【体操】2020年、内村航平に『痛』みの『無』くなる風よ、吹け

2019年は『痛』かったという内村航平だが、前を見つめる目には力がこもっている(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 五輪4大会連続出場、3大会連続金メダルを目指す体操の内村航平(リンガーハット)が合宿を張っていたオーストラリアから12月29日に帰国し、報道陣の取材に応じた。

 オーストラリア合宿は2018年1月から数えて3度目。普段から「暑ければ暑いほどいい」と話す“酷暑大好き男”の内村にとって最高の気候といえる地で、勝負となる2020年に向けての土台づくりを行った。

「今回は今までで一番長い2週間の合宿をやって、かなり動けた。やりたかたことがたくさんありすぎて全部は出来なかったが、ほとんどはできた。今は6種目とも準備が終わって、もう演技(練習)に入っていける状態になっている」

 その言葉通り、状態は上向いているようだ。だが、長旅の疲れを差し引いても口調は静かだった。

「全体的にもう少し筋力を強くしていかないと、演技の練習に入って行った瞬間に崩れてしまうと思う。もう少し、痛んでいる箇所を鍛えた方がいい」

 慎重に言葉を選んでいる様子が伝わった。

■ハイドロリリースの注射100本以上

 2019年は両肩痛の影響で、4月の全日本個人総合選手権でまさかの予選落ち。自嘲気味に「東京五輪は夢物語」と言った。複数の病院で検査を受けた末に肩の権威と出会い、「ハイドロリリース」という生理食塩水の注射を打って硬くなった筋肉をはがす治療を受けてから状態が良化し、7月には「東京五輪は叶えられる夢」へと前進した。

 ところが、順調に練習を積んでいた11月に痛みがぶり返した。今回、オーストラリア合宿では思うように動けたが、練習の段階を進めていけばまた痛くなるかもしれない。

「今のところは良いのですが、今シーズンは、やればやっただけ痛みに変わったので、そこがまだ分からないんですよ。関節を鍛えるやり方なども試行錯誤しているのですが、どれもしっくりきていないですし」

 慎重だったのは、試合に向けて練習の段階を上げていく中で、痛みがまた出ないかという心配があるからなのだ。

 ゆえに、東京五輪への距離を聞かれても、あえて抑えるように言った。

「まだ東京五輪は見えていない。今はやるべきことをやる時。もちろん、出場したいという思いはありますが、そんなに近いものでもないと思っています。ここからだと思います」

■2019年は『痛』 2020年は『無』

「痛」と書いた後、「余してしまった」と余白を気にして苦笑いの内村航平。「“痛”については説明不要でしょう」とも言った(撮影:矢内由美子)
「痛」と書いた後、「余してしまった」と余白を気にして苦笑いの内村航平。「“痛”については説明不要でしょう」とも言った(撮影:矢内由美子)

 2019年を漢字一文字で表すと?というリクエストに対しては『痛』と書いた。

「シンプルに、痛かったな、と。今年もあと3日で終わりますが、今シーズンが始まってから今まで痛みを引きずっています」

 元来、痛みに強い内村がここまで何度も言うのだから、よほどの痛みなのだろう。

 2019年はハイドロリリースの注射を100本以上打ったと明かし、「そんなに打っていいものかは分からないけど、今のところ害はない」と苦笑いでぼかしながら、「今までは腰や肩が痛くても、2、3カ月くらいだったけど、まるまる1年ぐらい、気になるぐらい痛いというのが続いている」と続けた。

 2020年の漢字を求められると、少し考えてから『無』と書いた。

「オリンピックに行くために多少は無理しないといけないという『無』。それと、一番は痛みを無くしたい『無』です」

2020年の痛みが『無』になることを祈る(撮影:矢内由美子)
2020年の痛みが『無』になることを祈る(撮影:矢内由美子)

 

■内村が考える東京五輪の意味

 

 五輪のヒーローは誰かという質問も出た。内村は少し考えてから、陸上男子100mと200mで2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロと五輪3大会連続2冠のウサイン・ボルト(ジャマイカ)を挙げた。

「世界中の誰もが知っているオリンピックの金メダリストはボルトくらいしかいない。そう考えるとオリンピックのヒーローはボルトなんじゃないかと思う」

 内村はボルトと同じ北京、ロンドン、リオ五輪に出場し、3大会で金3つ、銀4つを手にしてきた。それだけではない。世界選手権では2009年から2015年まで、前人未踏の個人総合6連覇を果たしている(ロンドン五輪のあった2012年は世界選手権の開催なし)。日本国内でも足かけ10年間、無敗を続けた。ケガの多い体操競技において、休養することなく、ミスのリスクと隣り合わせの体操競技において致命的なミスをすることなく、ノンストップで世界の頂点を疾走してきたという意味では、右に出る者はいない。 

 そんなレジェンドがここまで苦しみながら東京五輪を目指しているのは、さらに上の次元に足を踏み入れることを熱望しているからだ。四度目となるオリンピックで何を伝えたいのかを聞かれると、強い目線でこう言った。

「今までは純粋に体操を見て欲しいとしか思っていなかった。でも、東京で五輪をやれば話が違ってくる。試合をやって結果を残してその先に、見ている人が感じてくれるものがある。東京五輪には、競技の価値を高めるという意味がある」

 リオ五輪で内村とオレグ・ベルニャエフ(ウクライナ)が演じた個人総合の名勝負は世界中の体操ファンの胸を打ち、称賛された。自国開催の東京五輪では、日本全体に体操競技やスポーツそのものの価値を高めていく必要があると考えている。それが未来を照らすことになる。

 3月18日には「第1回KOHEI UCHIMURA CUP(内村航平カップ)」が群馬・高崎アリーナで開催される。大会には内村をはじめ、白井健三(日体大大学院)、山室光史(コナミスポーツ)、田中佑典(同)、加藤凌平(同)のリオデジャネイロ五輪男子団体総合金メダリストが勢揃いする。内村は自身が創設したこの大会を試金石として、4月以降の代表選考会に臨む。

「1月から2月にかけては、やりすぎなくらい練習をやらないと、3月を良い状態で迎えられない。暖かいところで合宿をやって、年が明けてからどう出るか。自分の体と相談しながらですね。痛みがない状態で練習を積んでいきたいですね」

 内村に「痛」みが「無」くなる風よ、吹け。そんな願いが頭に浮かぶ2019年の年の瀬である。