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【体操】「The MIYACHI」誕生。世界で1人の“I難度” 男子は宮地秀享

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
2017体操世界選手権の種目別鉄棒で演技する宮地秀享(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 10月にカナダ・モントリオールで開催された体操世界選手権の種目別鉄棒で、23歳の筑波大大学院生・宮地秀享(みやちひでたか)が世界で初めてI難度の伸身ブレットシュナイダー(伸身コバチ2回ひねり)を成功させ、国際体操連盟(FIG)はこのほど「The MIYACHI」と命名した。

 I難度はAから始まる難度ランクで現在の男子の最高位であり、男子の全6種目の中で「ミヤチ」ただひとつ。日本体操界に現れた新星は今後どのような選手を目指していくのだろうか。

「ミヤチ」で危なげなくバーを持つ宮地。I難度を感じさせない(撮影:矢内由美子)
「ミヤチ」で危なげなくバーを持つ宮地。I難度を感じさせない(撮影:矢内由美子)

■雄大で美的なI難度技「ミヤチ」

 10月の世界選手権。会場に集った1万人近くの観衆が大きくどよめいた。

 宮地は8人で行なわれた種目別鉄棒決勝の冒頭で、今まで世界で誰も成功していなかったI難度の大技「伸身ブレットシュナイダー(伸身コバチ2回ひねり)」を見事に決めた。

 雄大、そして美的。会場の視線は世界選手権初出場の日本人の演技に釘付けになった。この成功を受け、国際体操連盟は技術委員会で新技として認定。杉原愛子(朝日生命)が平均台で成功させた「足持ち2回ターン」(E難度)なども含め、男女合わせて10の新技を12月15日に発表した。I難度は「ミヤチ」だけだった。

 世界選手権決勝での宮地は、「ミヤチ」の後に入れた抱え込みのブレットシュナイダー(H難度)で落下する痛恨のミスを犯し、13・733点で5位だった。落下による1点の減点がなければ優勝したティン・スルビッチ(クロアチア)の14・433点を超えていただけに、試合直後は「うれしさは一つもない。自分に腹立たしい気持ちしかない」と悔しさを露わにしたが、「この演技構成で金メダルを狙えることがわかった」と大きな手応えもつかみとっていた。そして、「これからは個人総合の試合でも、この技を入れていきたい」と抱負を語った。

全日本シニア選手権では世界選手権出場者に花束が贈呈された(左から亀山耕平、安里圭亮、宮地秀享、杉原愛子)(撮影:矢内由美子)
全日本シニア選手権では世界選手権出場者に花束が贈呈された(左から亀山耕平、安里圭亮、宮地秀享、杉原愛子)(撮影:矢内由美子)

■全日本シニア選手権でも大成功

 その言葉を実践したのが、10月下旬に三重県四日市市で行なわれた全日本シニア選手権だ。

 筑波大OBチームである茗渓クラブの一員として出場した宮地は、「『6種目すべてで勝負できる宮地』のスタートラインとしたい」と意気込みながら大会に臨んだ。

 試合はあん馬からスタートし、つり輪、跳馬、平行棒とこなした後の5種目めに鉄棒を行ない、ミヤチを見事に成功した。世界選手権で落下の憂き目に遭ったブレットシュナイダーも成功した。

 体力的に厳しい個人総合の中で高難度の演技構成を行なったことは大いに自信になったようだ。

「6種目を終えて、やっぱり体操は本当にしんどいスポーツだと感じたが、まとまった演技ができたのは良かった。来年に向けて新たなスタートができた」とすがすがしく胸を張っていた。

サインの横に「ミヤチ」(撮影:矢内由美子)
サインの横に「ミヤチ」(撮影:矢内由美子)

■内村、白井に触発…「オールラウンダーで勝負したい」

 宮地は愛知県生まれ。「ならわ体操クラブ」で3歳から体操を始め、高校は福井県の強豪・鯖江高校に進学した。その後は筑波大に進み、今年3月の卒業後は筑波大学大学院で体操を研究している大学院生だ。現在は系列の中高一貫校で非常勤講師も務めている。身長168センチメートルの身体で繰り出す鉄棒の手放し技はダイナミックそのもの。左頬に並ぶほくろがチャームポイントだ。

 ナショナルチーム入は今年が初めて。大学生のときに肩の手術をし、それにともなって両ひじを痛めたことで、あん馬をほとんどできない状況が続いたことや、種目別鉄棒で今年の世界選手権を目指すようになってからは「鉄棒のスペシャリストとして勝負していくのも良いのではないか」と思っていたという。しかし、実際にカナダの世界選手権で個人総合を間近で見て、考えが変わった。

 目の前で繰り広げられる種目ごとのつばぜり合い。世界の精鋭たちが静かに火花を散らすような戦い。誰が勝つか最後まで分からない、スリリングな展開。スタンドの一角で日本代表のチームメイトたちと個人総合の優勝争いを繰り広げた白井健三を応援しながら、宮地は胸が高鳴るのを感じた。

「6種目の中で最後に誰が勝つのかという興奮があった。その場に自分が立ちたいと思った。まだまだ身体は動く。挑戦していきたい」

 中高時代から常に影響を受け続け、今年のナショナル合宿では鉄棒の器具へのアジャストで意見を交わすなど、助け合う存在だった内村航平の薫陶も響いた。

「航平さんも言うように、世界選手権を見て体操は6種目やってこそだとあらためて思った。航平さんみたいに全部というのは無理だけど、(白井)健三みたいに得意種目を伸ばして、個人総合でも戦える選手になりたいです」

来季は6種目に本格挑戦することを表明した(撮影:矢内由美子)
来季は6種目に本格挑戦することを表明した(撮影:矢内由美子)

■鉄棒では「勝って当たり前の選手に」

 オールラウンダーとして世界に挑もうとする一方で、鉄棒では勝って当たり前というレベルになることを目指している。そのための最初の課題は「ミヤチ」を完璧に自分のものにすることだ。

 宮地自身の「ミヤチ」への現在の自己採点は60点。「カッシーナやコールマンは練習の1本目から持てるけど、伸身ブレットシュナイダー(ミヤチ)はそこまでのクオリティーではない。朝起きてすぐにできるくらいにならないと100点満点にならない」

 今はとにかく練習を積むとき。そして今後は「ミヤチ」の完成度を上げながら、演技構成の難度を示すDスコアを現在の6・7から7点台中盤まで上げるというプランを持っている。そのためには、手放し技を連続で行なって加点をもらうことと、コバチ(D難度)の代わりにG難度かH難度の技を入れることを考えている。

「今やっているのはG難度のシャハム(コバチ1回半ひねり片逆手懸垂)。たった半年で伸身ブレットシュナイダーとブレットシュナイダーを演技に組み込めたので、冬にしっかりやれば可能だと思う」

 世界選手権で体操魂に火が付いた宮地。意欲的な表情の向こうに東京五輪の金メダルを見据えている。

◆日本選手の名前がついた技◆

 体操では五輪や世界選手権などの国際大会で新技を初めて成功させた選手の名前が技につけられる。日本選手の名前がついた技は多く、鉄棒には塚原光男の月面宙返り「ツカハラ」、「エンドー(遠藤幸雄)」、「ヤマワキ(山脇恭二)」、つり輪には「ツカハラ(塚原直也)」、跳馬には「ツカハラ」や「カサマツ(笠松茂)」、平行棒には「モリスエ(森末慎二)」「タナカ(田中光)」「ハラダ(原田睦巳)」などがある。現役で有名なのはゆかと跳馬の白井健三で、「シライ」と名がつく技は計6つある。白井以外にもつり輪の「タナカ(田中佑典)」「カトウ(加藤凌平)」、平行棒の「ヤマムロ(山室光史)」など現役選手の名がついた技がある。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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