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イラク派遣自衛官の自殺率「自衛隊全体の5~10倍」は誤り 東京新聞が訂正

楊井人文弁護士
イラク特措法で派遣された陸上自衛隊

【GoHooレポート6月25日】東京新聞は6月25日付朝刊で、イラク特措法で中東に派遣された自衛官の自殺者数(2004年~12年の合計)から割り出した自殺率と2011年単年度の自衛隊全体の自殺率を比較すると陸自で「10倍」、空自で「5倍」となり、「極めて高率」などと報じたのは誤りだったとして、約3年前に掲載した記事の一部を削除するとの訂正記事を出した。日本報道検証機構が東京新聞編集局に指摘したところ、同紙の社会部長が「明らかな間違い」と認め、訂正する意向を示していた(詳細はGoHooサイトも参照)。

東京新聞2012年9月27日付朝刊1面
東京新聞2012年9月27日付朝刊1面

二〇〇三年に米国主導で始まったイラク戦争に関連して、中東へ部隊派遣された自衛官のうち、先月までに二十五人が帰国後に自殺していたことが防衛省への取材で分かった。陸上自衛隊は十九人、航空自衛隊は六人に上る。防衛省は「イラク派遣との因果関係は不明」としている。

陸自は〇四~〇六年、イラク南部のサマワに合計五千五百人を派遣し、空自は〇四~〇八年、合計三千六百人をクウェートに派遣した。海上自衛隊は現地駐留せず、自殺者もいなかった。

自衛隊全体の一一年度の自殺者は七十八人で、自殺率を示す十万人あたり換算で三四・二人。イラク特措法で派遣され、帰国後に自殺した隊員を十万人あたりに置き換えると陸自は三四五・五人で自衛隊全体の十倍、空自は一六六・七人で五倍になる。

一般公務員の一・五倍とただでさえ自殺者が多い自衛隊にあっても極めて高率だ。防衛省の担当者は「帰国後、何年も経過した派遣隊員と一年ごとに調べる隊員の自殺者数を比べても意味がない」と反論。派遣隊員が自殺した時期は明らかになっていないが、陸自のイラク派遣期間中の三年間は毎年九十人以上が自殺しており、自衛隊全体の自殺者数を押し上げている。…(以下、略)

(東京新聞2012年9月27日付朝刊1面)

東京新聞2015年6月25日付朝刊28面
東京新聞2015年6月25日付朝刊28面

誤りがあったのは、「イラク帰還隊員25人自殺 自衛隊 期間中の数突出」と見出しをつけた2012年9月27日付朝刊1面の記事。「帰国後、何年も経過した派遣隊員と一年ごとに調べる隊員の自殺者数を比べても意味がない」という防衛省側の反論も載せていたが、そうした指摘を踏まえずに、誤った比較に基づいた報道を行っていた。

自殺率は一般に「10万人あたりの年間自殺者数」で表される。2011年の自衛隊全体(あるいは公務員)の自殺率と比較するのであれば、2011年の派遣隊員の自殺者数から自殺率を算出する必要があったと考えられる。

政府・防衛省は派遣隊員の「年度別」自殺者数を公表していないが、派遣開始から2007年10月末までの派遣自衛官の自殺者数は8人(陸自7人、空自1人)と公表されていた(2007年11月13日政府答弁書参照)。東京新聞の報道で2012年8月末現在の自殺者数は陸自19人、空自6人と判明したことから、07年11月~12年8月の自殺者数は陸自12人、空自5人の合計17人と推定できる。イラク特措法で派遣された自衛官の実数は8790人(延べ人数は約9560人だが、実数は複数回派遣された隊員を差し引いた人数。海自約330人を含む。当機構が防衛省人事教育局に確認)。2011年単年度の派遣隊員の自殺率は算出できないが、07年11月~12年8月の年間平均自殺率を単純計算すると「40.0人」となる(17人÷8790人÷4.83年×10万人)。2011年の自衛隊全体の自殺率(34.2人)よりやや多いが、「5倍」や「10倍」、「(自衛隊の中でも)極めて高率」といった記述は明らかな間違いといえる

ちなみに、2011年の一般職国家公務員の自殺率は20.7人で、自衛隊全体の自殺率を「一般公務員の1.5倍」と指摘した部分は必ずしも間違いではない。ただ、男性の自殺率は女性の約2.5倍に上るため(同年の日本人全体の自殺率は25.8人、男性は37.8人、女性は14.3人。内閣府の資料参照)、約95%が男性である自衛官の自殺率と、一般職国家公務員(約75%が男性)の自殺率を単純比較するのは難しい面もある。

東京新聞が掲載していた棒グラフ。2004年~06年の自殺者数増加をイラク特措法での派遣と関連づけて報じていたが、この3年間の派遣隊員の自殺者は多くても8人だった。
東京新聞が掲載していた棒グラフ。2004年~06年の自殺者数増加をイラク特措法での派遣と関連づけて報じていたが、この3年間の派遣隊員の自殺者は多くても8人だった。

また、東京新聞は、陸自が派遣していた2004年~06年の3年間の自衛隊全体の自殺者数が他の年を大きく上回り年間90人以上だったことに着目し、「自衛隊全体の自殺者数を押し上げている」と解説。読者に2000年~11年の自衛隊全体の自殺者数の推移を表した棒グラフも示し、イラク特措法での派遣が原因で自衛官の自殺者が急増したかのような印象を与える記事になっていた。しかし、東京新聞の記事が掲載された当時、2004年~07年10月末の派遣隊員の自殺者8人にとどまっていたことは判明していた(同紙2007年11月13日付夕刊も報道)。この8人の自殺時期が2004年~06年に集中していたと仮定しても、自衛隊全体の自殺者280人に占める割合は約2.8%で、3年間の全体の自殺者数を大きく押し上げた主たる要因でなかったことは明らかだったといえる。この点に関して、東京新聞は「自衛隊全体の自殺者数を押し上げている」の部分を「自衛隊全体の自殺者数を押し上げている可能性がある」に訂正した。

防衛省の作成資料(詳細はGoHooサイト参照)
防衛省の作成資料(詳細はGoHooサイト参照)

誤報の記事を執筆したのは半田滋・論説兼編集委員。半田氏は、今年5月9日に開かれた金沢弁護士会主催のシンポジウムにパネリストとして出席し、派遣自衛官のうち29人が自殺したことに触れ、「これは他の公務員の自殺率の5~10倍。こういった事態の検証を一度もしないまま、自衛隊の活動を世界に広げるのは許されない」と語ったと報じられていた(朝日新聞2015年5月10日付朝刊大阪本社・石川版)。

政府は6月5日、イラク特措法で派遣された自衛官の自殺者数は合計29人(陸自21人、空自8人)になったと発表。他方、防衛省は、自民党国防部会に配布した資料で、イラク特措法による派遣自衛官の2005年~2014年度の年平均自殺率を「約33.0人」と算出し(計算式は29人÷8790人÷10年×10万人とみられる)、男性自衛官の自殺率(約35.9人)や一般成人男性の自殺率(約40.8人)よりも低いと説明している。

瀬口晴義・東京新聞社会部長の回答

貴機構からの6月19日付の質問に対し、以下の通りお答えします。

まず、本件記事の中で、イラク派遣後に自殺した自衛隊員の累計人数を、派遣された自衛隊員の人数で割って自衛隊員の自殺率とし、2011年度単年度の自衛隊全体の自殺率と比較したことは、派遣隊員の自殺率の求め方、比較の仕方において間違っていました。ご指摘の通りです。よって、記事中でイラク派遣隊員の自殺率が自衛隊全体の自殺率より陸自で10倍、空自で5倍と報じたのは明らかな間違いです。

さらに、同様の理由から、記事中に「一般公務員の一・五倍とただでさえ自殺率が多い自衛隊にあっても極めて高率だ。」とあるのも不適切な記述でした。イラク派遣隊員の自殺率が自衛隊員全体の自殺率と比べて、極めて高率とまではいえません。

また、記事中の「自衛隊全体の自殺者数を押し上げている」との記述は正確ではありませんでした。掲載時点では、自殺した派遣隊員の自殺時期が分からないことから、「自衛隊全体の自殺者数を押し上げている可能性がある」と記述するべきでした。

以上、上記の点について、6月25日付朝刊第二社会面に「おわびと訂正」を掲載します。本来、自ら間違いを正すべきところ、貴機構から間違いを正す機会を与えていただいたことに対し、お礼を申し上げます。

(*) 掲載当初、東京新聞社会部長の姓に誤字があり、訂正しました。お詫びいたします。

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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