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まるで予言? コロナ渦中の心得を吉田麻也から見つけた

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
日本代表キャプテン吉田麻也(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 こんな世の中が訪れるとは誰が想像しただろう。今は新型コロナウィルス問題によるステイホーム作戦のまっただ中。誰もが何かしらの我慢を強いられている。なんだかんだありながらも日本人はよくこらえていると思う。

 日本サッカー協会が特別配信している日本代表戦の映像で吉田麻也(サンプドリア)を見て、ふと、昨年11月のW杯アジア2次予選・キルギス戦を思い出した。

 試合があったのはキルギスの首都ビシュケク。人々の顔立ちが日本人とそっくりなことで知られる中央アジアの国だ。ただし、サッカー環境に関していえば日本とは比べるべくもない。

 そんなキルギスでの試合前。取材エリアで吉田が話していたことが耳の奥でよみがえった。

「ピッチは良くないですが、想定内です。ボールも割と転がるし、いけるかなという感じです。あとは急なバウンドの変化やイレギュラーに対して、特に自陣では細かいところでミスが起きないようにダイナミックにプレーしないといけないと思う。なるべくキーパーが困らないように、シュートを打たせる前、打ちに行く状況になる前に良い守備で高い位置でボールを奪えるようにしていきたいです」

 コメントを読み直してハッとした。

2018年ロシアW杯日本代表ベースキャンプでランニングする(撮影:矢内由美子)
2018年ロシアW杯日本代表ベースキャンプでランニングする(撮影:矢内由美子)

■現状と符合

 公式練習でのグラウンドチェックを踏まえて注意点を整理する作業は、国際Aマッチの常だ。このときの吉田もいつもと変わらない淡々とした口調で語っていた。だが、世の中全体でコロナと戦っている今、サッカーから一歩離れたところでコメントを読み直すと、この言葉が現状の心得とピッタリ符合することに驚かされる。

 まず、「ピッチは良くないけど、想定内。ボールも割と転がるし」とは、何かと不便はあるが、悪条件の中にもポジティブな要素を見つけようということにつながりそうだ。

「急なバウンドの変化やイレギュラーに対して・・・」は、もしも自分や周囲がウイルスに感染してしまったときの備えを持つことや、状況に応じて割り切った決断をすることの必要性。感染の第二波、第三波が訪れたときにも応用できそうだ。

「なるべくキーパーが困らないように」とは、ともに生きる家族や周りの人、医療従事者などへの配慮・気遣い。

「シュートを打たせる前に、高い位置で」は、先を見越して行動していく重要性を説いているかのようである。

2018年ロシアW杯事前合宿地(オーストリア)で子供にサインをする吉田麻也(撮影:矢内由美子)
2018年ロシアW杯事前合宿地(オーストリア)で子供にサインをする吉田麻也(撮影:矢内由美子)

■4試合360分で失点「ゼロ」

 W杯アジア2次予選は、昨年9月に始まり、日本はミャンマー(2-0)、モンゴル(6-0)、タジキスタン(3-0)、キルギス(2-0)と、11月までの4試合すべてに無失点勝利を収め、勝ち点12、グループ首位で20年を迎えていた。

 相手国との力量差を思えば驚く結果ではないが、それにしても4試合360分をゼロに抑えるのは簡単なことではない。吉田はこのように語っていた。

「1試合1試合を見ていけば対戦相手のレベルの差もあるので、『ゼロ』という数字はそんなに評価されることはないと思う。でも、長い予選の中で『ゼロ』が続けば続くほど、自信がつくし、連携が深まっていく。外から受ける評価も高まる。僕ら守備陣はそういうところを目指していかなければならない」

 予選での無失点は、守備陣に自信をつけさせ、その自信がさらに実力を伸ばすという好循環を生み出すことに価値があるのだ。

 一方で、4試合を無失点で切り抜けられた陰には、前線の守備が機能していたことも大きな理由として挙げられる。攻撃の選手たちが献身的に走り、パスコースを限定していくことで、後ろの選手が予測を立てられるようになるからだ。

子供たちに囲まれて笑顔の吉田麻也(撮影:矢内由美子)
子供たちに囲まれて笑顔の吉田麻也(撮影:矢内由美子)

■「ステイホーム」は前線の守備

 W杯アジア2次予選は、8試合中の半分を折り返しており、3月と6月に予定されていた計4試合が延期になっている。

 今のところ、再開がいつになるのかは不透明。再開後は、短期間の集合ですぐに試合を行うことになるのは今までと変わらないかもしれないが、試合毎のメンバーの変化(選手の変化、同じ選手でも状態の変化)が大きくなる可能性はある。予選のフォーマットが変わり、いきなり強豪国と対戦することになる可能性だって捨てきれない。

 吉田はキルギス戦のとき、「今後はメンツが替わったり、練習の時間が短いと、試合の中ですりあわせていかなければならないことが出てくる。相手が強くなったり、W杯が近づいていけば、その短い時間の中で修正したり、軌道修正しなければいけないことが続いてくると思う」と話していた。

 常に先々を見ながら課題に優先順位をつけられるのが吉田の能力。限られた時間で連係を機能させるキーマンとして、リーダーシップを発揮できる吉田はより必要不可欠な存在となりそうだ。

 さて、われわれが現在行っている「ステイホーム」は、打倒コロナにおいて前線の守備に相当する。いきなり「ゼロ」とはいかないが、これが効いてこそ「ゼロ」への希望が見えてくるはずだ。サッカーをみんなで楽しめる未来のために、前線でがんばりたい。

2018年6月、W杯出場に向けてロシア入りする直前の日本代表(オーストリア・ザースフェーにて。撮影:矢内由美子)
2018年6月、W杯出場に向けてロシア入りする直前の日本代表(オーストリア・ザースフェーにて。撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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