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すぎやまこういち先生の音楽が熱い『ドラゴンクエスト』。呪文「ルーラ」を考察すると、驚く結果が……!

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

すぎやまこういち先生が亡くなられた。

筆者はゲームが苦手なのだが、胸躍る音楽に惹かれて『ドラゴンクエスト』をやってみて、呪文「ルーラ」を知ったときの衝撃は忘れられない。いろいろ考察して、なんと楽しい世界なんだ!と思ったのである(ゲームそのものとは違う楽しみ方です、すみません)。

今回は、すぎやま先生を偲んで、あの魅力的な音楽を思い出しながら、筆者が驚いたルーラの検証結果について書いてみたい。

「ルーラ」は移動の呪文である。ゲーム画面でこの呪文を選んで、目的地を決めると「ピロリン♪」と音がして、勇者はびゅーんと真上に飛んでいく。画面が暗転し、目的地に切り変わると、また「ピロリン♪」と音がして、今度は真上からしゅたっと着地する。

この呪文が面白いのは、ダンジョン内で使うと、びゅーんと飛び上がるものの、天井に頭をぶつけてドタッと落ちてくることだ。ここから考えると、この呪文は「ワープ」や「どこでもドア」のような瞬間移動ではない。「ルーラ」と唱えるや否や「ものすごい速さで空を飛んで目的に場所に行く」というものだろう。

――だとしたら、科学的に興味深いことがいろいろある。

◆どこに行くにも、高度は11m

『ドラクエ』の歴史も長いので、ルーラにもいろいろなバージョンがある。最近のものだと、呪文を選択すると、勇者が全身から光を放ちつつ、一瞬ふわりと宙に浮いて……とやたらカッコいいのだが、目的地に着くまで20秒ほどかかる。

しかし、初期のゲームでは、呪文を選択すると、「ピロリン♪」の直後に、びゅーんびゅーんと独特の電子音を響かせ、たちまち飛んでいっていた。着地までに要する時間は、わずかに3秒!

そのインパクトがすごかったので、ここでは初期のバージョンで考えてみよう。すなわち「どこに行くにも3秒」というスタイルだ。

考えてみたら、すごい話である。近所に行くにも、遠くに行くにも、かかる時間は3秒。

このとき、勇者たちはどんな軌道を描いて移動しているのか? 空気抵抗を無視すれば、重力以外の力(翼に受ける揚力、エンジンの推力など)が働かないとき、物体は「放物線」の軌道を描く。投げたボールが描くような、山なりの軌道だ。

放物線運動の大きな特徴は、上昇する高さが「飛んでいる時間」だけで決まること。水平方向に1m飛ぶ場合でも、100km飛ぶ場合でも、滞空時間が同じなら、上昇する高さは同じなのだ。

滞空時間3秒ルーラの場合、どれほど上昇するのか? 滞空時間が3秒ということは、1.5秒上昇して、1.5秒落下することになる。地球上では、落下する距離は「1/2×9.8×落下時間²」で計算できるから、これに「1.5秒」を代入すると、出てくる答えは、11.025m。

つまり、最大高度は11m。どこに行く場合でも、必ずこの高度の放物線を描くということだ。

これはちょっと怖くないだろうか。100m先まで飛んでいくのだったら「そんなもんかな」という気がするが、10km離れたところまで移動する場合でも、11mまでしか上昇しないのだから。

4階建てのビルが高さ12mほどだから、もし軌道上にそれ以上の建物があったら、ビターンとぶつかってしまう。

また、時間が3秒と決まっていたら、遠くに行くほど飛行のスピードは速くなる。移動距離が1kmならマッハ0.98。移動距離が10kmならマッハ9.8。すごい速度でビルに激突する可能性があるわけで、これも真剣に考えると、かなり怖い。

◆ルーラの最中に気絶する

高度11mというのは、あまりに不安である。もっと安全に移動できる方法はないのだろうか。

ゲームの描写を見ると、勇者たちは真上に飛び上がり、真上から着地している。これに注目すれば、勇者たちは放物線ではなく、「目的地までを直径とする半円軌道」を描いているのかもしれない。

この場合、半円を描くので、軌道に沿った移動距離が長くなり(水平距離×円周率3.14÷2)、滞空時間3秒は変わらないから、スピードも速くなる。

水平距離1kmならマッハ1.54。水平距離10kmならマッハ15.4。放物線運動より1.57倍も速いわけで、ますますオソロシイかも。

しかも、半円軌道を描くと、遠心力が働く。

それが半端ではなく、水平距離1kmをマッハ1.54で行くと、遠心力は56G。10kmをマッハ15.4で行くと、遠心力は560G。

人間は、10G以上の力を受けると失神する。せっかく呪文でラクちんに飛べるかと思いきや、飛び立った直後、すごい遠心力で気絶するのだ。目的地には、気を失ったまま上空から垂直に落下。勇者は大丈夫だろうか……。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

これを避けるには、ルーラを使うのは、遠心力が10G以下で済む距離に限ったほうがいいことになる。その距離はどのくらいかを計算してみると、なんとたったの180m。それくらい走っていきなさい。

こうしてみると、初めに考えた放物線運動のほうがはるかに安全である。重力以外の力が働かない運動においては、空中を舞っている人たちは無重力状態。せっかく呪文で移動するんだったら、そっちのほうがいいよなあ。

――初めてルーラを知ったとき、筆者はこんな考察をして喜んでいた。すぎやまこういち先生の勇壮な音楽を聴くと(不穏な音楽も好きだった)、さまざま思い出して、胸が熱くなる。先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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