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『ギャートルズ』などに出てくる「マンガ肉」。あれはいったい何の肉なのか?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

マンガやアニメに出てくる表現で、昔から気になって仕方がないものに「マンガ肉」がある。そう、大きな肉の塊から、両側に骨が突き出しているアレ!

『ONE PIECE』でもルフィたちがかぶりついているが、広く知られるようになったのは『はじめ人間ギャートルズ』からだろう。原作は園山俊二先生のマンガで、1974年からアニメが放映された。その劇中で、原始人の少年ゴンと家族たちがワイルドに食べていたのが「両側から骨が突き出した肉」だった。ヒジョ~にうまそうだった。

しかし不思議である。現実の骨つき肉の料理を思い出してみると、骨は必ず片側だけから突き出している。両側から骨が突き出した肉というものは見たことがない。

では、あのマンガ肉は、いったいなぜあんな形なのだろうか?

◆あれは何の骨だろう?

マンガ肉にもいろいろな形状やサイズがあるようだが、『はじめ人間ギャートルズ』によく出てくるものは、肉の直径と幅がそれぞれ20cmほど。この大きな肉の両側から、骨が左右に10cmほど突き出している。つまり、骨の長さは40cmくらいと思われる。

これは何の動物の、どこの骨なのか?

まっすぐな棒状だから、足の骨であることは間違いない。肉がたっぷりついているところからすると、前足なら上腕骨、後ろ足なら大腿骨であろう。では、それらの骨が長さ40cmもある動物とは?

『ギャートルズ』に出てきた動物のなかで、候補に挙がるのはマンモスだ。マンモスはかつて寒冷地の草原に生息していたゾウの仲間で、日本でも北海道などで化石が見つかっている。なかでも最大のステップマンモスは体高4.8mとアフリカゾウ(最大で体高4m)よりも大きく、体重は20tもあったと考えられている。

マンモスには、体高1mのコビトマンモスもいた。そうした小型のマンモスなら、大腿骨の長さが40cmほどになるのではないだろうか。

◆なぜ両側から骨がハミ出している!?

そうしたマンモスの肉を、あのマンガ肉に調理する方法を考えてみよう。

前述のとおり、マンガ肉で興味深いのは、肉の左右から骨がハミ出していること。こんな形で骨に肉のついた動物は実在しない。動物の筋肉は、関節をまたいで二つの骨につながっている。だからこそ縮むことで、骨を動かすことができるのだ。

ということは、マンガ肉の骨についていた筋肉も、隣の骨まで伸びていたはず。それが真ん中だけに残存するということは、そこだけを残して、両端をスパッと切り落としたのだと思われる。

肉を輪切りにして、両端の肉を削ぎ落とす。石斧や石のナイフしかなかった時代、それはとても困難な作業だったろうに、なぜそこまでしてあのカタチに……?

可能性の一つは、人為的にそうしたのではなく、自然とそうなった場合である。

肉というものは、焼けば縮む。最初はもっと大きかった肉が、火を通すうちに縮んでいって、あのように両側から骨がむき出しになったのではないか。

焼くと肉が縮むのは、①肉の水分が蒸発する、②肉の脂が流れ落ちる、③コラーゲンが、熱を受けると3分の1ほどに縮む……といった理由による。

◆肉を焼いてみた!

実際、肉はどれくらい縮むのだろうか?

筆者は、豚ロースの塊を買ってきて、厚さ3cmに切り出した。上から見ると、縦6.5cm、横12cmの楕円形だ。これを、ガスコンロの魚焼きに入れて、焦げないように弱火で焼くこと15分。まことにうまそうに焼けたが、かぶりつきたいのをガマンして、肉のサイズを計ると、縦6cm、横10cm、厚さは2.5cmになっている。

焼く前の肉の体積184cm³から、火を通すことで118cm³に縮んだわけである。なんと64%に小型化! う~ん、自然の摂理だけど、なんだか残念な気が……。

気を取り直して、この実験を元に計算すると、幅も直径も20cmのマンガ肉は、焼く前には幅24cm、直径23cmほどあったとみられる。

しかし、ここでの前提は「マンガ肉の骨は40cm」である。肉の幅が24cmということは、焼く前から、骨は16cm(左右8cmずつ)もハミ出していたことになる。

ということは、焼いたために自然と縮んだのではなく、たぶんやっぱりわざわざ両端の肉を削ぎ落とした……と考えるべきだろう。

もう一つ、実際に肉を焼いてみてわかったのは、骨つき肉の調理にかかる時間だ。

肉が焼けるまでの時間は「厚さの2乗」に比例する。厚さ3cmの肉が焼けるのに15分かかったということは、厚さ24cmの骨つき肉は、焼けるまで16時間もかかる。

しかもこの肉、重量は6kgもあるはずで、ガスコンロもない原始時代にこれを焼くのは大変だったのでは……。

そのように考えると、なんでわざわざ骨を左右に出したか、わかってまいりました。

こんなに重い肉を、16時間も焼き続けるのはまことに重労働。負担を減らすためにも、焚火の左右に「Y」の字型の木の枝を立て、そこに左右の骨を引っかけたい。そして、くるくる回しながら、ゆっくりと焼けば、16時間後にはおいしい肉が焼きあがる。肉を削ぎ落とすのはもったいないけど、温かい肉を食べるためには、多少の犠牲はやむを得ない。――どうだ、この推論はっ!?

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

え? だったら『ONE PIECE』のルフィが食べている同じような肉は何か? あの世界にもマンモスがいるのか?

うーん、確かに解決しない問題がまだまだありますなー。うーんうーん。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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