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1年後、守備的になってはいけない理由

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

大会直前の守備的システム変更とV字回復

あの時の岡田武史監督の選択に異論を挟む者はいない。

10年W杯南アフリカ大会直前の守備的スタイルへの転換は、どん底からのV字回復を期した指揮官が導き出した名答だった。

崖っぷちに立っていることをハッキリと自覚していた選手たちは、「まず、失点しないということが土台」(遠藤保仁)というスタイルへの転換指示を真摯に受け入れ、チームが一丸となり、アウェーでのW杯では過去最高のベスト16進出という結果を残した。守備重視への方向転換はあの時点での正解でもあった。

本大会直前に中澤佑二に代わってキャプテンに任命された長谷部誠は、こう話していた。

「準備期間でうまくいかなかったところがあったが、監督が踏ん切りをつけ、違う形でやる決断をし、チームはいい方向に行った。守備の部分では規律をしっかり持ってプレーすれば、世界でも簡単にやられることはないと感じた」

けれども、パラグアイにPK戦の末に敗れたとき、選手たちの心に沸き上がったのは、もう一段階上に行くためには違う正解があるのではないかという思いだった。それはポジティブな残滓となって胸の中で広がっていった。

本大会直前に1トップへコンバートされ、大車輪の活躍を見せた本田圭佑の言葉は、多くの選手の思いを集約したものだ。

「今回は、内容はともかく勝ちにこだわった。そういうやり方でここまで来た。次は欲を出して、もっと攻めに行く姿勢を世界に見せる番じゃないかと思っている」

そこに現れたのが「勇気とバランス」というコンセプトを掲げるアルベルト・ザッケローニ監督だった。

岡田ジャパンのどん底コースの1年前倒し

10年W杯での選手の心理面の変遷を詳細に記したのは、1年後に来るブラジルでの本大会では南アフリカと同じ戦い方をすべきではないと思うからだ。

確かに、コンフェデレーションズ杯3戦全敗という結果はふがいないものだった。ザックジャパンは13年3月のヨルダン戦を皮切りに下降の一途をたどっており、3月以降の成績はコンフェデ杯の3連敗を含めて1勝1分け5敗。しかもその1勝は、W杯アジア最終予選でグループB最下位に終わったイラクとの試合だけである。

この現象は、岡田ジャパン時代の10年2月からW杯前までの約4カ月間の成績(2勝2分け5敗)とあまりに酷似しており、勝てない時期の訪れが1年ほど前倒しになったような状態だ。

逆に言えば、岡田政権時とは違い、今回はまだ1年ある。打てる手はすべて打つべきであり、例えば、原博実技術委員長はザッケローニ監督との意見交換をより密に行う必要があるだろうし、采配のまずさを是正させるような働きかけをすべきだ。ザッケローニ監督はチームの硬直化にメスを入れる必要がある。固定メンバーではどうしても選手間の競争が生まれない。

「勝ち方が分からない」という悩みが示すレベル向上

そのうえで、選手たちには、10年W杯より攻撃的なサッカーで世界に挑めるように、今の方向性を貫くための取り組みを期待している。

ザックジャパンのスタイルは、「全員攻撃、全員守備」(今野泰幸)というバランスをベースに、選手の特長を生かしながら、しかるべき局面で勇気を見せるというものだ。

本田、香川真司、長友佑都の3人が織りなす左サイドからの攻撃は、ブラジルの右サイドバック、ダニエウ・アウベスも十分に把握し、警戒していたし、イタリアのプランデッリ監督は右サイドの選手起用に相当頭を使いながら試合を進めていた。イタリアとメキシコから点を取ったように、岡崎慎司の攻撃も、途中出場のみに終わった南アフリカ大会のときより迫力を増している。

コンフェデ杯後を終えて、多くの選手の口から聞こえてきたのは「どうやったら勝てるのだろうか」という、呻(うめ)きに近いものだった。本田は「僕らは練習でやってきたことを100%出そうとしている。でも、勝ち方が分からない」と険しい表情を浮かべた。

結果が3戦勝ち点0なのだから、懊悩するのは当たり前だろう。ただ、「勝ち方が分からない」というのは、明らかに以前と比べて悩みのレベルが上がっていることを示している。「できる部分、やれる部分はあったのだが」という前提のある悩みだからだ。

Jリーグ時代、常勝を誇る鹿島アントラーズでプレーしていた内田篤人は、2-0から逆転負けしたイタリア戦後、「イタリアは勝ち慣れている。そういうところで一個破れれば、僕たちも勝っていけるのだけど…。鹿島時代に(オズワルド)オリヴェイラ監督がよく『勝者のメンタリティー』と言っていたことを思い出す」と首をひねりながら言った。この言葉からは、何かしらのエッセンスを感じ取っている節はあるが、まだその本質を体現する方法論を会得するまでには行っていないということが見て取れる。

1年後に向けて必要なこと

1年後に守備的にならないため。選手は何が必要で、どういう取組みをしていけば良いのか。筆者は何人かの選手に同じ質問をした。

今野は「結果を出し続けるしかない。負けが続いたりすると自分たちの自信が揺らいでしまう。だから、何とか悪いながらも結果を出し続けることが大切。ぶれずに、今やっているサッカーの質を上げるためにやっていくのみです」と答えた。

川島永嗣からは「守備の意識を持たせるのは自分だと思っているし、守備の部分で組織としてまとまってやれるのがこのチームの良さだと思っているが、やはり攻撃がストロングポイントのチームであることは変わらないし、それを生かしていかないといけない」というコメントが返ってきた。

10年W杯で南アフリカを去ることになったパラグアイ戦の翌日、プレトリアの宿舎での取材対応で長谷部は「一晩たって、このチームでもっと戦いたかったという気持ちが強くなって、悔しさがどんどん実感として沸いてきている。全力を出したけど、もう1ランク上のブラジルやドイツ、スペインと対戦したかった。もっともっとこのチームで上にいけたと思う」と吐露した。

その長谷部は今も一貫して信念を変えていない。「世界で勝つためには、今まで積み上げてきたものを継続してやっていくことが大事」ということだ。

長友はこう言う。

「僕らは守備的なサッカーで勝てるメンバーじゃない。監督が選んでいるメンバーを見ても、守って勝つというメンバーではない。自分たちの特徴である、皆で走るサッカー、前線の選手たちの技術を生かす攻撃を磨いていくしかないと思う」

「負けないチーム」としての日本の姿は、南アフリカでしっかりと見せた。パラグアイにも120分間で負けなかった。世界から評価されもした。

だからこそ、次はより攻撃的なスタイルで戦う日本を見たい。日本サッカーの挑戦は連綿と続いていく。いずれ歴史の一部になる流れの中、14年W杯が「攻撃的なスタイルで世界を驚かせた大会」となることを切に願う。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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