こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。

さて、今回の研究レポートは……。

『鬼滅の刃』の嘴平(はしびら)伊之助は、イノシシに育てられた超野生児。

独自に生み出した「我流 獣(ケダモノ)の呼吸」を使い、さまざまなワザを繰り出して戦うのだから、恐るべき若者だ。

伊之助はいつでも「猪突猛進!!」と叫びながらまっすぐ突進していく。

が、実はかなり細やかな感覚を働かせて戦っているのでは……と筆者はニラんでいる。

それが読み取れるのが、吉原で上弦の陸・妓夫太郎(ぎゅうたろう)&堕姫(だき)と戦ったときの対応だ。

「陸の牙!! 乱杭咬み!!」で堕姫の頸(くび)を斬った伊之助は「くっつけらんねえように 持って遠くへ走るぞ!!」と、頸を抱えたまま、花街の屋根の上を疾走する。

ところが、いつの間にか迫っていた堕姫の兄・妓夫太郎が、背後から血鎌で伊之助の胸を刺し貫いた!

夜の闇のなか、その様子を目撃した炭治郎は「傷は!! 心臓を刺された!?」と絶望する。

実際、伊之助は胸から血を噴き出して昏倒。妓夫太郎は、動かなくなった伊之助を指して「猪は心臓を一突き」と勝ち誇った。

ところが、その後も炭治郎と善逸が激しく戦い続けていると、伊之助がよみがえったのである!

それは、もう少しで妓夫太郎と堕姫の頸を同時に斬れそうという瞬間で、倒れていた伊之助が、二本の日輪刀を構えて跳躍した。

堕姫が「何でよコイツ」「お兄ちゃんが心臓を刺したのに」と驚くと、伊之助はこう叫んだ。

「俺の体の柔らかさを見くびんじゃねえ」

「内臓の位置をズラすなんてお茶の子さいさいだぜ!!」

「険しい山で育った俺には毒も効かねえ!!」

そして、善逸といっしょに堕姫の頸を切断、はるか遠くまで飛ばしたのだった。

スバラシイ活躍だが、心臓をズラした……!? そんなことが、人間にできるのだろうか?

◆心臓は動かせるか?

「心臓は左胸にある」といわれるが、実際には胸の中央にある。

心臓は右上から左下に傾いていて、下端の「心尖(しんせん)」の動きが拍動として感じられるから、左にあるという印象になるのだ。

心尖の真上には全身に血液を送る左心室があり、伊之助が貫かれたのは、まさにその場所だった。左心室を刺されたら、全身に血液が行かなくなるうえに、傷口から血が吹き出して、たちまち失血死する。

これを避けるために、伊之助は心臓を右にずらしたのだろう。

だが、どうすれば心臓を動かせるのか。

伊之助は「体が柔らかいから」と言っているが、だからといって、自分の意思で動かせるものだろうか。

心臓は横隔膜の上にあり、左右の肺に挟まれている。もちろん、人体に「心臓の位置を調節する筋肉」などというものはない。

したがって、心臓を動かすとしたら、考えられるのは次のような方法だろう。

①片方の肺を縮めて、スペースを作る

②もう片方の肺は、大きく膨らませる

③膨らんだ肺が、心臓を押す

④押された心臓は、空いたスペースに移動

伊之助はたぶん、これらを同時に行ったのだろう。つまり、右肺を収縮させ、左肺を拡張することで、心臓を右に動かした……のだと思われる。

とはいえ、肺は自力では拡張・収縮できない。呼吸によって横隔膜が下がることで受動的に膨らみ、横隔膜が上がると縮む。

伊之助はうまく呼吸することで、横隔膜を上下させているのかもしれないが、横隔膜は1枚の筋肉で、左右の肺は同時に拡張・収縮するのが普通である。

ということは、伊之助の横隔膜は2枚あって、左右の肺を別々に拡張・収縮させられるのだろうか……。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

だとしても、本来心臓があったところに左肺が来ていたら、妓夫太郎の血鎌は肺に刺さってしまう。

肺は「肺胞」という小さな袋が3億個ほど集まったもので、横隔膜が下がることでその1つ1つが膨らみ、空気が取り込まれる。肺を刺されたら、肺胞が膨らまず、呼吸ができなくなる。

伊之助は肺にダメージを受けた様子もなかったから、すると妓夫太郎の血鎌が刺した場所は、心臓と肺のギリギリ境目だったのだろう。想像するだけでもゾッとする話である。

◆狙われる場所がわかった?

血鎌が刺さったのが、心臓と肺の境目ギリギリの場所。

それは偶然だったのか、それとも伊之助が意図的にそうしたのか?

もちろん、後者であるに違いない。

最初のほうに記したとおり、堕姫の頸を持って走る伊之助を、妓夫太郎はいきなり背後から刺した。後ろから攻撃されたら、普通は刺される場所もわからない。なのに伊之助は、心臓の位置をズラしたのだ。

それができたのは、伊之助の「触覚」の鋭さゆえだろう。

「獣の呼吸・漆(しち)ノ型 空間識覚!!!」を出したとき、ナレーションはこう説明した。

「荒れ山育ちの伊之助は触覚が優れている。我流の呼吸法により研ぎ澄まされた触覚は、集中することにより空気の微かな揺らぎすら感知し、直接触れていないものでも捉えられる!!」。

なんと伊之助の触覚は、触れなくても捉えられるのだ!

そういうことができる生物は実在する。

喩えがちょっとアレだけど、嫌われ者のゴ……のつく虫も、お尻にある「尾葉」という器官で、空気の流れを感知して敵から逃げる。

野生のイノシシに育てられた伊之助なら、空気の流れを捉えて、相手がどこを攻撃してくるか、充分に察知できるのだろう。そして、血鎌が狙っている場所に、心臓と肺の境目を持ってきた……!

超ワイルドでありながら、超繊細。野生で育ち、鬼殺隊で人として成長してきた伊之助ならではの、超絶ワザであった。しみじみ感服する。