次第で、自分の未来も、日本でのBMXの環境も変わってくると思う。まずは楽しんで、そのうえでしっかり結果を残したいと思っています」

 18歳は競技の未来も背負う覚悟を持っている。

18年5月、16歳の頃の中村輪夢。東京五輪の新種目のホープとして注目度が上がり、自身の中でも五輪への思いがどんどん膨らむ時期だった(撮影:矢内由美子)
18年5月、16歳の頃の中村輪夢。東京五輪の新種目のホープとして注目度が上がり、自身の中でも五輪への思いがどんどん膨らむ時期だった(撮影:矢内由美子)

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【連載 365日後の覇者たち】1年後に延期された「東京2020オリンピック」。新型コロナウイルスによって数々の大会がなくなり、練習環境にも苦労するアスリートたちだが、その目は毅然と前を見つめている。この連載は、21年夏に行われる東京五輪の競技日程に合わせて、毎日1人の選手にフォーカスし、365日後の覇者を目指す戦士たちへエールを送る企画。7月21日から8月8日まで19人を取り上げる。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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