Yahoo!ニュース

【体操】野々村笙吾、25歳。アジア大会男子個人総合で銀メダルを獲得した意義

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
アジア大会体操男子個人総合で銀メダルを獲得した野々村笙吾(写真:松尾/アフロスポーツ)

■昨年の世界選手権金メダリストに勝った

 胸のすくような銀メダルだった。インドネシア・ジャカルタで行われているアジア大会。8月20日に行われた体操男子個人総合決勝で、日本チームの主将を任されているチーム最年長25歳の野々村笙吾(セントラルスポーツ)が6種目でミスのない安定した演技を見せて、85・950の高得点をマーク。昨年の世界選手権(カナダ)でワンツーフィニッシュを飾ったライバル中国選手の間に割って入り、銀メダルを獲得したのだ。

 昨年の世界選手権銀メダリストの林超攀(リンチャオパン)が出した86・750には及ばなかったが、昨年の世界選手権金メダルの肖若騰(シャオルーテン)の85・550を上回るスコアは見事。

「(シャオルーテンが)失敗していて、これくらいの差なので、まだまだ実力では下だと思う。でも、こうやって戦えているというのは光栄。日本選手も戦えると見せられて良かった」

 表彰式では林超攀と肖若騰の22歳コンビと並び、はにかむような笑顔を見せた。

■個人総合出場が決まったのは前夜

 思いがけず巡ってきたチャンスを生かした。当初、体操ニッポン陣営が男子個人総合に送り出す予定だった選手は2人だった。4月の全日本個人総合選手権内村航平の11連覇を阻んで初優勝を飾った19歳のホープ谷川翔(順大2年)と、NHK杯6位の千葉健太(順大4年)だ。

 しかし、現地入りしてから2人の調子がなかなか上向かない。1週間前までインカレに出場していた2人が、不慣れな中国製の器具の扱いに苦労する様子を見せる中で、原田睦巳監督が「メダルの確率を上げるため」、野々村の6種目起用を最終決定したのは、本番前夜だった。

 最終決定の前日にそうなる可能性を伝えられていた野々村は「(出場しない予定だった)鉄棒はあまり練習していなかったけど、いつでも代わることができるように準備はしていた」

 最初の種目である得意のつり輪で日本チーム最高点の14・600を出してリズムをつかむと、跳馬、平行棒と14点台を続け、4種目めには決して得意ではない鉄棒を13・750とまとめた。足首の故障で技を組むのに苦労したこともある床運動でも14点台。最終種目のあん馬では、ともにメダルを狙っていた谷川が落下した直後の演技になったが、「なんとか悪い流れを断ち切れれば」とミスなくまとめ、14点台に乗せた。穴のない、生粋のオールラウンダーらしい6演技だった。

■高校生で世界選手権補欠になった逸材

 かつて“内村航平の後継者”と呼ばれた。市立船橋高校3年生だった2011年に世界選手権(東京)の補欠に選ばれた逸材。身長157センチメートルと小柄ながら、パワーと美しさを兼ね備えた端正な演技には定評があり、凜とした技さばきで玄人たちをうならせてきた。

 しかし、2012年ロンドン五輪の代表選考会では個人総合5位につけながらも種目別ポイントで及ばず、代表の座を射止めることができなかった。歯車が少しずつかみ合わなくなったのはその後。鎖骨骨折、肩の故障、足首負傷などケガに悩まされることが多く、突き抜けた成績を出すことができなくなっていた。2014年世界選手権には初めて代表入りを果たしたが、その後は再びケガに見舞われ、順大の同級生である加藤凌平(コナミスポーツクラブ)や若い白井健三(日体大)の後塵を拝するようになった。

■原田監督が考える“野々村に必要なこと”とは?

 才能も努力も申し分ないのに、あふれる能力を結果に反映しきれない。欲を表に出さない性格でもあり、じれったい時期も多かった野々村に対し、順大時代から指導する原田睦巳・アジア大会男子体操監督は「長く見てきて、決してケガだけが原因だという気はしていなかった」と言う。

 原田監督は「彼には、自分はやれるという自信をつけていくことが大事だという気がしている。こうやってきちんとメダルを獲ることが必要。今回は、(谷川)翔と競っていたのも分かっていただろうから、そこで勝ち切れた、やりきれたのはすごくプラスになる」とうれしそうに語った。

 ロンドン五輪の翌年、2013年春。内村航平は「加藤凌平だけじゃなくて、野々村笙吾もすごく良い選手。もし負けるなら、2人のどっちかに負けたい」とあえて名を出して期待を込めていた。時間はかかったが、今回の銀メダルをきっかけに、さらに上に行けそうな予感も期待もある。

 22日には団体決勝がある。10月の世界選手権(カタール・ドーハ)の代表選手を温存している日本と対照的に、中国はアジア制覇に全力を注ぎベスト布陣で乗り込んできている。最大のライバル国との一騎打ちを控える野々村の胸の奥には、中国にわずか0・1点差で敗れ、団体総合銀メダルに甘んじた2014年世界選手権(中国・南寧)の記憶が今なお深く刻まれている。

「あのときの悔しい思いをしたくない。(団体決勝では)自分たちがやるべきことをしっかりやって負けたら仕方ない。まずは実力を出し切れるように頑張る」

 今回はNHK杯8位でのアジア大会代表入り。個人総合での銀メダルは、野々村にとって主要国際大会で獲得した初の個人メダルだった。アジア大会での中国との“戦い”は、10月下旬に開幕する世界選手権をうらなうものにもなる。チーム最年長で主将も任されている25歳は「自分が引っ張るという気持ちでやりたい」と意気込んだ。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

矢内由美子の最近の記事