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国際主審・西村雄一 FIFAが評価する“絶妙なポジショニング”

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
真ん中が西村雄一主審、右は相樂亨副審、左は名木利幸副審

FIFA大会に於ける華麗な実績

JFAハウスに展示されている2010年W杯決勝戦の審判の写真。左端が西村、右端が相樂
JFAハウスに展示されている2010年W杯決勝戦の審判の写真。左端が西村、右端が相樂

国際サッカー連盟(FIFA)はこのほどブラジルワールドカップの審判として西村雄一主審(41歳)、相樂亨副審(37歳)、名木利幸副審(42歳)の日本トリオを選出した。

西村主審と相樂副審は10年南アフリカワールドカップで韓国人の鄭解相(ジョン・ヘサン)副審とのトリオで参加しており、2大会連続2度目のワールドカップ舞台となる。3人の中で最年長の名木副審は初めての選出。

また、日本からのワールドカップへの審判派遣は、98年フランスワールドカップから5大会連続になるが、主審と副審2人の「トリオ」が全員日本人というのは初めてだ。

ちなみに、日本初のワールドカップ審判は70年のメキシコ大会で副審(当時は線審)を務めた丸山義行氏。日本初の主審は86年メキシコ大会の高田静夫氏で、高田氏は90年イタリア大会でも主審を務めた。98年フランス大会では岡田正義氏が主審。02年日韓大会と06年ドイツ大会では上川徹氏が主審を、また、06年ドイツ大会では廣嶋禎数氏が副審を務めている。

FIFA主催大会における西村主審の実績は華麗だ。

南アフリカ大会ではグループリーグのウルグアイ対フランス戦、準々決勝のオランダ対ブラジル戦など4試合で主審を務め、決勝のスペイン対オランダ戦では第4の審判を任された。

オランダ対ブラジル戦では、ブラジルのフェリペ・メロがロッベンを踏みつけた乱暴な行為を見逃さず、敢然とした態度でレッドカードを提示。その判定はブラジル人からも「正当なジャッジだった」と言われた。

10年12月にはFIFAクラブワールドカップ決勝のインテル対マゼンベ戦の主審を任され、12年夏にはロンドン五輪でもイングランド対ウルグアイ戦で笛を吹いた。昨年6月のコンフェデレーションズカップでも、グループリーグのスペイン対ウルグアイ戦で笛を吹いている。(10年12月以降は西村・相樂・名木の日本人トリオで審判を任されている)

絶妙なポジショニング

なぜ西村主審がFIFAから高く評価されているのか。

日本サッカー協会の上川徹審判委員長は、「まずはレベルの高い大会や重要な試合でFIFAから指名されることが一番の評価であり、また、主審だけでなく、副審のオフサイドの判定の精度の高さ、トリオとしてのパフォーマンスが高い」としたうえで、このように説明する。

「西村主審については、FIFAも私も思っていることだが、動きの面やポジション取りがいい。彼自身がいろいろなチームの戦術を学び、研究したうえでの、彼独特のポジショニングの良さや、動きの質の高さがある。ポジションが良ければ良い判定ができるし、説得力のある判定ができる。それが彼の一番のストロングポイントだ」

世界各チームの分析について、以前、西村主審は以下のように語っていた。例えば、昨年のコンフェデレーションズカップでスペイン対ウルグアイの試合を担当した際のことだ。

「スペインのチームがボールをキープしていれば、ボールキープしてるパサーは、常に最高の球を供給することを狙い、受け手の選手は、それに連動し、どこのどのエリアで、どちらの足でもらいたいかということまで感じている」

「すると今度はウルグアイのディフェンダーがどのように跳ね返していくか。ピッチでは、1秒ごとに皆の気持ちがうごめいている感じで難しい」

そこでベースになってくるのが、西村には常に「審判は攻撃側の12人目」「サッカーは攻撃vs攻撃」という姿勢があることだ。

審判は攻撃側の12人目

「スペインがボールをキープしてる時は、スペインがどのように攻めたいのかという気持ちになると、ある程度、チームの方向性が見えたり、次のパスでどこを狙っているのかが分かってくる。正しく読めれば読めるほど、ゲームがスムーズに進んでいく。反対に、ウルグアイがボールを奪えば、その瞬間にウルグアイの一員になる。試合中はずっと(自分を攻撃側のチームに)入れ替えている」

つまり、担当するチームの戦術や方向性を知解していることが重要なのだという。しかも、瞬時に流れを読まないといけない。だから、気は抜けない。

「FKの際は、ボールをセットしてどのタイミングで蹴るかというまでの間に、受け手がどこの位置で狙おうと考えているのか、守備側はそれにどうやって対応しようかと考えている。ほんとに気が抜けないという状態になるし、心の駆け引きも感じながらやっている」

大切なのは、いろいろなものを感じて、流れを読むこと。

「予期しない所に蹴られてしまうと判断できなくなってしまうこともある。神様じゃないので予知能力はないが、使える限りの情報を使って、そのチームの考えを感じることが大事になってくる」

西村によれば、「審判は攻撃側の12人目である」という考えは、主審に限ったことではない。西村トリオでは、副審も同じようなスタンスでピッチに入っているという。

「僕のアシスタントレフェリーは、オフサイドを取るためにいるわけではなく、オンサイドの判断をしたいと思っている」

サッカー選手によりよい試合をしてもらうため。ファン・サポーターによりよい試合を見てもらうため。そのためにいるのだというのだ。心理的には、「副審はオフサイドだったら“パスをまだ出すな”と思ってみたりする」そうだ。

イタリアのように、試合によって、あるいは試合中に3バックと4バックを使い分けるようなチームについても、「ポジショニングはその試合の攻撃側の選手によって教えられるものになっていると、僕は考えている」という。

速攻型のチームなら、主審は先に動き出しておかないと追いつかなくなる。もしくは、逆にゆっくりとキープしたいチームなら少し手前で待つようにする。

「チームの戦術によって僕らのポジショニングが変わってくるというように私は考えている」と西村は言う。それが“西村独特のポジショニング”とされ、FIFAから評価されたのだ。

「すべて決勝戦のつもりで」

FIFAは11年12月のクラブワールドカップのタイミングで世界各国の52トリオ(アジアサッカー連盟からは7トリオ)をブラジル大会の審判候補として指名。各国際大会でのレフェリングやセミナーで選抜していき、このほど25トリオが発表された。

今回、アジアから選ばれたのは、南アフリカ大会と同じ4トリオ。アジア最高レベルの主審とされるイルマトフ(36歳)のいるウズベキスタン、オーストラリア、バーレーンのトリオが選出されている。ただし、全トリオにワールドカップでの担当試合が与えられるとは限らない。本番までのセミナーなどで良い評価を受けなければ、一度も笛を吹かずに終わる可能性もある。

だからこそ西村は言う。

「どの試合も決勝戦のつもりで吹きたい。キックオフの笛は、お世話になった皆様への感謝の思いをこめたものにしたい。2010年のときは(判定が)上手ではなかったという思い。2度目の今回は少しは成長したと思えるような形で、選手の一生懸命さについていけるようにしたい」

5大会連続5度目のワールドカップ出場を果たした日本代表とともに、西村主審もブラジルで全力を尽くすことを誓っている。

アッパレ!サムライ・ジャッジ 西村雄一

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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