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消費増税報道を斬る(下)―日経新聞「増税後も景気改善4割」にみる”世論操作”

楊井人文弁護士
日本経済新聞2013年9月24日付朝刊1面
日本経済新聞2013年9月24日付朝刊1面

日本経済新聞が9月24日付朝刊1面トップで、同紙が実施した「社長100人アンケート」の結果で、2014年4月からの消費増税を前提に1年後の国内景気を聞いたところ、現在より上向くという回答が41・4%に達したと報じた。記事は、大見出しで「景気『増税後も改善』4割」と掲げ、リード(記事冒頭の要約)で「設備投資が増え個人消費も底堅いとみており、増税前の駆け込み需要の反動による影響は限定的との見方が多い。経営者が景気先行きに気であることが浮き彫りになった」と分析している(記事の抜粋は後掲)。(*1)

日経の巧妙な「世論調査という名の世論操作」

日本経済新聞2013年8月26日付朝刊1面
日本経済新聞2013年8月26日付朝刊1面

実は、日経新聞はつい最近、消費増税に関する世論調査でミスリードの疑いが極めて強い記事を載せていた。

8月26日付朝刊で、自社の世論調査の結果について「消費増税 7割超が容認」との見出しをつけて1面で報道。リードも「消費増税の税率引き上げを容認する声が7割を超えた」と伝えていた。来春の消費増税が予定通り行われるかどうかが焦点となる中、この見出しやリードは「来春の消費増税」に「7割超」が容認する結果が出たとの印象を与えるものだった。

ところが、共同通信が25日発表した世論調査によると、予定通りの消費増税に賛成は22%だった。改めて日経の世論調査を確認したところ、日経が「容認」として報じた「7割超」は「引き上げるべきだが、時期や引き上げ幅は柔軟に考えるべきだ」の55%を足し合わせた数字だった。そもそも質問は「予定どおり引き上げるべきか?」であり、それに対して「引き上げるべき」の回答は17%にすぎなかった。記事本文をきちんと読めば書いてあるが、見出しとリードだけ読んでは分からないようになっていたのだ。

日経は7月にも同様の世論調査を行っていたが、このときも「予定通り引き上げるべきだ」が11%、「引き上げるべきだが、時期や引き上げ幅は柔軟に考えるべきだ」は58%。日経がいう「増税容認」は69%、ほぼ7割だった。つまり、7月の調査と8月の調査は、増税自体を容認しているかどうかいう点ではほぼ同じ結果で、それ自体既報であってニュースですらなかったのだ。ニュースでないことを見出しとリードにとる代わりに、回答者の意見(7月の58%、8月の55%)は、見出しでもリードでも伝えなかったである。

この世論調査報道に対しては、元日本経済新聞編集委員の田村秀男氏(現・産経新聞編集委員兼論説委員)も、「世論調査という名の世論操作」「増税に世論を導くための典型的な印象操作」「データをねじ曲げてまで世論誘導を図る今の日経の報道姿勢」「官報以下」と古巣をこき下ろしていた。

【注意報】日経世論調査「消費増税7割容認」 予定通り賛成は17%(2013/8/31)

【田村秀男の国際政治経済学入門】消費税増税強行へ目に余るメディアの虚報(3)(MSN産経ニュース2013/8/28 11:00)

アンケート詳細をなぜか日経産業新聞にだけ掲載

日経産業新聞2013年9月24日付18面
日経産業新聞2013年9月24日付18面

本題の9月24日付「景気『増税後も改善』4割」に戻ろう。この記事も、「6割」とか「8割」ならともかく、過半数に達しない「4割」を見出しにしている。しかも、アンケートの詳細がなぜか本紙ではなく日経産業新聞(*1)に掲載されている(電子版にすら載せていない)。これはどうも鵜呑みにできないと感じ、日経産業新聞に掲載された詳細なアンケート結果を見てみた。

果たして、日経本紙が報じた通り、「増税後も改善」との回答は約4割だった。質問は「2014年4月からの消費増税を前提とした国内景気についてうかがいます。3カ月後、6カ月後、1年後の見通しについてご回答ください」とした上で、それぞれの時期ごとに見通しを質問。「1年後(消費増税後の14年9月頃)は現在と比べてどうなると思われますか」に対しては「よくなっている」は21.2%、「改善の兆しが出ている」は19.9%だった。「改善の兆し」を「改善」と同視できるかはともかく、合計すれば41.1%、約4割になるわけだ。さすがにここでの間違いはなかった。

景気見通しは増税前と増税後で顕著な差

問題は、記事のリード部分で示された「設備投資が増え個人消費も底堅い」「増税前の駆け込み需要の反動による影響は限定的との見方が多い」「経営者が景気先行きに強気」という分析だ。これはアンケートの結果を客観的、公平に分析したものといえるだろうか。まず、下記の表をよくみてほしい。

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これは、3カ月後、6カ月後、1年後の国内景気の見通しの回答結果をまとめたものだ。今回、大きな見出しとリードでクローズアップされてたのが、赤で囲った「41.1%」の部分。だが、「3カ月後」「6カ月後」と比較すると、「改善」の回答が半分以下に減っていることが分かる。アンケートに応えた社長146人(「社長100人アンケート」とうたっているが、実際は146人)の8割以上が、消費増税直前までの景気見通しについて極めて楽観的だったのに、増税後はその割合が半減し、逆に「悪化」という悲観的な見通しが増えているのだ。このように時間軸で回答を分析した場合の大きな変化を、日経の記事は全く触れていない(グラフを読んだ読者は気付くかもしれないが)。

日本経済新聞9月24日付朝刊1面の記事に掲載されたグラフ。これに気付いた読者は見出しやリードとの齟齬に気付いたかもしれない。
日本経済新聞9月24日付朝刊1面の記事に掲載されたグラフ。これに気付いた読者は見出しやリードとの齟齬に気付いたかもしれない。

しかも、「1年後の景気見通し」に対する回答は「6カ月後と比べて」ではなく「現在と比べて」のものだ。「1年後の景気見通し」について「ほとんど変化が見られない」の回答者(17.8%)が、「3カ月後」「6カ月後」については「改善」の回答グループに属していたとすると、これら回答者は「3カ月後」「6カ月後」の"現在よりも良い景気レベル"から"現在と同じ景気レベル"に引き戻されるとみていることになる。「1年後」の「(現在と比べて)ほとんど変化が見られない」は、実質的に「悪化」の回答グループに入れてもおかしくない。そうすると「悪化」グループは合計35.6%に達する。「何とも言えない」の回答者も、「3カ月後」は6.2%、「6カ月後」は7.5%だが、「1年後」は23.3%に上っている。増税後の影響がはっきり読めない回答者が4分の1近くいる。

アンケートは、国内の個人消費についても、同様に「3カ月後」「6カ月後」「1年後」の現在と比較した場合の見通しを尋ねている。同じく回答結果を表にまとめると次のようになる。

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国内景気についての回答と同様、国内個人消費についても、「3カ月後」「6カ月後」に「活発」「活発な兆し」と楽観的な見通しを示したのは9割近くに達したのに対し、「1年後」(増税後の2014年9月頃)は4割にも満たなかった。「ほとんどの変化が見られない」や「何とも言えない」の割合も、先ほどの国内景気の場合と同じような大きな違いが見て取れる。

アンケートから客観的に読み取れること

こうしたアンケートの詳細な結果を踏まえ、日経が記事のリードで示した分析結果をもう一度みてみよう。

日経はいう―「設備投資が増え個人消費も底堅い」。アンケートでは、国内景気の見通しで「1年後」も「改善」「改善の兆し」と回答した人を対象に「改善に向かう要因」(2つまで選択)も尋ねている。回答の多い順に「設備投資」(55.0%)、「個人消費の回復」(48.3%)。ただ、回答者146人全体に占める割合は、それぞれ22.6%、19.9%に過ぎない。逆に、「1年後」に「悪化」「悪化の兆し」と回答した人が考える「悪化に向かう要因」は、「消費増税による駆け込み需要の反動減」(92.3%)、「消費増税による経済心理の冷え込み」(38.5%)で、全体に占める割合は16.4%、6.9%。つまり、1年後に「個人消費の回復」で「改善」すると考える人は19.9%、「消費増税による駆け込み需要の反動減」で「悪化」すると考える人は16.4%。この結果をみて、果たしてそう言えるのか。

また、日経はいう―「増税前の駆け込み需要の反動による影響は限定的との見方が多い」。これに関しては、消費増税後、「消費の冷え込みや駆け込み需要の『反動減』で来年度(2014年度)の貴社の売上高は、どの程度下振れすると見ていますか」との質問があり、「下振れはしない」(37.7%)、「5%未満」(21.9%)で、約6割が5%未満の売上減にとどまると回答していた。この点、日経の分析は間違いではない。が、この分析が当てはまるのは、日経アンケートで対象となった主要企業164社の影響でしかない(このリストは日経本紙、電子版に掲載されているが、誰でも知っているような超有名企業ばかりである)。

さらに、日経はいう―「経営者が景気先行きに強気であることが浮き彫りになった」。先ほど詳細に見たように、景気・個人消費を楽観視する回答者の割合が増税前は8割以上いるのに、増税後は3~4割にとどまっていた。この結果をみて、果たしてそう言えるか。

このアンケートから客観的に読み取れるのは、せいぜい「主要な大企業の経営者の多くは増税前駆け込み需要の反動の自社への影響は限定的とみている。増税までの国内景気や個人消費についても楽観的な見通しを持った経営者が大半だ。一方で、増税後に関しては、経営者の多くが景気や個人消費に楽観的な見通しを持てず、現在より景気が上向くと答えた経営者は4割にとどまった」ということではないか。

日本には500万を超える企業があるが、このアンケートの母集団はあくまで「主要企業164社の社長」。73.2%が「予定通り消費増税を実施すべき」と回答し、TPP交渉参加も全員が「評価している」と回答している、ある特殊な母集団のアンケート結果であることに留意しておく必要がある。

日経は8月9日付、13日付、9月2日付、4日付の社説で、予定通り増税すべきだと繰り返し訴えている。どんな社論を唱えても構わない。だが、社論を世論に反映させるため、世論調査や社長アンケートで巧妙な見出しをつけ、誘導しようとしているとの疑いは、報道機関にとって致命的である。

(*1) 日本経済新聞2013年9月24日付朝刊1面より一部抜粋。

『社長100人アンケート景気「増税後も改善」4割』

日本経済新聞社が23日まとめた「社長100人アンケート」で、2014年4月からの消費増税を前提に1年後の国内景気を聞いたところ、現在より上向くとの回答が41.1%に達した。設備投資が増え個人消費も底堅いとみており、増税前の駆け込み需要の反動による影響は限定的との見方が多い。経営者が景気先行きに強気であることが浮き彫りになった。(関連記事企業面、詳細を24日付日経産業新聞に)

社長100人アンケートは国内主要企業の社長(会長、頭取などを含む)を対象に、四半期ごとに実施。今回は9月5日から20日までに、146社から回答を得た。

足元の国内景気については93.8%が「拡大している」と答え、前回調査(6月)より3.3ポイント上昇した。安倍晋三首相は10月1日に発表される日銀の全国企業短期経済観測調査(短観)の結果を見た上で、消費税率を8%に引き上げることを正式表明する見通しだ。

1年後(14年9月ごろ)の国内景気は、現在と比べて「よくなっている」が21.2%、「改善の兆しが出ている」が19.9%。「悪化の兆しが出ている」は13.0%、「悪くなっている」は4.8%だった。景気が上向く要因は「設備投資の回復」(55.0%)が最も多く、「個人消費の回復」(48.3%)が続いた。

消費増税前の駆け込み需要による影響も尋ねた。13年度の売上高が「5%未満」の範囲で上振れするとの回答が54.4%に上った。一方、反動減が見込まれる14年度売上高は「下振れはしない」が37.7%で、「5%未満の下振れ」は21.9%だった。(以下、略)

(*2)日本経済新聞本紙の発行部数は約300万、日経産業新聞は約16万とされる(日経媒体一覧)。

【訂正】中見出し「景気見通しは増税前と増税後で顕著な差」に掲載した「表2」で、「1年後」の「純化の兆しが出ている」と「純化している」の割合の合計を33.3%としていましたが、23.3%の誤りでした。「ほとんどの変化が見られない」を含む合計52.5%も42.5%の誤りでした。正しい表に差し替えます。「表2」の後の「『3カ月後』『6カ月後』に『活発』『活発な兆し』と楽観的な見通しを示したのは9割近くに達したのに対し、『1年後』(増税後の2014年9月頃)は4割にも満たず、『鈍化』『鈍化の兆し』と悲観的な見通しとほぼ同数だった。」という一文のうち、「『鈍化』『鈍化の兆し』と悲観的な見通しとほぼ同数だった」は誤りでしたので削除します。おわびして訂正いたします。(2013/10/19 20:00)

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消費増税報道を斬る(上)―安倍首相「決断」をめぐる異様な報道(2013/9/25)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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