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『鋼の錬金術師』のマスタング大佐は、指パッチンで炎を出すが、いったいどんな仕組み?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『鋼の錬金術師』の連載スタートから、今月で20年。とても面白く、とても切なく、いつ読んでも魂を揺さぶられる傑作である。

『鋼錬』には魅力的なキャラがいっぱい出てくるけど、筆者が注目したいのがロイ・マスタング大佐だ。イケメンで、野心家で、女好き……と魅惑の人物であるうえに、その能力もヒジョ~に気にかかる。

その二つ名は「焔の錬金術師」。彼が指パッチンすると、火花が放たれてチチチ……と空中を走り、相手の目前で爆発的な炎が上がる!

部下のハボックは「大佐の手袋は、発火布っつー特殊なのでできててよ。強く摩擦すると、火花を発する。あとは、空気中の酸素濃度を可燃物の周りで調整してやれば……『ボン!』だそうだ」と説明する。

なるほど、モノが燃えるためには、①可燃物、②酸素、③着火 が必要だが、マスタング大佐の指パッチン爆発は、これを満たしているのだろう。

◆酸素濃度の調節は大変だ

このうち、③着火は「発火布」の手袋による火花だろうが、ハボックの説明で興味深いのは、②に関わる「酸素濃度の調節」だ。

そもそも「燃える」とは、物質が酸素と結びつくことであり、酸素濃度が高い環境では、木や紙やロウは激しく燃えるし、鉄でさえバチバチ火花を上げて燃える。

とはいえ、可燃物の周囲だけ酸素濃度を高くする、というのは容易ではない。気体や液体の分子は激しく動き回っていて、自然界には「動き回るものは、均等に混ざり合う」という法則があるからだ。

熱湯と水を混ぜたときに「ある場所は10度、別の場所は80度」ということが起こらないのと同じように、空気中でも、ほぼ80%の窒素、20%の酸素、その他わずかな気体が均等に混じり合っている。

話を簡単にするために、酸素と窒素だけで考えよう。

気温20度のとき、空気1m³には合計25兆×1兆個の酸素と窒素が含まれている。酸素はその20%の5兆×1兆個、窒素は残りの20兆×1兆個だ。

ここで、ある領域の酸素濃度を2倍に高くしようと思ったら、1m³あたり酸素5,000,000,000,000,000,000,000,000個を領域外から呼び込み、代わりに窒素5,000,000,000,000,000,000,000,000個を領域外に追い出さなければならない。

涼しい顔をして、マスタング大佐はものすごく大変なことをやっているのだ。

◆可燃物は相手の垢か?

では、①の「可燃物」とは何だろうか。相手の目前で爆発を起こすには、すぐ近くの空間に可燃物を漂わせておく必要があるが、それはいったいどうしているの?

筆者が思うに、それは相手の体から調達しているのではないだろうか。人体を作るタンパク質や脂肪は可燃物なのだから。

だからといって、錬金術を使ってお腹の脂肪などをガリガリこそぎ取ったりしたら、さすがに相手に気づかれてしまう。おそらく「垢」や「角質」や「皮脂」など削っても痛くないものを錬金術でそ~っと削り、粉末にして漂わせているのでは……。

小麦粉でさえ、もうもうと漂わせて火をつけると、粉塵爆発を起こす。水素や一酸化炭素などの可燃ガスを集めて空中に導火線を作り、酸素濃度を上げたうえに、垢を大量に漂わせておいてから、発火布で火をつければ、盛大に爆発するだろう。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

ただし、チチチ……と火花が飛んでいるあいだに風が吹いたりしたら大変だ。爆発まで1秒かかるとして、その間に風速1mのそよ風が吹くと、爆発は予定地点より1mもズレたところで起こってしまう。

作中、雨で発火布が濡れてしまったとき、部下のホークアイに「雨の日は無能なんですから」と言われていたが、風の日も要注意である。

◆恐怖の目ン玉沸騰!

このマスタング大佐、相手の前で爆発を起こすだけでなく、可燃物である人体そのものを燃やすこともできるのでは? そう思ってマンガを読んでいると、おおっ、恐るべき攻撃を見せたではないか。

それは、親友のヒューズ中佐を殺害した合成人間エンヴィーとの戦い。マスタング大佐に両目を焼かれて苦悶するエンヴィーに、憎しみマックスの彼はこう言った。「眼球内の水分が沸騰する気分はどうだ? 想像を絶する痛さだろう?」。

眼球内の水分が沸騰とはオソロシイ。水が沸騰すると水蒸気になり、体積は1700倍に膨れ上がる。眼球は99%が水分で、球の体積は直径の3乗に比例するから、水分のすべてが蒸発したら、直径は12倍になる。怪物スタイルのエンヴィーの眼球は直径15cmほどあったが、それが沸騰したら直径1m80cmに大膨張! 想像するだけでモーレツに痛い。

眼球内の水分の沸騰とはそれほど怖いことなのだ。

雨の日や風の日であまり役に立たないかもしれないけど、ロイ・マスタング大佐はものすごい能力を持っている。さすが焔の錬金術師!

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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