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【体操】寺本明日香が「死ぬ気で頑張った」先につかもうとするもの

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
ゆかの演技で舞う寺本明日香(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 ギリギリの体と心で、最後まで全力を振り絞った。ドイツ・シュツットガルトで行われている世界体操競技選手権の女子個人総合で、寺本明日香(ミキハウス)が4種目合計54・666点で13位になった。

 エースの村上茉愛を欠く中で、東京五輪団体出場権をギリギリで死守した団体総合予選から6日。

「団体を死ぬ気でやっていたので、気持ちが切れてしまいました。団体が終わったときは『個人総合は気楽にできるな』と思ったのに、気持ちが全然入らなくて…」

 身長142センチの小さな体ですべての重圧を受け止め、気弱になりそうな仲間を毅然とした態度と言葉で奮い立たせ、キャプテンとしてチームをまとめあげた。しかし、その反動は予想以上だった。

 しばし体を休めてから練習を再開したが、気持ちが上がらず、体が動かない。すると、集中力を欠いた状態がケガを誘発してしまった。

 個人総合決勝2日前の10月8日、ゆかの「ロンダート・バック転」をやった際に動きを途中でやめてしまい、頭から落ちるような形になった。寸前に両腕の力で支えて大事に至らなかったが、そのせいで腕を痛めた。

 前日の9日には大会前に痛めていた左足首と反対の右足首を負傷。個人総合の朝に起きてみると、「腕は痛いし足首は腫れているし、試合ができるのかなと思ったくらいだった」という。

 しかし、寺本は自分を奮い立たせた。

「心の片隅では棄権したいと思ったけど、精一杯支えてくれている岡崎美穂コーチや、日本には応援してくれるチームメートや友達がいる。ここで逃げるわけにはいかないと思って、また死ぬ気でがんばりました」

世界選手権の大スクリーンで紹介される寺本明日香(撮影:矢内由美子)
世界選手権の大スクリーンで紹介される寺本明日香(撮影:矢内由美子)

■アクシデントを乗り越えて予選より点を上げた

 こうして見せた4種目の演技は、さすが寺本という内容だった。なるほど体は重そうに見えたが、要所を抑えて全体をまとめ上げる様子は、さすが9年連続世界大会出場のベテランならではだった。

 最初の平均台ではターンでややふらついたがそれ以外は大きな減点箇所もなく、降り技の2回半ひねりの着地もピタリ。予選を大幅に上回る13・366点を出した。

 2種目めのゆかでは、ターンの軸がズレてしまったが、スタンドから曲に合わせて手拍子が起きると、後半は躍動した。合計12・700点。これも予選より0・1点アップだ。

 続く3種目めでは、「ここ数日の練習では全然跳べなかった」という跳馬の大技「チュソビチナ2」を成功。着地で少し弾んだが、会心の出来だった予選とほぼ変わらない14・600点をマークした。

 両腕の痛みの影響が危ぶまれた最後の段違い平行棒も、予定の技を全部入れてしっかりと着地。すべてが終わると感無量の表情で岡崎コーチと抱き合った。

「世界体操は毎回しんどいけど、こんなに体もしんどかったのは今回が初めて。個人総合は何もかかっていなかったけど、やめるわけにはいかないなと思ってがんばりました」

東京五輪出場権を勝ち取ったチームや選手の記念撮影用に用意されているボードを手に笑顔を浮かべる日本女子チーム(撮影:矢内由美子)
東京五輪出場権を勝ち取ったチームや選手の記念撮影用に用意されているボードを手に笑顔を浮かべる日本女子チーム(撮影:矢内由美子)

■精神的に追い詰められた大会前

 大会前の9月に国内で行った最終合宿で不安がピークに達した。

 7月に行った最初の合宿の頃は、たとえ村上が不在でも、その他のメンバーがきっちり演技をすれば東京五輪の団体出場権獲得は問題ないという見立てだったが、7、8月に寺本自身と畠田瞳があいついで負傷し、全日本シニア選手権を欠場した頃から雲行きが怪しくなってきた。

 寺本と畠田はどうにか世界選手権には間に合う状態まで戻したが、それでも決して万全ではなく、しかも9月の国内最終合宿で杉原愛子が足首を負傷した。症状は軽症ではなく、補欠選手との入れ替えも検討されるレベル。そして、団体総合予選を想定して9月19日に実施した試技会ではチーム全体にミスが出て、昨年の世界選手権12位に相当する厳しい得点に終わった。

 東京五輪の団体出場枠は12である。自国開催の五輪で出場権を逃すかもしれないという恐怖感は計り知れなかったはずだ。

 切羽詰まった寺本は、国内最終合宿を終えてドイツに向かう2日前の夜に、たまらず田中光・女子強化本部長に電話を掛けて不安を訴えた。電話は日をまたいだ。そこでは「茉愛を入れてください」という言葉まで出たという。

「言ってすっきりしたのもあるけど、最終的に『やるしかない』というのと、田中本部長が『絶対に権利を取れるから』と言ってくれたのがすごく救いでした」

 寺本は腹を決めてドイツに向かった。そして、団体切符をつかんだ。乗り越えたものはとてつもなく大きなものだった。

■9年連続世界大会出場

 個人総合を最後に、寺本は今年の世界選手権のすべての試合を終えた。個人総合決勝では予選より点数を上げることに成功するなど、現時点での力をすべて出すことはできたが、今のままでは目標とするメダルには届かないという気持ちも強い。

「きょうは、この状況を乗り切った自分の体によくやったと言ってあげたいですが、ここで切りを付けます。東京五輪に向けてやらなきゃいけないことはたくさんある。わたしの弱点はゆか。足を治してゆかの強化をしないといけない。帰ってまた反省します」

 個人競技でオリンピックと世界選手権に9年連続で出場している日本の女子選手は、他競技を見回しても滅多にいない。泣いても笑っても、やるときはやる。それが寺本明日香なのである。もっと評価されて良い選手。もっと栄誉を授かって良い選手。9カ月後の東京五輪で、9年間に積み重ねてきた経験が花開くことを期待したい。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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