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『こち亀』の日暮巡査は4年に1日しか起きない。人間とは、そんなに眠れるもの?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

開催予定日まで3ヵ月を切り、「オリンピック」という言葉を聞かない日がなくなってきた。そのたびに「本当に開催できるかなあ?」と考え、同時に思い出してしまうのが、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の日暮巡査である。

『こち亀』に日暮巡査が出てくるのは、ほぼ4年に1度。なのに、10回数以上登場している。40年もの長期連載だからこそ成立した名キャラだった。

彼のフルネームは、日暮熟睡男(ひぐらしねるお)。

その名のとおり、すさまじく眠る。起きるのは4年に1度、オリンピックの年のたった1日の昼間だけ。あとは警察署の独身寮でひたすら眠り続ける。

当然、彼の部屋はモノスゴイことになっている。クモの巣が張り、カビやキノコが繁茂し、ジャングルが出現、謎の生態系が形成されていく。そんな環境下、食虫植物に消化されそうになりながらも眠り続ける日暮巡査……。

純粋に不思議である。人間というのは4年間も寝ていられるものだろうか?

◆睡眠時間は3万5千時間!

睡眠は、脳と体にとって重要な生命活動だが、4年間はさすがに眠りすぎではないだろうか。

4年とは、1461日。そのうち1日だけ16時間起きているとしたら、睡眠時間はなんと3万5048時間。普通は8時間も寝れば自然と目が覚めてしまうから、もし「睡眠力」というものがあるとすれば、日暮熟睡男は常人の4381倍の睡眠力を持っていることになる。

『人間の許容限界ハンドブック』(山﨑昌廣・他/朝倉書店)によれば、人間は数日間の徹夜の後でも、15時間も眠れば起きてしまうという。睡眠薬を飲んだ場合でも、連続しての睡眠は最長20時間。人間は、脳と体の休息が完了すれば、自然に目覚めるようにできているのだ。

4年に1回起きたとき、日暮巡査は恐るべき超能力を見せる。ポラロイドカメラで未来の事件を念写したり、机に座ったまま犯人の居場所を言い当てたり、スプーンを曲げたり、瞬間移動したり……。4年の眠りを2年で中断されたときは、不機嫌のあまり念力で壁を砕き、床に亀裂を走らせ、道路を陥没させた。

これだけ念力を使えば、脳も相当酷使されるだろう。だから常人の4千倍も寝ないと、疲れが取れない……のだろうか。

◆1ヵ月で餓死の危機!

しかし、寝ているあいだも人間の体は活動している。心臓を動かして全身に血液を循環させ、肺を動かして呼吸し、体液の濃度を調節しているからだ。これら生命を維持するために必要な最低限のエネルギーが「基礎代謝」である。

眠り続けているあいだにも、このエネルギーは必要だ。飲まず食わずを続けると、普通はエネルギーを使い果たし、餓死してしまう。日暮巡査も、その危険には気づいていたようで、眠りに就く前には、大量の料理を食べ、大量の水を飲んでいた。

ある回で確認できた食事の量は、焼肉20人前、天丼・うな丼・寿司が各10人前、計50人前だった。一度に食べる量としては確かにすさまじいが、これで4年間分の基礎代謝が賄えるのか?

基礎代謝は「基礎代謝基準値×体重」で求められる。30代と思われる日暮巡査の基礎代謝基準値は22.3kcal/日。体重は48kg。そして人間の場合、睡眠中は基礎代謝が90%に落ちることも考慮に入れると、彼の基礎代謝は963kcal/日となる。それが4年=1461日間だから、その間の基礎代謝に必要なエネルギーは141万kcalだ。

これに対して、50人前の食事から得られるエネルギーは?

日暮巡査が食べたメニューに含まれるエネルギーを計算すると、合計でたったの2万9500kcal。およそ3万kcalだ。これは必要量の48分の1であり、日数にして31日分でしかない。138万kcalも足りないのだ。

日暮熟睡男巡査、1430日を残して無念の殉職!? ……殉職なのかな、これ?

水も心配だ。人間は1日に2.5Lの水を必要とする。睡眠中の水分消費量も通常の90%だと考えれば、4年で3287Lが必要だ。普通のドラム缶の容量は200Lだから、寝る前にドラム缶16本分以上の水を飲まなければ、睡眠中に渇き死ぬ可能性が……。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆寿命はあと9万年!?

ただし、休っているあいだ「休眠」しているのだとしたら、話は変わってくる。

休眠とは、生物が生命活動を大きくペースダウンする現象で、クマムシの例がよく知られている。クマムシは1mm前後の微生物で、乾燥すると休眠状態に入り、そのまま60〜120年も生き続けるという。しかも休眠中は、マイナス200度の低温からプラス150度の高温にまで耐え、真空から7万5千気圧にまでも耐えられる。放射線に対しても、人間の数百倍も強い。日暮巡査がクマムシ並みの休眠力を持っているとしたら、その超人的な生命力にもナットクできるというものだ。

それでも、4年に1日しか活動しない人生は、苦難の連続だと思う。

恋人ができても、次に目覚めるときまで待っていてくれるかどうか。彼が現在32歳だとすれば、60歳で警察官としての定年を迎えるまで、働けるのは7日だけ。これでは解決できる事件にも限りがある。そもそも、100歳まで生きられるとしても、残された人生はわずか17日……!

いや、待てよ。クマムシのように、休眠する分だけ寿命も長いのではないだろうか。

もし起きているあいだしか年を取らないとしたら、日暮巡査がお亡くなりになるのは、9万9280年後。なんと1013世紀である。

うーむ、どっちにしても極端な人生だ。4年に1度しか登場しなかったのに、読者の記憶に刻まれているのも当然といえよう。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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