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新型コロナ対策「他者に感染させないための措置」廃止を もう一つあった専門家有志の提言 その画期的内容

楊井人文弁護士
厚労省アドバイザリーボード(1月11日)に提出された2つの専門家有志提言書

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の法律上の位置づけ見直しをめぐり、公衆衛生倫理などの専門家有志が「他者に感染させないための措置」からCOVID-19を除外することを求める提言書を厚労省に提出した。同省が1月11日公表した専門家有志の提言書は2つあり、多くの主要メディアが感染防止行動を重視し「段階的移行」を求める尾身会長らの提言書について詳しく報じていたが、もう一つの提言書については報じていなかった。

 もう一つの提言書では、国民の自由や権利の制限は最小限でなければならないという原則を強調。初期の「新しい生活様式」キャンペーンを契機に広がった有効とはいいがたい対策や慣行について、政府が実態を把握し、とりやめるべき事項を明確に宣言するよう求めている。

「公衆衛生倫理の主要な原則のひとつに、『侵害の最小化(least infringement)』あるいは『強制的な手段の最小化(least restrictive or coercive means)』がある。我々は他者に感染させないための措置の対象からCOVID-19を速やかに外す必要があると考える。ただし、入院を必要としうる人への医療を保障することは、些かも疎かにすべきではない。」

提言書の要旨2より)

 2つの提言書は1月11日開催された厚労省のアドバイザリーボードで配布され、公表された(資料3-9、3-10)。

 尾身茂氏や脇田隆字・国立感染症研究所所長など、主に感染症専門家や医師らが中心となって作成した提言書は、感染症法上の類型や措置の見直しの要否について明言せず、変更した場合の影響を考慮して「段階的な移行」を求める内容。位置付け変更を全面否定しているわけではないが、全体的に慎重なトーンとなっていた。

 もう一つの専門家有志の提言書は「倫理的法的社会的課題(ELSI)の観点からの提言」と題され、厚労省アドバイザリーボードメンバーの武藤香織・東大医科学研究所教授をはじめ、公衆衛生倫理、医事法、リスクコミュニケーションなどが専門の研究者9人が名を連ねた。

 この提言書では、他人に感染をさせないことを主目的とした入院や宿泊療養、濃厚接触者の把握などは「実態としてすでに必要最小限のものではなくなっている」と指摘。感染症法に基づく強制力を伴った措置の対象からCOVID-19を外すことを国として速やかに宣言するよう求めた。

 季節性インフルエンザ等と同じ「5類」への移行を明言したわけではないが、一連の措置を前提とした「新型インフルエンザ等感染症」からの変更を事実上求めたと理解できる。

 そうした国の宣言により「医療を必要とする人々を幅広い医療機関で適切に診療できる体制の構築と安定にも寄与する」と、従来の「隔離」政策からの転換のメリットも強調した。

 ただ、筆者の取材に応じた武藤教授は「今回は類型に関して提言する趣旨ではない」とも強調。

 「5類に移行したとしても、繰り返される流行中で必要な人に医療を提供するには、行政による入院調整の機能は必要だろう。院内感染から医事紛争に発展することを恐れて診療を渋る病院のために、免責規定の整備など、医療現場に配慮した環境整備を検討する必要がある」と話し、さらなる議論が必要との見解も示した。

「行動規範を押し付けるべきではない」過剰対策とりやめも提言

 尾身氏らの提言書は「他者にうつさせない行動」を規範として維持するよう人々に求め、状況によって接触機会を減少する対策が必要になるとも指摘している。

 この点について、武藤教授は「専門家は規範を押し付けるのではなく、必要な健康習慣を提案してほしい」と問題視。一方、政府に対しては「人々が主体的に取り組めるように支援し、残っている過度な慣行があれば、とりやめるべきと明確に宣言すべきだ」と語った。

 最近では、政府が、遺体を包む「納体袋」の使用を不要とする指針改正を発表したが、尾身氏らの提言書はこうした過剰対策の是正について触れていなかった。

 尾身氏らの提言書については、産経新聞東京新聞が12日朝刊一面で報じたほか、読売、朝日の各紙などが報じた。NHKもウェブ版で詳報していたが、いずれでも、武藤教授らの提言書について触れたものは確認できなかった。

 COVID-19の法的位置付け変更については、厚生科学審議会感染症部会で議論が続けられ、近く方針を決定するとみられている。

もう一つの専門家有志提言書に名を連ねた研究者(提言書全文

武藤香織 東京大学医科学研究所教授(医療社会学)*

磯部哲 慶應義塾大学大学院法務研究科教授(医事法)**

井上悠輔 東京大学医科学研究所准教授(公衆衛生学)

大北全俊 東北大学大学院医学系研究科准教授(哲学・倫理学)

児玉聡 京都大学大学院文学研究科准教授(生命・医療倫理学)

田代志門 東北大学大学院文学研究科准教授(医療社会学)

田中幹人 早稲田大学政治経済学術院教授(科学社会学)*

奈良由美子 放送大学教授(リスクコミュニケーション論)**

横野恵 早稲田大学准教授(医事法)

(敬称略)専門領域の記載は筆者調べ。*印は厚労省アドバイザリーボードのメンバー。**印は政府の新型コロナ対策関連の分科会委員

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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