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ピカチュウの電撃を受けても、ロケット団が死なないのには、科学的な理由があった!

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。

ピカチュウの必殺技が「10まんボルトの電撃」なのは、とっても有名である。その直撃を浴びて、ムサシ、コジロウ、ニャースのロケット団が吹っ飛ばされる……というアニメの展開も、やはりよく知られている。

すると、素朴でキケンな疑問が思い浮かぶ。10万Vの電撃を受けても、ロケット団は死んだりしないの? 同じ疑問を抱いている人が世界中にいるかもなので、本稿でこの問題を考えてみよう。

◆本当に「10万V」なのか? 

そもそも、生き物であるピカチュウが電撃を放つことは可能なのか?

自然界にも、デンキウナギやシビレエイなど電気を放つ生き物がいる。彼らが電気を放てるのは、体内に「電気板」と呼ばれる発電細胞を持っているからだ。電気板1枚は厚さ0.1mmで、これで発電できる電圧は最大0.08V。これが何万枚と積み重なることで、高い電圧を作り出す。

ポケモン図鑑などのピカチュウの項には「ほっぺたの電気ぶくろに電気をためこんでいるポケモンだ」とある。電気を溜め込む器官を持つからには、電気を生み出す仕組みも体内に備わっているに違いない。

デンキウナギの場合、生み出す電圧は800Vに達し、馬さえ感電死させることがあるという。ピカチュウの10万Vはデンキウナギの125倍だが、同じ原理で発電するとしても、体内に発電細胞が125倍あるとしたら、10万Vも不可能とはいえないだろう。

そんなピカチュウの電撃を食らったら、人間はどうなるのか?

人が感電して呼吸麻痺を起こす電圧は、体が乾いている場合で1500V、濡れていたら150V。ここから、1500Vの電圧を受けると人は命を落とすと考えよう。

ピカチュウの10万Vとは、その67倍だ。これほどの電圧を受けたりしたら、ロケット団の連中は、もう間違いなく、絶対に、確実に絶命するのでは……!? それなのに、電撃を食らった彼らはなぜ、次の週も元気に登場するの?

この問題を検討する前に、考えておきたいことがある。

「ピカチュウの電撃が10万V」というのは、真実なのだろうか? 筆者は、アヤシいとニラんでいる。

空中放電の場合、距離1mにつき50万Vの電圧が必要だ。逆にいえば、10万Vの電圧では、電気は20cmしか飛ばない。そんなに射程距離の短い電撃でやられるのは、ピカチュウのすぐ近くにいるサトシだけ!

ところが、劇中の描写を見ると、ピカチュウの電撃は少なくとも5mほど飛んでいる。これを実現するために必要な電圧は、50万V×5m=250万V。

そう、5mも放電できる以上、ピカチュウの電撃は10万Vどころか、250万Vくらいあるはずなのだ。やったな、思ったより強いぞ、ピカチュウ!

などと喜んでいる場合ではない。そうなると、ロケット団はいよいよ命が危ない。

◆許される誤差は3mmだけ!

ここから先は、ピカチュウの電撃が250万Vという筆者の仮定に基づいて「それを食らってもロケット団はなぜ死なないの?」を考えてみます。

実は、われわれも日常生活のなかで1500Vを超える電撃を受けることがしばしばある。

たとえば冬、指とドアノブなどのあいだにバチッと飛ぶ「静電気」だ。空気が乾燥しているときなど、2cmほどの火花が飛ぶ。これは、距離2cmの放電が起きたことに他ならない。

前述のとおり、距離1mにつき50万Vの電圧が必要だから、このとき起こった放電は、なんと1万V。致死限界1500Vをはるかに超えている。

それでもわれわれが死なないのは、1万Vというのは指とドアノブのあいだの電圧であり、体に直接かかる電圧ではないから。電圧は「どこ」と「どこ」のあいだにかかるのかが重要になる。本稿でいう「致死限界1500V」とは、たとえば人間の右手と左足のあいだにそれだけの電圧がかかれば、体が致命的なダメージを受けて死亡する危険があるということだ。

雷の電圧は2億Vといわれるが、それはカミナリ雲と地面のあいだの電圧で、落雷を受けた人の体に2億Vもの電圧がかかることはない。電圧の大半は、火花が空中を飛ぶのに消費される。ピカチュウの電撃も同じで、250万Vの電撃を放っても、距離が遠ければ遠いほど、電圧は空気中を飛ぶのに消費されてしまう。

ロケット団が死なないところに注目すると、彼らの体には1500V以下の電圧しかかかっていないと思われる。

その場合、ピカチュウの電撃が250万Vだとするならば、残りの249万8500Vは空中を飛ぶのに消費されていることになる。それだけの電圧を消費する距離を計算すると、なんと4m99cm7mm。

それより近いと命が危ないし、5mを超えるとすべての250万Vは空中放電で使い果たしてしまい、電撃はロケット団に届かない。

彼らが電撃を浴びつつ、しかも生きているということは、ムサシとコジロウとニャースは「ピカチュウから4m99cm7mm以上、5m以下」という位置にいることに他ならない。許される誤差は、たった3mmだ!

これはもう、ピカチュウがロケット団を生かさぬよう殺さぬよう、絶妙な位置で電撃を放っているということだろう。

さすが世界で支持されたポケモン、その根底にはニッポンの職人ワザのような繊細な技術が隠されている……のでは? もちろん、すべては筆者の妄想ですが。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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