教科書に載ってる『おおきなかぶ』。あのカブの抜き方は、ちょっと問題なのでは⁉
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。
新しい年度が始まり、新入生たちが真新しい教科書を使い始めている頃ですなあ。今年の小学生はどんな教材で教わるのかと、1年生の「国語」の教科書を調べてみたところ、ややっ、令和3年度に採択された4種類の教科書のすべてに『おおきなかぶ』が載っている。
記憶をたどれば、筆者が使った教科書にもあったような気がする。このロシア民話は、半世紀以上にわたって、わが国の国語教育に貢献してきたのかも。すごいことだなあ。
とはいえ、忘れちゃった人もいるだろうから、ざっくり紹介すると、それはこんなお話だ。
おじいさんがカブの種をまきました。やがて甘い大きなカブができたので、おじいさんは抜こうとするが、抜けない。おばあさんが後ろからおじいさんを引っ張るが、それでも抜けない。孫がおばあさんを引っ張っても、まだ抜けない。孫を犬が引っ張り、犬をネコが引っ張っても抜けず、ネズミがネコを引っ張ると「とうとう、かぶは ぬけました」。
みんなで協力することの大切さを説いた、スバラシイ話である。最後に、小さなネズミの力が勝利を呼んだという結末など、感動すら覚えてしまう。
しかし、なぜカブはそんなにも抜けなかったのだろうか? これを真剣に考えると、誰もが知る物語のなかに、「意外な問題点」が見えてくる。
◆カブの重さは車くらい!
カブが抜けなかったのは、もちろん巨大だったからだ。
では、その大きさと重さはどれほどか? 光村図書の教科書の挿絵で計測すると、カブの直径はおじいさんの身長の76%もある。おじいさんは、おじいさんとはいえロシアの人だから、身長180cmと仮定すれば、カブの直径は1m37cm!
比較のために、近所の八百屋さんでカブを買ってきて測ると、直径6.2cm、重さ130gだった。おじいさんのカブの直径は、実にその22倍。形が同じなら縦も横も高さも22倍だから、重さは0.13kg×22×22×22=1400kg。なんと1.4t、クルマほども重い。育てすぎだよ、おじいさん!
この巨大なカブを抜くには、どれほどの力が必要なのか。重さが1.4tだからといって、1.4tの力で抜けるわけではない。カブは地面に埋まっており、被さった土を崩すのにも力が要るからだ。
挿絵では、おじいさんは両手で2本の葉をつかんで、地面に対して20度くらいの角度で引っ張っている。このように横向きに引っ張ると、カブは根っこを中心に回転するため、真上に抜くより大量の土を崩すことになる。そこで筆者は、買ったばかりのカブを持って近所の公園に行き、砂場に埋めて、凧糸とバネばかりを用いて、挿絵と同じ角度で引っ張ってみた。
その結果、カブが抜けたのは、バネばかりが500gを表示した瞬間だった。これは、カブの重さの3.85倍。崩さねばならない土の量はカブの大きさに比例するから、おじいさんの大きなカブを抜くにも、重さの3.85倍の力が必要なはずだ。すると、1.4tの3.85倍で、ぬゎんと5.4t。
人間が地面に埋まったものを抜こうとするとき、使うのは背筋である。日本人の成人男性の背筋力は、20代から30代にかけてもっとも強く、平均で145kgくらい。その37倍もの力が必要とあっては、簡単に抜けなくて当然ですなあ。
◆彼らのがんばりを称える
そんなカブを抜いたのだから、おじいさんたちはモーレツにがんばったのだ。
では、各メンバーはどれだけの力を発揮したのか。3人と3匹の腕力が、それぞれの体重に比例すると仮定しよう。体重も想定するしかないが、おじいさんの体重が80kg、おばあさんが60kg、孫娘が40kg、犬が10kg、ネコが3kg、ネズミが100gだと考えよう。
すると、それぞれが出した力は、おじいさん2236kg、おばあさん1678kg、孫1119kg、犬280kg、ネコ84kg、ネズミ3kg。
ここでネズミの3kgに「少ないな」と思ったあなたは、頭がすでに『おおきなかぶ』化しています。3kgの力を出せるということは、このネズミ、ネコを持ち上げられるってことだよ!
◆その抜き方は問題だ!
などと計算して喜んでおりますが、筆者は、カブがデカすぎるとか、メンバーが力持ちすぎると言いたいわけではない。挿絵を見ると、おじいさんがカブに足をかけているのも気になるけど、それを問題視したいわけでもない。
科学的に「う~ん」と思うのは、彼らの引っ張り方だ。
おじいさんの立場を思いやってほしい。カブの葉っぱを引っ張っているのはおじいさんであり、おばあさん以下それに続く人々の力は、おじいさんの腕を通じてカブに働くことになる。
おばあさんがおじいさんを引っ張ったとき、おじいさんの腕には、自分の力2236kgとおばあさんの力1678kgを合わせた3914kgの力が働いていた。この段階で、おじいさんの腕には実力以上の力がかかっていたことになる。
孫がおばあさんを引っ張ると、これに1119kgが加わって、5033kg。さらに、犬、ネコ、ネズミが引っ張ると、最終的には5400kg。結局おじいさんは、カブを抜くための力5.4tのすべてを負担せねばならない!
つまり、このお話のように「直列つなぎ」で引っ張ると、手伝う人が増えれば増えるほど、先頭のおじいさんは苦しくなるのである。みんなが手伝ってくれるのは嬉しいが、おじいさんは地獄のようにツラかったはず……。
筆者としては「並列つなぎ」で引っ張ってほしかったと思う。挿絵を見ると、葉っぱはちょうど6枚ある。これを各人・各動物が1本ずつ引っ張れば、おばあさん以下2人と3匹の力は、おじいさんの腕にかからずに済んだはずだ。
それだけではない。みんなで葉っぱを1本ずつ握ると、カブをぐるりと取り囲んで真上に引っ張ることになる。その結果、崩すべき土の量が少なくなり、カブを抜くのに必要な力も小さくなる。その力を求めて再び公園で実験すると、カブを真上に引いたら200gの力で抜けた。ここから計算すれば、この巨大カブは合計2.2tの力で抜けるはずだ。
これを体重に応じて配分すれば、それぞれが出すべき力は、おじいさんが911kg、おばあさんが684kg、孫が456kg、犬が114kg、ネコが34kg、ネズミが1kg。
まだまだ驚異の怪力とはいえ、さっきより格段に楽になった。とくに、おじいさんは、5400kg⇒911kgと、6分の1に減少する。
みんなで協力することの大切さを謳う『おおきなかぶ』は、本当にいい話。それに文句はまったくない。
だけど、正しい方法で負担を分かち合うのも大事ではないかなあ。このロシア民話を真摯に考えると、そんな教訓も見えてくるのだ。