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『BLEACH』の斬魄刀『侘助』は、斬りつけた相手の刀を重くする! あまりに恐ろしい能力だ。

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

今秋のテレビアニメ化も発表されて、『BLEACH』が盛り上がっておりますなあ。

この作品に登場する死神たちは、それぞれ「斬魄刀(ざんぱくとう)」という刀を持っている。

斬魄刀は本来、善良な魂を「尸魂界(ソウル・ソサエティ)」と呼ばれるあの世へ送ったり、悪霊と化した魂を昇華・滅却したりするための道具だが、戦いにも使われる。それぞれに銘があって、さまざまな能力を持つ。

本稿で筆者が注目したいのは、護廷十三隊三番隊・吉良イヅル副隊長の斬魄刀『侘助(わびすけ)』だ。

鞘から抜いた直後は普通の刀と同じ形だが、吉良副隊長が「面(おもて)を上げろ『侘助』」と詠唱すると、数字の「7」のような形に変形する。

この『侘助』の能力は、斬りつけた物の重さを倍にすること。

二度斬ればさらに倍、三度斬ればそのまた倍になる。このため、吉良副隊長と刀を打ち合わせた者は、自分の刀の重さに耐えかねて地に這いつくばり、侘びるように頭を差し出す。ゆえに『侘助』なのだという。

恐るべき刀である。

持ち主の吉良副隊長は、かっこいいけど地味なヒトで、物語に大きな影響を与えるほど活躍したわけではない。しかし科学的に考えるなら、数ある斬魄刀のなかでもこれが最強と思うのだが……。

◆1ヵ月後の小遣い5億円!

『侘助』の能力が発揮されたのは、十番隊の副隊長・松本乱菊との戦いだった。

激しく刀を打ち合わせた吉良副隊長は、戦いの最中にこう尋ねる。「……今 何回受けました? 僕の剣」。

気づくと乱菊の斬魄刀『灰猫(はいねこ)』はズンと重くなっており、乱菊は思わず切っ先を、戦いの場だった屋根に落としてしまう。

吉良副隊長は『侘助』の能力を説明し、具体的な重さを告げる。

「貴女は今 七度侘助の斬撃を刀で受けた その刀の本来の重さが0.8kgとして 二の七乗倍すると102.4kg 抱えて走れる重さじゃあ無い」。

戦いながらそんな計算をしているとはビックリだが、念のため検算しよう。

「2の7乗倍」とは、2倍を7回繰り返すことだから、本来の重さが0.8kgなら、2倍で1.6kg、その2倍で3.2kg、さらに2倍で6.4kg。以降12.8kg→25.6kg→51.2kgと増え、おお、確かに7回目で102.4kgになる。これを瞬時に計算するとは、算数がよくできるヤツだ。

感心している場合ではない。この「2倍の繰り返し」は、恐ろしい結果を招く。

よく使われる例だが、子どもの小遣いを「今日は1円、明日は2円、明後日は4円……と倍々にしたとしよう。すると、30日目の金額は、なんと5億3687万912円。合計額は10億7374万1823円になる。

同じように、厚さ0.1mmのコピー用紙は、たった26回折っただけで、6711m。厚さが富士山より高くなってしまう。

2倍、2倍……を繰り返すとは、これほどすさまじい。もし、乱菊が『侘助』の斬撃を24回受けていたら、乱菊の刀の重さは1万tを超えていた……!

◆相手の威力も増強する

この「斬りつけた物の重さを倍にする」という能力は、その相手が斬魄刀でなくても発揮されるのだろう。その場合、もし『侘助』が乱菊の体をかすりでもしたら、彼女はどうなるの? 

当然、体重が2倍になるはずである。乱菊さんの体重は57kg(公式設定)。かすっただけで114kg。もうひとかすりで228kg。ケガはするし、太ってしまうし、モノスゴク怒り狂うでしょうな。

吉良副隊長自身も、注意が必要だ。

一回打ち合わせたら『灰猫』の重さは2倍になった。だが、これによって、次に打ち合わせるとき、『灰猫』の打突はパワーアップしたはずである。竹竿で叩くより、バットで殴ったほうが威力があるように、刀が重くなるとそれだけ衝撃も大きくなるからだ。

つまり『侘助』には、相手の斬魄刀の力を増強する側面もある。吉良副隊長がそれに打ち負けて、刀を落としたりしたら、メッタ斬りにされるだろう。

『灰猫』が102.4kgになるまで戦い続けた乱菊もすごいが、だんだん強くなる『灰猫』の打突にすべて耐え抜いた吉良副隊長も侮れない強者(つわもの)だ。

やっぱりこの人、もっと活躍してもよかったような気がする……。

◆地面を叩くと、地球が滅亡!

登場人物の役割にケチをつけている場合ではない。

筆者が想像する『侘助』最大の問題点は、もし上段からの打ち込みをかわされて、この斬魄刀で地面を叩いてしまったらどうなるのか?ということだ。

当然、地球の重さは2倍になるだろう。星の重力はその重さによって決まるから、重さが2倍になれば、重力の強さも2倍になる。

これはもう、世のなかが大騒ぎだ。なにしろ、あらゆる物の重さが突然2倍になるのだから。

体重60kgの人は、倍の120kgになってしまい、ガクリと膝をついて倒れ伏す。500gのペットボトルは急に1kgになるから、手に持っていた人はビックリして落としてしまうだろう。

強度の不充分な建造物は倒壊し、木の枝はグーッとしなって桜も紅葉も散り果てる。海の水圧も2倍になって魚が圧死、鳥も飛行機も人工衛星も落ちてくる!

月は、どうなるのだろう? 計算すると……あっ、やっぱり落ちてくる! 3日と10時間後、マッハ46で地球に衝突。地球は割れ砕け、破片はドロドロのマグマとなり、たぶん尸魂界も滅亡だー。

これほど恐ろしい刀を、吉良副隊長のような地味な人に持たせておいていいのだろうか。

「ああ、今日も出番ねえな~」などと退屈に侘びつつ『侘助』で地面をコンコン叩いたら、それだけで地球46億年の歴史が終わってしまう……。

このように考えると、『BLEACH』において、彼が華々しく活躍しなかったのは幸いだったかもしれません。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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