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幻の憲法改正原案 なぜ葬り去られたのか 〜シンポジウム「憲法論議におけるメディアの責務」から〜

楊井人文弁護士
2012年4月27日、憲法改正原案を提出する各党議員と横路孝弘衆議院議長(中央)

8月27日、「憲法論議におけるメディアの責務」をテーマにしたシンポジウムが東京大学本郷キャンパスで開催され、現役の新聞記者らメディア関係者を中心に約40人が参加した。

8月27日、東京大学本郷キャンパス法4号館で
8月27日、東京大学本郷キャンパス法4号館で

パネリストとして登壇した弁護士の伊藤真さんは自民党改正草案の問題点を具体的に指摘しつつ、「改憲か護憲か」といった視点から脱却するよう提言。ジャーナリストの今井一さんはイギリスのEU国民投票の意義が日本で十分理解されていないと指摘。憲法9条の問題を正面から議論すべきだと訴えた。東京大学教授(法哲学)の井上達夫さんは憲法9条にまつわる言説の欺瞞を批判しつつ、独自の9条改正私案を解説。東京外国語大学教授(平和構築・紛争予防)の伊勢崎賢治さんも、憲法9条2項の「交戦権否認」条項が現実の自衛隊の運用と矛盾をきたしていると訴えた。シンポジウムの模様は収録され、9月3日、デモクラTVで公開される予定(4日まで無料)。

私もメディアの報道を検証してきた立場から見解を発表し、出席した複数のメディア関係者から参考になったとの感想を頂いた。より多くの人に共有してもらいたい情報も含まれるため、ここに発表の要旨を記しておきたい(7月8日発表コラム=参院選 「改憲勢力3分の2」が焦点? メディアが報じない5つのファクト、1つの視点と重複する部分は省略したので、あわせて参照されたい)。

2016年7月11日付各紙
2016年7月11日付各紙

「憲法論議とメディア」発表要旨(楊井人文)

メディアで展開される憲法論議を見て疑問に感じることは、「護憲か、改憲か」という「壁」だ。メディアは、その報道・言説によって「壁」を増幅していないか、省みてほしい。異なる立場どうしの対話を促進し、共通点や相違点を明確化するような報道はできないものか。

今回の参院選では、メディアの大半が「改憲勢力」が3分の2に達するかどうかに焦点を当てていた。選挙後は「参院選の結果、『改憲勢力』が衆参で3分の2を超え、改憲発議が可能となった」と繰り返し喧伝されているが、これはおかしい。

前回の参院選結果と見比べてほしい(読売新聞ニュースサイト「2013年参院選」「2016年参院選」参照)。3年前の参院選では、多くのメディアが公明党を「改憲勢力」にカウントせず、「3分の2に達しなかった」と報道。ただ、公明党を加えると3分の2(162議席)に達した、と報じたところもあった(【旧GoHoo注意報】参照)。今回は、最初から公明党を加え、最終的に無所属議員もカウントして「3分の2に達した」と報道された。この結果を「改憲勢力」が前回参院選に引き続いて3分の2を「維持した」というなら、まだ分かる。だが、「今回初めて3分の2に達し、改憲発議ができる新しい政治状況が生まれた」かのような報道は、ミスリードではないか(下の別表=2001年以降の「改憲勢力」変遷=参照)。

2001年以降の参院選の「改憲勢力」変遷(作成・楊井人文)
2001年以降の参院選の「改憲勢力」変遷(作成・楊井人文)

より問題なのは、<改憲勢力が3分の2を取れば改憲発議ができるが、3分の2を取れなければ改憲発議ができなくなる>という「固定観念」にメディアが支配されていることだ。議論を始める前から「3分の2」をとる、という「数の論理」に加担している。しかし、本来「3分の2」は改憲論議の前提ではなく、審議を尽くした末のゴールにすぎないはずだ。

幻となった憲政史上初の憲法改正原案

実は、これまでに憲法改正原案が国会に提出されたことが一度ある。民主党政権下の2012年4月27日、民主、自民など与野党7党、無所属あわせて10名の衆議院議員が「一院制」を実現するための憲法改正原案を衆議院に提出していたのだ衛藤征士郎議員ホームページ、タイトル画像も同)。

法律上、憲法改正原案の提出・発議は、衆議院議員100名以上の賛成があればできる(国会法68条の2)。この改正案には、鳩山由紀夫元首相、海江田万里元経産相、原口一博元総務相をはじめ、安倍晋三元首相、麻生太郎元首相ら、与野党を超えて大物議員が多数名を連ねて計120名が賛成(提出者を含めると130名)。発議(国会での審議)の要件を満たしていた(憲法改正原案)。

一院制を実現する憲法改正原案(2012年4月27日)の提出者

小沢鋭仁(民主)、高村正彦(自民)、内山晃(新党きづな)、渡辺喜美(みんな)、下地幹郎(国民新党)、松木けんこう(新党大地)、田中康夫(新党日本)、鳩山邦夫(無所属)、海江田万里(民主)、額賀福志郎(自民) (※カッコ内は当時の所属政党)

一院制実現のための憲法改正原案(2012年4月27日提出)の賛成者
一院制実現のための憲法改正原案(2012年4月27日提出)の賛成者

驚くべきことに、この憲法改正原案は、法律の要件を満たしていたにもかかわらず、「会派・政党の正式な機関承認を得ていない」という理由で、衆議院(横路孝弘議長)に受理されなかった。調べてみると、「機関承認がない議案は受理しない」という衆議院独特の明文なき慣行が、この憲法改正原案にも適用されたようだ。この慣行(機関承認制度とも呼ばれる)は、長年にわたり議員立法を妨げる要因にもなってきた。

だが、メディアは「憲政史上初めて憲法改正原案が国会に提出された」という出来事をほとんど報じなかった。法律の要件を満たす議案が明文なき慣行によって葬り去られるという超法規的事態を、メディアは見て見ぬふりをした。だから、ジャーナリストも含めて国民の大半が知らないだろう。私自身つい最近、調べ物をしていて偶然知った。

画像

仮にこの憲法改正原案が受理されても両院で3分の2の賛成を得て改正発議するには至らなかったかもしれない。だが問題は、法律の要件を満たす議案を国会(憲法審査会)で審議する機会が、「会派・政党の機関承認を得ていない」という理由だけで失われていたことであり、そうした事実が国民に知らされていなかったことだ。

超党派の憲法論議を阻んでいるもう一つの要因は「党議拘束」だ。党所属議員は法案などの採決で党の方針に従って賛否を投じなければならないという、これも明文なき政党内規律である。党議拘束が解除された例は「臓器移植法案」の採決時(1997年4月)くらいしかない。党議拘束は、政党政治では当たり前のように思われるかもしれないが、イギリスを除き多くの国は採用していないという。これが憲法改正手続きにも適用されると、結局「3分の2」をめぐる政党間対決という構図で憲法改正審議が紛糾する(結末は強行採決ショー)だろう。

メディアは、「改憲勢力」をめぐる党派的攻防にばかりスポットライトを当ててよいのか。もっと「機関承認制度」や「党議拘束」といった民主主義の根幹にかかわる問題にも目を向けつつ、この国の民主主義、立憲主義を発展させるという見地に立った憲法報道を望みたい。

(※ 実際の発表に加筆修正しています。)

【追記】昨年5月7日の憲法審査会における河野太郎議員(自民)と小沢鋭仁議員(維新の党)の発言を、少し長くなるが引用しておきたい。両議員の問題提起に反応したのが後藤田正純議員(自民)だけだったことも記しておく。(2016/8/28 23:30)

第189回国会 憲法審査会 第2号(平成27年5月7日)

(一部抜粋、太字は引用者)

○河野(太)委員 自由民主党の河野太郎でございます。

我が国の憲法は、国会を国権の最高機関と定め、憲法改正の発議権を国会に与えております。しかし、私は、今の国会の運営状況に甚だ大きな問題があると思っております。

まず第一に、国会の本会議、特に衆議院の本会議で採決をされている大多数の投票に関しては、議員個人の賛否どころか、政党ごとの賛否すら公に記録に残されていないというのが現実でございます。政党の賛否については衆議院の職員の私的な記録として残されておりますが、議事録には、賛成多数で可決、あるいは反対多数で否決、これしか残っておりません。これは大きな問題だと思っております。

確かに、数少ない記名投票に関して言えば、それぞれ議員一人一人の投票行動が記録に残されております。しかし、ほとんどの場合、議員の投票行動には党議拘束がかけられ、全ての所属議員が政党ごとに同じ投票行動をするというのが現実でございます。確かに、憲法で内閣は連帯をして国会に責任を負うということが定められておりますが、それはあくまでも政府の一員たる議員が連帯して責任を負っているのが現実であり、議員一人一人に党議拘束がかけられるというのは、議院内閣制の国の中でも極めて異質だと思っております。

我が自由民主党の場合、党議拘束については、部会、政調会あるいは総務会、それぞれの段階で満場一致で決めたからという建前になっておりますが、ほとんどそうなっていないのが現実でございます。

憲法のようなものを改正する発議に当たって、党が現実に現在のように各議員を拘束するということになれば、これは議員一人一人が賛否を決めたことには全くならないわけでございます。憲法改正の発議を衆議院が行う場合には、政党が党議拘束などというものを議員に課さない、つまり、国民が選んだ議員一人一人が、それぞれの考えと信念に基づいて賛成または反対の投票ができるように、きちっと保障されるべきだと私は思っております。

現在の法律の改正のような、本会議の採決のようなやり方で憲法改正の発議を行うべきではないと思っております。これは非常に重要な問題だと思っておりますので、憲法改正の細かい議論をする前に、この手続に関しては、しっかりとした議論をこの審査会で行っていただきたいというふうに思っております。

最後に、自民党の憲法改正草案なるものがございますが、これが改正の理想的な法案では決してないと思っている議員が少なからず自民党の中にいることも記録にとどめたいと思います。

以上です。

○小沢(鋭)委員 関連といいますか、もともとそういう発言をしたいと思っておりましたので、お許しをいただいて感謝します。

今のまさに河野委員の御発言、いわゆる党議拘束を外すべき、こういう話がありましたが、ここの委員の皆さん方は、戦後、憲法改正原案が国会に一度だけ提出されたことを御存じでしょうか。意外と知らない人たちが多い、こういうふうに思います。

多分二〇〇九年だったと思いますが(引用者注:ママ。実際は2012年)、私が筆頭提出者で、いわゆる一院制の、まさに憲法改正を行うべきだという、これは憲法改正に関しては法案ではなくて憲法改正原案、こう呼んでおりますが、それを超党派で提出させていただきました。これはどうなったかといいますと、結局、各会派の承認が必要だ、こういう話の中で、議運でつるされたまま終わっているんですね。

いわゆる憲法改正の発議ではなくて提出に関しては、百名を超える人間で提出しなければいけない、たしかこうなっています。一般法案は二十名、予算は五十名、憲法改正原案に関しては百名。それは十分に達していたんです。ただ、繰り返しになりますが、会派の承認が必要だ、こういう話のもとで、結局、戦後唯一の憲法改正原案の提出がつるされたまま終わっている、こういう話であります。

河野委員の発言のように、憲法という基本法に関しては、各党各会派、さまざまな意見があろうと思います。でありますので、少なくても、いわゆる百名を超えると規定にある以上は、そういった発議がなされましたら、ぜひこの審査会できちっと受けとめていただきたい、そういう手続をしっかりと今後議論をしていただきたいというふうにお願いを申し上げたいと思います。

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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