都市型フェス「ULTRA JAPAN」の挑戦  ~小橋賢児氏 独占インタビュー~

インタビューに応じる小橋賢児氏

 (c)ULTRA JAPAN 2015
 (c)ULTRA JAPAN 2015

都市型ダンスミュージック・フェス「ULTRA JAPAN 2015」が9月シルバーウィークの3日間に東京・お台場で開催された。参加人数は9万人を超え、参加者たちはその様子をSNSでアップ。Facebookのタイムラインが、ULTRAに一色に染まった人も多かったと聞く。

「ULTRA JAPAN 2015」は、都心で開催されたという点でも他のフェスと異質な上、SNS・インターネット動画配信・ファッションなどを絡めた新しいムーブメントの広がり方としても注目されている。

そで「ULTRA JAPAN 2015」のクリエイティブ・ディレクター小橋賢児氏に独占インタビューを敢行。「なぜ都市型イベントにこだわったのか?」「なぜSNSによるプロモーションに注力したのか?」など、エンタテイメント業界注目の話を語ってもらった。

ULTRAが日本で開催されるまで

柳内啓司(以下、柳内):ULTRAが日本で開催されるまでの経緯はどういったものなんですか?

小橋賢児氏(以下、小橋):今から4~5年前、ULTRAが韓国でアジア初開催された時に、ULTRAのアジア統括のボスから僕に「日本はアジアの中でも大切なマーケットで、日本側のパートナーが必要だ。だからケンジにJAPAN テリトリーのディレクターをしてほしいと連絡が入りました。それも今すぐブッキングを全て決めて欲しい。今から3時間以内に」って連絡が来たんです。それもSkypeで、まだ会ったこともないのに(笑)

柳内:え、そんなことありえるんですか!?小橋さんとアジア統括とは面識なかったんですよね?

小橋:それは僕が世界中のフェスとかをリアルに見ていたり、日本でも数々のイベントをプロデュースしていたことを知ってた僕の親友がそのボスと親しくて。その親友が「日本でやるならケンジしかいない」って薦めてくれたらしいんです。韓国でのULTRAは大成功を収めて、その後日本テリトリーでも実際にULTRAのプロモーションを展開することになり、その時点ではまだULTRA KOREAのプロモーションの一環としてのイベントの感覚だったのですが、どうしても僕は日本で本物のULTRAをやるべきだと強く訴え。後にULTRA JAPANのクリエイティブ・ディレクターとして関わることになりました。

「ULTRA KOREA2015」の様子 (c)ULTRA KOREA 2015
「ULTRA KOREA2015」の様子 (c)ULTRA KOREA 2015
ULTRA KOREAも世界中の人たちが熱狂 (c)ULTRA KOREA 2015
ULTRA KOREAも世界中の人たちが熱狂 (c)ULTRA KOREA 2015

柳内:なるほど、そういうことなんですね。日本で開催することになって、小橋さんは何が課題だと思いましたか?

小橋:世界の色んなフェスに行って感じたのは、フェスが一般の人にもオープンなものであったことです。一方で日本のクラブって、一部の音楽好きだけが行っていたり、もしくはナンパバコになっちゃってたりして、一般の人が行きづらいことになってる。なんかネガティブな要素しかないなって思ったんです。

日本も一時はディスコブームなどでクラブカルチャーは盛り上がったけど、色んな経緯で規制されちゃったりして、若い人がノビノビ楽しむ場所がない。

でも本来のフェスが持つ、太陽の下でいい音楽を聴きながら世界中の人たちと繋がる経験って素晴らしいものじゃないですか。世界の色んな情報を提供するのも大事ですけど、その経験を提供したいって僕は思ったんです。小難しいことじゃなくって、単純に若い人に「楽しい」って思ってもらえて、その結果もっと「世界に出てみたい」と思うようなものです。そんなものを探していた時に、それに適していると思ったのがULTRAだったんです。

都市型イベントにこだわった理由

柳内:なぜULTRAは東京にハマっていると思うんですか?

画像

小橋:まず第一に都市型であるということ。例えばFUJI ROCKやTOMORROWLANDみたいな山奥などでのフェスは興味のない人やフェスに言った事ない人にはハードルが高いんですよ。汚れるし、友達に呼ばれてパッと行けるものじゃない。けど、東京のお台場でULTRAでやるんだったら、にわかであっても、友達に誘われて気軽に行けるじゃないですか。

ディスニーランドが東京に来た時って、普段遊園地に行ったことない人が「世界からとんでもないものが来るから、行ってみよう」と思って、足を運んだわけじゃないですか。そこで「楽しい」と感じて、そしたら、「え、フロリダにもあるの?行ってみたい!」と思う人もいたと思うんですよ。これって世界に出て行くきっかけをディズニーランドが作ったと思うんですよ。これと同じことをULTRAならできると思ったんですね。

柳内:なるほど。それで実際にやることになるとすると、大きな資金が必要だと思うんですけど、どうやって調達したんですか?

小橋:確かに日本でやるにあたっては賛同してくれるパートナーが必要でした。そんな折に、エイベックス・ライブ・クリエイティヴさんの代表をはじめ、エイベックス・グループさんが興味あるという話を聞いて。その後マイアミで開催されたULTRAで偶然会って、「こんなイベント日本でできたらいいよね」って意気投合してたんです。他の会社も興味あるところはあったんですが、エイベックスさんはダンスミュージックが原点の会社。ULTRAに対する熱量も先の時代の読み方も他とは全く違いました。

柳内:その後、会場選びとかはどう進んだんですか?

小橋:会場選びも難航しました。お台場じゃできないかもしれないという場面も多々ありました。それはこのような世界規模のダンスミュージックフェスティバルが東京のど真ん中で行われる事例がなかったですし、近いし事例があったとしてもむしろ足を引っ張る事例だったりで... もちろん千葉とか地方での事例はあったんですが、都心の成功例がなくて、最後みんな保守的になって諦めてしまうんですよ。けど、僕は都心じゃないと意味がないし、空港からのアクセスの良さもよく、成田や羽田からの世界の玄関口になるお台場がベストだと粘り強く言い続けました。その思い叶ってかなんと最終的にお台場で開催できることになりました。

クリエイティブ・ディレクターとはイベントのDNAを伝える伝道師である

柳内:都心型でやるべきという確信が周囲を動かしたんですね。小橋さんはその後どんな役回りを担っていったんですか?

小橋:僕はULTRA JAPANではクリエイティブ・ディレクターという立場になります。まずそもそも、ULTRAというイベントがどんなイベントかをちゃんと知っている、ULTRAの血を分け与えられた人間って僕以外に日本にいなかったんですね。そして、プロジェクトが始まると、メンバーの中にはULTRAに実際に行ったことがない人もたくさんいるわけです。そんな時、僕は「ULTRAとは何なのか?」ということを、常に説明していったんです。

柳内:具体的にどんなことを説明していったんですか?

小橋:ひとつは、最近のフェスムーブメントの広がり方です。今のフェスってSNSがカギなんです。フェスの参加者のうちの9割がSNSにその事を投稿しているってデータがあって。フェスの参加者は準備や当日の様子を写真や動画でアップして、積極的に自己表現していきます。それにより、フェスは一気に世界的な広がりを見せているといったことを伝えていきました。マドンナはYouTubeが登場した時、動画をいち早く無料公開し、それによってライブ動員数を増やしていったんですが、それが個人のSNS投稿により起きているといった時代の変化をプレゼンしていきました。

けど、こういったことって一度言っただけじゃ理解されないんです。SNSだけじゃ不安だから、集客力のあるアイドルを呼ぼうとか色んな意見も言われたんですが、それじゃ失敗すると分かってたので、「そうじゃないんだ」ということを会議で何度も何度も伝えていきました。

ULTRAが仕掛けた世界最新型プロモーション

柳内:こうやって聞いていると、小橋さんの役割って、ULTRAのコンセプトを伝える伝道師といえるのかもしれませんね。今の話と通じてるんですが、ULTRA JAPANではどんなプロモーションをしていったんですか?

小橋:まずネットプロモーションには力を入れようと決めていて、SNS部隊という専門チームを作りました。SNSってイベントの開催直前だけちょろっとやっても意味がないんです。フェスのチケットを買う前から、誰と行こう、何を着て行こうとか、参加者それぞれの当日までのストーリーがあって、それをSNS投稿したりする。だから1年を通して、参加者と主催側が常に会話し続ける。そういう姿勢が大事なんです。

 (c)ULTRA JAPAN 2015
 (c)ULTRA JAPAN 2015
参加者の多くはフェスの様子をスマホでアップする (c)ULTRA JAPAN 2015
参加者の多くはフェスの様子をスマホでアップする (c)ULTRA JAPAN 2015

柳内:他にはどんなプロモーションを仕掛けたんですか?

小橋:あとファッションプロモーション部隊を作りました。「フェスにどんな格好していこう?」というワクワク感を作るために、様々な媒体と連携して、フェスファッションの訴求をしていきました。これはULTRAに限った話ではなく、フェスという大きな括りでブームを起こしていこうと決めていました。フェスの参加者って「当日どんな服を着て行こう?そして、どんな風に写メを撮って、どんな風にSNSにアップしよう?」ってワクワクしながら考えているんです。その参考になるような情報を色んなメディアで提供していきました。

フェスは音楽好きだけのものではダメだと思ってました。「ULTRA行って、あのファッションで写メ撮りたい!」が入り口になっても全然いいと思うんです。音楽好き、ファッション好き、SNSでアピールしたい人、世界で繋がりたい人、色んな人たちが集まって大きな規模でイベントをしていきたいと思ったんです。

例えば、山ガールのファッションって、山登りに興味ない人が山登りしたいというきっかけを作ったと思うんですよ。そういうことをULTRAのファッション部隊では目指しましたね。

参加者は思い思いのファッションでフェスに参加する (c)ULTRA JAPAN 2015
参加者は思い思いのファッションでフェスに参加する (c)ULTRA JAPAN 2015

柳内:決してマニアックなイベントでは終わらせない。そこへの強烈な思いを感じます。それが大規模都市型イベントを成功に導いたんだと思いました。

動画は無料で配信。狙いは「あそこに行きたい」

柳内:あと、LINEやYouTubeで無料生配信をやっていたのも太っ腹だなあと思ったんですが、あの狙いは何だったんですか?

小橋:多くの人に「あそこに行ってみたい!」と思わせたかったからです。配信を有料にして課金ビジネスをするという選択肢は僕の中にはありませんでした。お金を払って見せた瞬間に、行きたかった人にしか届かなくなってしまうからです。ULTRAの参加者が勝ち誇ったように楽しんでる姿を、無料で多くの人に見てもらうことで、「来年こそULTRAに行ってみたい」と思ってもらうことが重要だと考えています。

柳内:有料配信による僅かな収益より、配信はあくまでプロモーションツールだと割りきって、イベントにいかに来てもらうかを考えたわけですね。

ULTRA JAPANはネットによる無料動画配信にも積極的 tokyoedm.comより
ULTRA JAPANはネットによる無料動画配信にも積極的 tokyoedm.comより

計画はしない。今の努力だけが、未来を変えてくれる。

柳内:素晴らしい経営判断だと思います。最後に、これからの小橋さんのビジョン、野望を教えて下さい。

小橋:僕あんまり将来のことを考えてなくて。今面白いことをやっていれば、仕事は未来からやってくると思ってるんです。5年前の僕はフェスのディレクターになろうなんてこれっぽっちも思ってなかったけど、結果としてそうなってたりする。3年前に映画を作った時も、その3年前に映画監督やるとは夢にも思ってなかった。今をがむしゃらにやっていったら、映画の話がやってきたり、ULTRAのボスから電話がかかってきたりする。今を頑張れば、未来が変わる。そんな風に思ってます。

インターネット登場以前は、夢を定めて計画して努力することが大事だったけど、インターネットが登場したことで、時代のスピード感が変わってしまい、計画があまり意味をなさなくなったんだと思います。

例え計画をしたとしても、変化に柔軟に対できないといけないと思うんです。

柳内:確かに。小学生の時、将来なりたい職業を卒業文集に書いたりしますけど、たぶんその子たちが大人になった頃、「その職業もうないじゃん!」みたいなことってありえますよね、今の時代。今の努力が、未来を変える。これからの時代に重要な発想ですね。今日はありがとうございました。

画像