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新型コロナウイルス検査 「PCR検査」と「抗体検査キット」の違いは?

柳田絵美衣臨床検査技師(ゲノム・病理検査)、国際細胞検査士
(写真:ロイター/アフロ)

猛威を振るう新型コロナウイルス。感染者数が日々増加するなか、連日耳にする「PCR検査」と「抗体検査(検査キット)」とは、どのような検査なのか?それぞれの特徴や両検査のメリットなどを解説したい。

■PCR法を用いた検査と検査キット(抗体検査)の違いは??

PCR法と抗体検査の違いを表にまとめた。

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PCR検査は、現在ウイルスが体内に存在しているのか(感染しているのか)を調べることができる。これに対して抗体検査は、過去に感染したことがあるのかや、現在の感染の状態(感染初期なのか、感染してかた時間が経過しているのか)ウイルスに抵抗する能力(抗体)をすでに獲得しているのか(人にうつしにくいのか)を調べることができる。

PCR検査では、鼻咽頭に綿棒などを入れ、鼻の奥をぬぐった粘液(鼻咽頭ぬぐい液)や気道の奥から排出される痰を検査する(インフルエンザのように鼻の奥から検体を採取する)。鼻咽頭ぬぐい液の採取は専門家(医療従事者)が行う。検査キット(抗体検査)は、抗体が血液中に存在するため、血液を採取して検査する。

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PCR検査は抗体検査より精度は良いが、PCR検査も含むすべての検査で偽陽性(感染していないのに陽性と判定される)、偽陰性(感染しているのに陰性と判定される)がある。偽陽性や偽陰性が起こる原因は、使用する試薬や機材の精度や人為的なものなど様々なことが考えられる。偽陰性の原因の一つとして、検体の採取方法や採取した検体に含まれるウイルスの量の差なども考えられる。そのため、検体を採取する医療従事者は正確に、かつ確実に検体を採取する必要がある。我々臨床検査技師は、専門の研修を受けた者のみが、この検体採取(鼻咽頭ぬぐい液の採取)を行うことができる。

以下からは、PCR検査、抗体検査それぞれについてさらに詳しく解説する。

■「PCR検査」とは?

ウイルスにはDNAウイルスRNAウイルスの2種類に分類されるが、コロナウイルスRNAウイルスに分類される。このため、「ウイルスが存在するか?」を確認するためにはウイルスのRNA(遺伝情報)の有無を確認することになる。しかし「PCR検査」のPCRはPolymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の頭文字をとったもので、微量のDNA断片を増幅して検出する方法である。では、RNAウイルスはどのようにして検出するのか?

◆DNA、RNAとは?

DNA(デオキシリボ核酸、deoxyribonucleic acid)とRNA(リボ核酸、ribonucleic acid)は「核酸」と呼ばれ、核酸にはウイルスの遺伝子が含まれている。つまり、ウイルスの増殖に必要な設計図のようなものが含まれている。

DNAには、生物の体を構成する設計図(遺伝情報)が書き込まれている。DNAは、鎖のような構造をした物質に書き込まれており、DNAは二本の鎖が対になってらせん状の構造をしており、安定した状態にある。

DNAの二重らせん構造
DNAの二重らせん構造

体を構成する際には、この遺伝情報をコピーすることから始まる。

DNAの二本の鎖を解いて一本鎖にし、その鎖をコピーしていく。これを「転写」と呼び、このときコピーされたものがRNAである。このコピーをもとにして蛋白質が作られ、体を構成していくのだ。

DNAとRNAの関係
DNAとRNAの関係

RNAは一本の鎖のみであり、DNAに比べて不安定な構造をしている。RNAを遺伝物質として持つRNAウイルスは、遺伝子としての安定性が低いことになる。しかし、不安定であるがため、変異スピードが速いことが特徴の一つでもある。つまり、RNAウイルスは変異スピードがDNAウイルスよりも速いのだ。

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RNAは不安定な物質であるため、取り扱いが難しい。そのため、RNAウイルスを調べるためのPCR検査では、まずRNAを安定したDNAに変換してから検査を行う。つまり、RNAウイルスの有無を検査するには、まずRNAをDNAに変換することから始まる。これを「逆転写」と呼ぶ。

DNAやRNAは目に見えず、非常に小さな物質であるため、その存在を確認するには、ある程度の量が必要となる。そのため、次に、量を増やす工程である「増幅」を行うのだ。

順番は、「採取された検体に含まれるRNAをDNAに変換(逆転写)」→「そのDNAを増幅」となる。

DNAの数は1サイクルのPCRでおよそ2倍に増えていく。したがって、20サイクルのPCRにより、最初に存在したDNAのおよそ100万(2の20乗)になる。仮に、ウイルスのDNAが検体の中に存在していなければ、何度PCRを行ったとしても”0”ということになる。

これにより、採取された検体の中に新型コロナウイルスのRNAが含まれていれば、RNAから変換されたDNAが増幅されて陽性となり、検体の中にRNAが含まれていなければ何も増幅されないので陰性となるのだ。

PCR検査では、この増幅工程に時間を要するため、検査結果が判明するまでに数時間要するのだ。

一方、多くの企業や研究所が開発や輸入・販売している「(抗体)検査キット」は、10~20分程度で結果が判明する。

■抗体検査(検査キット)とは?

検査キットの原理は前回解説した通りである。

15分で検査結果が出る「新型コロナウイルス抗体検査キット」とは?(柳田絵美衣)

検査キットで調べる「抗体」は、ウイルスが体内に侵入した際に、体内で作られる物質である。異物が体内に侵入した際に、異物に対して特異的に反応する蛋白質(抗体)を産生する。産生された抗体は、同一の異物が再度侵入してきた際に、その異物に対して抵抗する能力を発揮する。IgMは異物(ウイルス)侵入の初期に出現し、他の物質とともにウイルスを中和する。その後、IgGが出現する。IgGはその異物に対して長期的な免疫を提供する役割を持つ。

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つまり、抗体を調べることで「感染したのか」ということを確認することができる。IgMが出現していると、感染して間もないことを示し、IgGが出現していると過去に感染し、ウイルスに抵抗する抗体をすでに獲得していることを確認できるのだ。

■両検査のメリットは?

一般的に言えることは、PCR検査は、抗体検査(検査キット)よりも精度が高いことがメリットである。

抗体検査(検査キット)は、精度は劣るが「すでに感染した。」「ウイルスに対する抗体を獲得している。」ということ・・・つまり、「今後感染し重症化する可能性がない」「他の人に感染させる可能性がない」ことを知ることが出来るため、それらの不安を解消することができる。

新型コロナウイルスが「一度感染すれば、再感染をしない」ということはまだ明らかではないが、多くの感染症に対しては証明されている。サルについて行った実験で、一度、新型コロナウイルスに感染し、回復したサルがもう一度感染するかどうかを検証したところ、再感染しなかったという研究結果が報告されている。ヒトでも再感染しない可能性はあるのではないかと期待できる。

しかし、抗体検査(検査キット)はスクリーニング検査の位置づけであるため、検査キットで陽性となった場合は、医療機関で診察、診断を受けて欲しい。状況に応じて、検査法を使い分け、少しでも不安を解消することや、正しい処置を受けるなどして欲しい。

そしてもう一つ、知っておいて欲しい。

PCR検査は、どの施設の、誰でもが実施できるわけではないことを。感染性のあるウイルスを取り扱うのなら、なおさらのこと。適切な設備、適切な機材、正しい知識と正しい技術を持った専門家が揃わなければ、実施できない。設備が不十分だと、さらなる感染を起こしてしまう可能性がある。機材がなければ検査はできない。適切な専門家がいなければ、正確な検査結果が出ない。

■「自分は大丈夫」の意識は持ってはならない!

上記で述べたように、どんな検査でも偽陰性は起こる。そのため、一度陰性の判定だったとしても、検査する時期や方法、手技によっては結果が異なる場合もある。それは「どんな検査においても」である。陰性と判定されても、感染対策はしてもらいたい。あなたが媒介となって、他の人にウイルスを運んでしまうことも有り得るのだから。仮にあなたがウイルスに感染しても重症化しなかったとしても、あなたが媒介となってウイルスを運んだ先に、重症化する恐れのある人がいる。それが「自分の大切な人」だとしたら? 考えて欲しい。誰かの命を脅かすようなことは決してしないで欲しい。

(*トップ画像以外のイラスト,表は全て筆者が作製したもの)

(参考) 

・臨床検査技術学13 免疫検査学, 医学書院, 1998

・検体採取等に関する厚生労働省指定講習会テキスト 一般社団法人日本臨床衛生検査技師会 3.微生物学的検査等における検体採取に必要な知識・技能・態度(鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、咽頭拭い液、鼻腔吸引等の採取)

・Bao, L., et al., Reinfection could not occur in SARS-CoV-2 infected rhesus macaques. bioRxiv, 2020: p. 2020.03.13.990226.

臨床検査技師(ゲノム・病理検査)、国際細胞検査士

医学検査の”職人”と呼ばれる病理検査技師となり、細胞の染色技術を極める。優れた病理検査技師に与えられる”サクラ病理技術賞”の最年少、初の女性受賞者となる。バングラデシュやブータンの病院にて日本の病理技術を伝道。2016年春、大腸癌で親友を亡くしたことをきっかけに、がんゲノム医療の道に進み、クリニカルシークエンス技術の先駆者として奮闘中。臨床検査専門の雑誌にてエッセーを連載中。講演、執筆活動も多数。国内でも有名な臨床検査技師の一人。

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