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【バスケットボール】20年後、「小5の松井くん」の夢となるBリーグを見たい

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
2016年9月22日のBリーグ開幕戦 アルバルク東京vs琉球ゴールデンキングス(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

■20年前の小学生

1996年9月12日に目にした光景は、20年経った今も不思議なほどよく覚えている。

ナイキ社のイベントで初来日したマイケル・ジョーダンの取材で向かった横浜アリーナ。記憶にしっかりと残っているのは、ジョーダンがイベント中に試みたシュートのほとんどを利き手ではない左手で打っていたこと(ジョーダンはすでに33歳になっていたが「今年は左手の技術を向上させたいんだ」とその理由を語っていた)。そして、「小学5年生のKJ(ケイジェイ)こと松井啓十郎くん!」と紹介された少年とジョーダンによる、微笑ましい1on1の対決シーンだ。

「松井くん」はジョーダンのDFをスルリとかわして見事にシュートを決めた。2万人の観衆から拍手喝采が起きた。

彼は多くのちびっ子挑戦者の1人だったわけではない。この1on1の出演者は彼1人だった。身長が特別大きいわけではなかった。詳しい経緯は分からなかったが、特別に認められるほどの有望な選手なのだろうということだけは推測できた。そして、願った。

「松井くんの身長ができるだけ大きくなりますように」

その後、彼の名を見たのは、NCAA1部のコロンビア大に進学したというニュースを目にしたころだったから、今から10年ちょっと前だったと思う。すごい難関大学に進学したのだと心が躍った。

■20年後の2016年9月…

2016年9月22日。Bリーグが開幕した。代々木第一体育館には9132人の観衆が足を運んだ。オープニングイベントには多くの仕掛けが詰め込まれており、LEDフロアという斬新な演出が訪れた人を楽しませた。

最も肝心な試合も、アルバルク東京と琉球ゴールデンキングス、いずれのチームからも選手の熱が伝わってくる良い内容だったと思う。

特別な試合という緊張感や、東京には「負けられない」というプレッシャ-、琉球には「一泡吹かせてやろう」という気負いが見られたし、ミスも多かったが、あの雰囲気の中ではさほどマイナスの印象とはならなかったのではないか。

それどころか、もし、バスケットの試合を見たのは初めてという人がいれば、日本のトップ選手たちによるバスケはこんなものではないですよ、もっと緻密で迫力もあるんですよと語れる材料にもなったはずだ。

目に新鮮なLEDフロアには、かの松井啓十郎選手が東京の一員として立っていた。身長は188センチメートルだ。コロンビア大を出た後に帰国し、レラカムイ北海道、日立サンロッカーズを経て、11年から東京に加入した。14年からバスケット界の改革に携わったBリーグの初代チェアマンである川淵三郎氏は「あれほどの名門大学を出た人材が、現役選手として日本のバスケット界にいるんだよ」と感嘆していたものだ。松井選手は、Bリーグ開幕に先立って多くのメディアに出て、新リーグをPRしていた。

■もう引き下がれない今日を迎えて

Bリーグのスタートは、インパクトを与えたという意味では成功したと言えるだろう。24日から始まった他カードでも、旧bj勢のアップセットや大健闘があり、心配していたチーム力の差は今のところ問題にならなそうだ。

しかしながら、これはまだ始まりに過ぎない。開幕当初の熱をどこまで継続していけるか。何年継続していけるか。それには、選手は競技力をもっと向上させなければいけないし、運営担当は、ファン・ブースターが「会場に足を運んで楽しかった」と思えるような、そしてメディアが「もっと報道したい」と思うような運営をしていく必要がある。

「松井くん」が小学校に上がった90年前半、日本では空前のバスケットボールブームが起きていた。

90年11月にはNBAの開幕戦の中から、ユタ・ジャズ対フェニックス・サンズの試合が東京体育館で行なわれた。これはNBA公式戦が海外で行なわれた初めてのケースだった。そして、同年から連載が始まった井上雄彦氏の『SLAM DUNK(スラムダンク)』の人気と、92年バルセロナ五輪でのNBAドリームチームの金メダル獲得、さらにはシカゴ・ブルズの一度目の3ピート達成(93年6月)により、日本でのバスケット人気は最高潮に達した。

折しもサッカーのJリーグが開幕し、空前の大ブームとなっていた時期と重なったことで、バスケット界もプロ化構想を検討したが断念したことは、一定年齢以上のスポーツファンにはよく知られていることだ。「松井くん」がジョーダンに挑戦したのは、ちょうどそのころのことだった。彼の夢は日本国内ではなく、おそらくNBAだった。

Bリーグ開幕戦を見て感じたことは多かったが、その一つが、20年前の「松井くん」の前にBリーグという舞台があったらどうだっただろうということ。もう一つは、今から20年たったとき、小学5年生の少年が憧れるリーグになっているだろうかということだ。

この20年の間、日本バスケット界ではいろいろなことが起きた。そして、もう、引き下がることのできない今日を迎えた。これからの日々は、10年後、20年後、30年後に人々に夢を与えられるリーグになっているための真剣勝負の場。スポーツを愛する一人として、応援していきたい。

Bリーグ公式サイト

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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