「東京五輪は柔道にとって2周目」の意味とは 絶対エース・大野将平が証明したいこと

2019年世界柔道選手権男子73キロ級で金メダルに輝いた大野将平(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 2016 年リオデジャネイロ五輪柔道男子73キロ級金メダリストの大野将平(28=旭化成所属)にとって、東京五輪は同階級の連覇に加え、新種目として加わった混合団体戦との2冠を目指す大会になる。7月31日は東京五輪で柔道混合団体の試合が行われる365日前。男子日本代表の井上康生監督が唱える「最強かつ最高の柔道家」を目標とし、古き良き柔道の本質を世界に知らしめたいと考える大野。エースが1年後に開催される東京五輪への思いを語った。

■五輪延期で状況が変わり「柔道のことは考えづらかった」

 大野は日本武道館で行われた19年世界選手権をオール一本勝ちで制した。畳の上での威風堂々ぶりは、強いだけでなく美的でもあった。1年後の東京五輪でもその勇姿を見られるに違いないーー。

 誰もがそう思った金メダル獲得から約半年。新型コロナウイルスの感染拡大により、世の中が激変した。

「ドイツの大会に出るために2月17日に日本を出発したのですが、帰国した2月25日には状況が一変していました。延期決定はそれから1カ月後でしたが、その頃は、むしろ中止にならなくて幸いという感じでしたね。でも、自分ではコントロールできない問題。ストレスは意外となかったと思います」

 冷静に受け止めることができたというが、4月以降は状況が悪化した。練習拠点の母校・天理大学の施設が閉鎖。緊急事態宣言が解除されてからは、段階を追って制限が緩和されているが、対人競技である柔道は他のスポーツと比べて慎重に進まざるを得ないのが現状だ。

「稽古、合宿、試合など、先がわかりにくいので、柔道のことに関しては考えづらいというところはありました」という。

19年世界柔道選手権ではオール一本勝ちで金メダルを獲得。大野将平は出場した世界選手権(3度)と五輪ですべて金メダルを獲得している(撮影:藤田孝夫)
19年世界柔道選手権ではオール一本勝ちで金メダルを獲得。大野将平は出場した世界選手権(3度)と五輪ですべて金メダルを獲得している(撮影:藤田孝夫)

■「競技大会にも出られるよう」ウエイトリフティングに取り組み

 先行きを思案しながら大野が考えたのは何か。それは、元来持っている好奇心に身をゆだね、新しい取り組みに力を注ぐことだった。そのひとつがウエイトリフティングだ。天理大学のトレーニングジムの責任者は、シドニー五輪ウエイトリフティング代表の菊妻康司氏。大野は以前からトレーニングの一環として行っていたこの競技に、本格的に取り組む ことにした。

「以前はグリップに補助用具を巻いたり、最初の動作を省いていたりして、競技と同じ動作ではありませんでした。今回は競技大会にも出られるようにフォームを整えました」

 今では扱える重量も上がり、近いうちに天理大学での記録会に出るつもりだという。

「違うスポーツをやらせてもらうことによって、リフレッシュできる。違う筋肉を使うので、違う汗をかける。それに、柔道にも生きるところがあります。技をかけるイメージと、ウエイトリフティングをパンと挙上するイメージには重なるところがあります」

 期せずして生まれた時間に、人生についての思索を巡らせることも多かったという。

「僕には五輪がすべてだという思いと、五輪が終わった後の人生の方が長いのだ、という2つの気持ちがあります。それらが自分の中で混在しているのは不思議だと思う半面、2つの考えが共存できる良いバランスを自分の中に保っていきたいと考えています」

 大会がなくなってしまった中学生、高校生のために何かしたいと考えたり、セカンドキャリアについても考えたりと、有意義な時間を過ごせたという。

リモート取材に応じた大野将平(撮影:矢内由美子)
リモート取材に応じた大野将平(撮影:矢内由美子)

■ 「今は良い柔道とは言えない」大野が体現したい柔道とは

 大野が示す、別の角度から自分を磨いていこうという精神的なたくましさは、探究心に由来している。

 昨年12月、報道陣に公開された合宿で、講師としてやってきた1964年東京五輪金メダリストの岡野功氏に教えを受ける場面があった。岡野氏は、大野が中学・高校時代に過ごした講道学舎の元師範。身長171センチ、体重80 キロの体で、全日本選手権の男子無差別級を2度制した強者の中の強者だ。

「岡野先生の試合は昔から拝見していました。圧倒的な雰囲気で、まさに達人です」

 大野はそう感嘆しながら、岡野氏が数十年前に世に送り出した伝説の柔道教本である『バイタル柔道』を中学時代から読んでいたことに言及した。

「今では大会の映像や技術動画はYouTubeなどにたくさん上がっていますが、あの本は僕らのバイブルです」

 そんな大野が憂えていることがある。世界の柔道スタイルの変化だ。本来の柔道とは、相手の力を巧みに利用する「八方の崩し」の概念により、小さな者でも大きな者を投げて勝つところに醍醐味がある。しかし、「僕の目から見ると、今は良い柔道とは言えないものに変わってきている」と大野は言う。

「昔は組み合うことが前提で、組み合ってからの技として、投げる技術が発展した。けれども今は、その前の段階である組み手を重要視する外国人選手が多く、投げるチャンスが少なくなる。これでは柔道の魅力も薄れてきます。僕には、古き良き日本柔道というものを伝えていきたいという思いがあります」

 大野が東京五輪で見せたいのはまさに「日本柔道」だ。

「僕は本来の日本柔道を目指しています。それを体現することで『大野のような柔道をやりたい』と思ってもらいたい」

大野将平が昨年の世界選手権で見せた、正しく組む、正しい柔道。2度目の東京五輪で大野は日本古来の柔道をいまひとたび世界に示したいと思っている(撮影:藤田孝夫)
大野将平が昨年の世界選手権で見せた、正しく組む、正しい柔道。2度目の東京五輪で大野は日本古来の柔道をいまひとたび世界に示したいと思っている(撮影:藤田孝夫)

■「団体戦は日本柔道を背負う戦い。僕はそういうときに燃えるタイプ」

 1年後の東京五輪で、大野の最初の出番は7月26日の男子73キロ級。そして、7月31日には初めて五輪に採用された混合団体戦が行われる。

「メダルを2つ狙えるのは柔道界では初めて。日本人は団体戦が好きですし、団体戦は戦っている6人だけではなく、日本柔道を背負う戦いになってくると思うんですよ。僕はそういうときに燃えるタイプですからね。すごく楽しみです」

 64年東京五輪から始まった柔道は、今では世界中に広がり、国際柔道連盟加盟国は200以上。人気の高いフランスの競技人口は日本の16万人の4倍近い56万人。ブラジルは200万人だという。大野は1年後の東京五輪をどのような未来につなげていこうと考えているか。

■大野将平は東京五輪で未来の柔道家のバイブルになるだろう

「来年の東京五輪は柔道にとって2周目のスタートという大きな節目になります。初めて採用された64年東京五輪、そして新型コロナ問題があっての21年東京五輪。1年延期になったということも加味されて、この2つの東京五輪は他のどんな五輪よりも意義深い大会となるでしょう。だからこそ、自分の柔道スタイルを証明するために、そして、自分の柔道スタイルの価値を高めるためにも2連覇したい。僕には、日本武道館で見せる柔道は最高のものでなければいけないという強い思いがあります。畳の上で自分が何を表現できるか。見ている方に何か伝わったらいいという思いで戦いたいです」

 柔道がこれほど発展したのは、技術的な合理性と礼節を重んじる崇高性があるからだ。「日本柔道」を貫いて勝つ時、大野は未来の柔道家たちのバイブルとなる。

画像制作:Yahooニュース
画像制作:Yahooニュース

==================== 

【連載 365日後の覇者たち】1年後に延期された「東京2020オリンピック」。新型コロナウイルスによって数々の大会がなくなり、練習環境にも苦労するアスリートたちだが、その目は毅然と前を見つめている。この連載は、21年夏に行われる東京五輪の競技日程に合わせて、毎日1人の選手にフォーカスし、「365日後の覇者」を目指す戦士たちへエールを送る企画。7月21日から8月8日まで19人を取り上げる。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】