Yahoo!ニュース

『サザエさん』の終わりの歌で、伸び縮みする山小屋。なかでは何が起こってるんだろう?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『サザエさん』は1969年から放送されている日本最長のテレビアニメである。

もう半世紀以上放送されているのだから、そのエンディングを見たことのない人のほうが少ないだろう。

その歌の最後のところで、場面は磯野家のハイキングに切り替わる。

一列になって山小屋を目指して歩く一家7人。サザエさんが先導し、ワカメちゃん、カツオくん、波平さん、フネさん、タラちゃんを肩車したマスオさんの順だ。

膝をあまり曲げない独得の「サザエさん歩き」でチャカチャカ進んでいく。

ところが山小屋に近づくと、彼らはいきなりスピードを上げる!

猛烈な勢いで階段を駆け上がり、1人ずつ、バビュン、バビュン、バビュンと飛び込んでいく!

それに応じて、山小屋は伸びたり縮んだり伸びたり縮んだり……!

恐るべき現象である。

現実の世界で家が伸び縮みする光景など、見たこともない。あの山小屋ではいったい何が起こっているのか?

半世紀以上にわたってわれわれが目撃してきた「伸縮する山小屋」の謎を考えよう。

◆飛び込んだスピードは!?

山小屋の伸縮状況をつぶさに観察すると、画面右側からサザエさんたちが飛び込んだ山小屋は、まず横幅が1.5倍にも膨らむ。

そのまま左にかしいだと思ったら、今度は屋根が左上に13%ほど伸びる。続いて踏ん張るように下に縮み、横幅は1.8倍にも伸長。

そして最後に、小屋は右上に33%ほども伸び上がり、次の瞬間、何事もなかったかのように元に戻る。

これだけのすごい動きが、たった0.97秒のあいだに起こっている!

 

木材は0.1%も伸びると破断する。これほど目まぐるしく変形するということは、この小屋は木造に見えて、木造ではないのだろう。

33%も伸びて元に戻る材料は、ゴムしかない。この有名な山小屋は、世界的にも珍しいゴム造建築だったのか……。

そこで知り合いの大工さんに協力を仰ぎ、劇中の山小屋を作るのに必要な木材の量を見積もってもらうと2.25m³だという。

これをゴムに置き換えると、推定重量は2.1tとなる。

それほど重量のあるゴムが、わずか0.97秒で5回もの伸縮をしている。

なかでもすごいのは最後の一伸びで、33%も伸びてから、わずか0.17秒でシュタッと元に戻っている。

これは、ゴムの弾力性がきわめて強いということで、その強力なゴムを33%も伸ばしたということは、磯野一家はどんな速度で飛び込んだの!? という話になる。

サザエさん一家の年齢は、サザエ24歳、ワカメ9歳、カツオ11歳、波平54歳、フネ50ウン歳(ご本人が年齢を教えてくださらないらしい)、マスオ28歳、タラちゃん3歳。

7人の体重が、それぞれの年齢.性別の平均と同じなら、合計326kgである。

そんなサザエさん一家が、前述のような変形を実現させたからには、時速130kmで山小屋に飛び込んだことになる!

在来線特急電車なみのスピードだ。

彼らの100m走のタイムは、2秒77。

肩車されているタラちゃんの実力はわからないが、この一家、誰が出てもオリンピックで金メダルが取れるのだ。

こんなスピードで追いかけられたら、お魚くわえたドラネコも、さぞかし怖かったに違いない。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆山小屋のなかでは何が?

それにしても、時速130kmで山小屋に飛び込む。これはとても危険な行為である。

しかも、1人ずつバビュン、バビュン、バビュンと飛び込んでいる。こういうことをするとどうなるか?

いちばん最初に飛び込むのはサザエさんだ。

時速130kmものスピードだから、当然止まり切れず、入口と反対側の壁にぶつかるだろう。もし、山小屋が鉄筋コンクリート造や木造だったら、ここでサザエさんは人生が終わっても不思議ではなかった。

だが幸いなことに、この山小屋はゴム造だ。サザエさんを柔らか~く受け止めてくれるに違いない。

しかし、山小屋はゴム造であるがゆえに、同じスピードでサザエさんをハネ返すはずだ。

そこへ、2番手のワカメが時速130kmで突っ込んでくる!

ワカメから見れば、年の離れた姉の背中が時速130kmで迫ってくるのだ。いや、自分も時速130kmで突進中だから、2人の速度差は時速260km! そんな猛スピードでぶつかったら大変だ。

バーンと激突して2人ともフラフラになっているところへ、今度はカツオがドバーン!

波平さんがゴキーン!

フネさんがボコーン!

マスオさんとタラちゃんがドンガラガッシャーン!

最後にこの山小屋は、軽やかな音楽とともに静かになる。その静けさが、逆に怖い。小屋のなかは、どれほどの惨状を呈していたことか……。

誰もが知っている国民的アニメのエンディングでは、こんなにすごい行為が半世紀以上にわたって放送されているのだ。

真正面から考えると、まことに恐ろしい山小屋。

――日曜日の夕方に、ぜひ確認していただきたい。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

柳田理科雄の最近の記事