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『僕のヒーローアカデミア』の爆豪勝己は「ニトロのような汗」を出す。それはどれほどすごい「個性」か?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『僕のヒーローアカデミア』には、変わった人々がたくさん登場し、誰もがそれぞれの能力を活かして活躍する。とても面白い。

この作品世界では、全人口の8割が超能力を持っている。その多様な能力は「個性」と呼ばれ、強い個性を持つ人たちはヒーローとして戦う。

主人公の緑谷出久(みどりやいずく)は、生まれつき「無個性」だったが、ヒーロー・オールマイトから「ワン・フォー・オール」という個性を受け継ぎ、ヒーロー養成学校・雄英高校に進学した。

そんな出久の幼なじみで、雄英高校でもクラスメートになったのが、爆豪勝己(ばくごうかつき)である。

彼の個性は手のひらで爆発を起こすこと。

その原理は、劇中で「掌の汗腺からニトロのような汗を出し爆発させる」と説明されていた。

手からニトロのような汗を出す!

すごい個性だが、人間にそんなことができたら、いったいどうなるのだろうか!?

◆ニトロとは何か?

爆豪勝己が手のひらから出す「ニトロのような汗」とは、何なのか?

現実の世界で、「ニトロ」の名がつくのは、「窒素1個、酸素2個」でできた「ニトロ基」をもつ物質だ。爆発する液体に、ニトログリセリン、ニトログリコール、ニトロメタンなどがある。

特にニトログリセリンは敏感で、ちょっとした衝撃で爆発し、同じ重量当たりTNT爆薬(一般的な爆薬)の1.6倍の熱を出す。

かつて使われていた黒色火薬(木炭+硫黄+硝酸カリウム)と比べると7倍だ。合成に初めて成功したイタリアのソブレロは、あまりに爆発しやすいため、爆薬として使うことを諦めた。

これを珪藻土(けいそうど)にしみ込ませて安全なダイナマイトにしたのが、アルフレッド・ノーベルである。

ただし、爆豪が手のひらから出すのは、あくまでも「ニトロのような」汗と言われているから、それは現実のニトロ化合物ではないのかもしれない。

だが、それを重視すると、話はここで終わってしまうので、本稿ではそれをニトログリセリンと仮定して、話を進めさせてください。

さて、人間がそんなモノを汗腺から出せるのか?

ニトログリセリンは、グリセリンと呼ばれるアルコールの一種を、硝酸と硫酸の混合液に混ぜて作る。硝酸に含まれる窒素と酸素が、グリセリンに結びついて、ニトログリセリンになる。自然界の生物がニトログリセリンを作ることはないが、爆豪の手のひらからこれが出るとしたら、汗腺の内部で同じ反応が起きるのだろう。

グリセリンは、体内の脂肪に含まれるが、硫酸と硝酸は、生物の組織を破壊する。それに耐えるとは、「爆豪の汗腺」もスゴイ個性を持っているということだ。

◆どれほど汗を出した?

このニトログリセリンを使った爆豪の攻撃は、どれほどの威力があるのだろうか?

爆豪が、手のひらから1gのニトログリセリンを出したと仮定すると、爆風で1.1m離れたガラス窓が割れる。もちろん人間の鼓膜も破れるだろう。また、半径2.7m以内の人は、爆音で失神する。

しかも、爆豪が出したニトログリセリンの汗は、こんなレベルではなかったようだ。

体力測定で、爆豪は手のひらを後方に向けて爆発させる反作用を利用して、50m走で4秒13の記録を出していた。雄英学園の体力テストは、個性の使用アリなのだ。

爆豪は、中学のときに個性を使わずに50mを走り、その際の記録は5秒58だったという。すると、爆発によってタイムを1.45秒も縮めたことになる。

彼の体重を65kgとして計算すると、爆発させたニトログリセリンは、なんと160gだ。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

さらに爆豪は、屋内対人戦闘訓練で大爆発を起こし、4階までを破壊した。これに使用したニトログリセリンは、実に2.2kg!

これほどの量を、汗として分泌したとは、恐るべきことである。

◆ヒーローが天職だった!

こうなってくると気がかりなのは、爆発する汗をかく高1男子が、つつがなく日常生活を送れるのか……という問題である。

幸いなことに、爆豪がニトロのような汗を出すのは手のひらだけだ。

汗には、体温を下げるために出るものと、緊張や恐怖から出るものがある。前者による発汗は額から始まって、背中、胸、腕、脚と進んでいく。後者は、手のひら、足の裏、腋の下と発汗が進む。

つまり、全身からの汗は、体温の上昇に応じて無意識に流れるが、手からの発汗は、精神状態と関係がある。だからこそ、爆豪は手からの汗を自分の意志でコントロールできるのだろう。

もし全身から出る汗もニトログリセリンだったら、まったくコントロールは効かず、夏など、やたらボンボン爆発を起こして、大変なことになる。

とはいえ、手からの汗にも、注意が必要だ。爆豪は緊張すると、手からニトログリセリンが出る危険があるのだから。

映画やスポーツ観戦で、手に汗握る展開になるとドカン!

就職の面接でドバン!

外科医になろうものなら、手術中にドゴン!

……なるほど、彼はヒーローになるしかない体質である。

しかし、プライベートでも、女性と手をつないで、緊張のあまり汗をかいたりしたら……。

あ、いや、マンガを読む限り、爆豪は女子と手をつないだくらいで緊張するキャラではないから、それは安心かな。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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