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全面解除後の時短要請は「脱法的」 横大道慶大教授「強制力のないことの周知を」

楊井人文弁護士
宣言解除後の制限の継続に言及した尾身茂会長(日本テレビ「ミヤネ屋」筆者撮影)

 新型コロナウイルス感染症の感染者が急減少したことにより全国で一斉に緊急事態宣言等を解除することが決まった。だが、政府は、全面解除後も、自治体による新型インフルエンザ等対策特別措置法24条9項に基づく時短要請を当面継続させる方針だ。

 これについて、慶應義塾大の横大道聡教授(憲法学)は「特措法は、時短要請は緊急事態宣言かまん延防止等重点措置の期間にのみ認めていると解釈すべき。解除された状態で時短要請を行う権限はなく、要請すること自体が脱法的で違法の疑いがある」と指摘。

 長期化している飲食店の営業規制の有効性について検証が必要だとしたうえで、「要請には命令や罰則といった強制力がないことを周知することも必要だ」と話している。

尾身会長が言及した特措法の条文とは

 「各地方自治体の長、県知事等の方々には法律(特措法)の24条9項がある。重点措置を出さなくてもこの法律があるので、必要があれば対策をしっかりと続けていただきたい」ー 基本的対処方針分科会の後、尾身茂会長はこう発言した。わざわざ特措法24条9項に言及し、解除後も時短要請の継続を求めたものだ。

 政府も「段階的に解除すべきだ」という専門家の意見を受け入れ、1時間だけ営業時間を延ばす時短要請の継続を認めた(NHK)。

 これを受け、東京都は、認証された飲食店は21時まで(酒提供20時まで)、認証店以外は20時まで(酒提供自粛)とする要請内容を10月24日まで継続する方針を発表したNHK)。認証店以外は、宣言中と制限の内容が変わらない。

 特措法24条9項は、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が実施されているかどうかに関わらず、一般的な協力要請ができる規定で、次のような条文だ。

都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。新型インフルエンザ等対策特別措置法第24条9項

 このとおり、条文には「必要な協力」を要請できると書かれているだけで、「時短要請」など具体的な要請内容はひとつも記されていない。

憲法学者の横大道聡・慶應大教授(9月28日ビデオインタビュー、筆者撮影)
憲法学者の横大道聡・慶應大教授(9月28日ビデオインタビュー、筆者撮影)

 一方、特措法は、「緊急事態において」知事が施設使用中止(いわゆる休業)の要請や命令ができること、まん延防止等重点措置では、知事が営業時間の変更(いわゆる時短)の要請や命令ができることが明記されている(45条、31条の6)。

 こうした特措法の仕組みから、横大道教授は、私の取材に対し「休業要請が可能な条文は緊急事態の規定に盛り込まれているから、緊急事態以外の場面ではできないとみるべきだ」と指摘する。

 その根拠に、西村康稔コロナ担当相が今年2月の特措法改正審議の際、まん延防止等重点措置では「休業要請はできない」と答弁したことも挙げる(文字起こし資料)。

 同様に「時短要請が可能な条文もまん延防止等重点措置の規定に盛り込まれているから、緊急事態措置や重点措置以外の場面ではできないと解釈するのが自然。緊急事態や重点措置でなくても、同じような行動制限をするのは、脱法的な運用だ」と問題視した。

 しかも、特措法24条9項に基づく要請は、国会や地方議会のコントロールも及ばない。横大道教授は「営業時間制限は居酒屋などにとって事実上の休業に等しい。宣言等が出ていない間に特措法24条9項でできることは、消毒や換気といった、強い行動制限を伴わない基本的な感染防止策の要請までだ」と指摘している。

 24条9項に基づく要請は、従わなくても命令などで強制できず、あくまで任意だが、多くの企業が事実上従う可能性がある。

 だが「これまで酒提供と営業時間の規制に頼ってきたが、本当に効果のある対策だったのか検証されていない」と、飲食店の一律時間制限を続けることへの疑問も呈している。

特措法24条9項は“打ち出の小槌”ではない

 これまでも緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が適用されていない期間も、自治体独自の時短要請が行われたことが何度もあった。その際の根拠条文とされてきたのが、この特措法24条9項だった。

 だが、特措法24条9項は「時短要請」のような営業規制ができるとは書かれていない。本来そのような要請に使うことが想定されていたのであろうか。

 特措法が制定されたのは2012年(民主党政権時)だった。国会議事録を調べた限り、当時、緊急事態宣言がなされていない段階での、特措法24条9項に基づく要請はどこまで可能か、といった議論が交わされた形跡はなかった

 制定当時の概要資料には、緊急事態宣言が出された後は「外出自粛要請、興行場、催物等の制限等の要請・指示」などができる、との説明はあるが、出される前にもそうした要請ができるとの記載はなかった(今年2月の法改正で「指示」は「命令」に格上げされた)。

 さらに調べると、「新型インフルエンザ等対策ガイドライン」付属資料に緊急事態宣言が出された場合と出されていない場合に分けて、国や自治体が行う対策の内容について記載があった。

 自治体の欄には、宣言が出されている場合は「施設の使用制限等の要請」が記されていたが、宣言が出されていない場合は「(学校への)臨時休業」や「基本的な感染対策等の奨励」などの例示にとどまり、事業活動の制限を伴うような要請は記されていなかった(特措法24条9項には明示的に言及していない)。

新型インフルエンザ等対策ガイドラインの付属資料(2018年改訂版)の一部抜粋(赤の囲み線は筆者)
新型インフルエンザ等対策ガイドラインの付属資料(2018年改訂版)の一部抜粋(赤の囲み線は筆者)

制限の目的はリバウンド防止?

 もちろん、一度に緩和すると再拡大(リバウンド)を招く、そうならないように段階的に緩和した方がいいという議論はある。

 では、段階的に緩和すれば、次の「波」は来ないのであろうか。時短要請を継続すれば、再拡大は防げるのだろうか。

 遅かれ早かれ、次の「波」はやってくる可能性が高い、今冬にも再拡大する可能性がある、と専門家は指摘しているし、多くの人がそう予感している。

 であれば、医療提供体制にかなり余裕ができ、小康状態になった時期に営業制限を全面解除しないで、いつするのであろうか。

 営業制限を解除すれば、感染対策が全くなくなり、ウイルスに対して無防備になるのだろうか。そんなはずはないだろう。

 飲食店の営業制限は1年近く続いている。この間、ワクチンと治療薬も現れた。

 尾身会長も「人々の行動制限だけに頼る時代は終わりつつある」との認識を示したことがある

 にもかかわらず、相変わらず、昨春以来の「自粛依存政策」という基本路線を続けているようにみえる。

 特措法24条9項を「打ち出の小槌」のごとく使い、法の支配や法治主義、そして飲食店などの一部事業者や人々の社会活動を犠牲にする形で。

 それでよいのかが問われている。

東京都では、昨年11月下旬以降、1年近く連続して営業時間の制限要請が続いている。
東京都では、昨年11月下旬以降、1年近く連続して営業時間の制限要請が続いている。

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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