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恐怖しかない…これが一般道で115kmの映像だ 死亡事故が起こっても「過失」で起訴への疑問

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
法定速度とは何のために設けられているのか?(写真:イメージマート)

 4月5日、以下の記事が公開されました。

【刑事が一般道75キロオーバーで死亡事故、果たしてこれは「過失」なのか 片側一車線の県道を時速115キロ、遺族は「被告にはもう会いたくない」(1/5) | JBpress (ジェイビープレス) (ismedia.jp)】

 取り上げたのは昨年5月に起こった事故。千葉県警の現職警察官が、帰宅途中、法定速度40キロの県道で時速115キロの速度を出し、歩行者の女性を死亡させたというものでした。

 翌6日、この記事は『Yahoo!ニュース』にも配信され、多数の読者コメントが寄せられました。その多くは、『なぜこの死亡事故が「危険運転致死罪」ではなく「過失致死罪」で起訴されたのか?』という以下のような疑問の声でした。

<どう考えても危険運転です。 40キロ制限の道というのは、交差点や横断歩道が多い等、50及び60キロでの走行では安全を保てない道路という事。 そこで高速道路以上の速度で走行するのは歩行者や周囲の車に対して危険でしかないです。>

<事故を起こす前に制止できないほどの速度で走っていれば、制御できない高速度にあたると思うのが普通だけど、検察は危険運転での起訴するのはなぜそこまでためらう? 加害者が現職警官だろうがなかろうが、制止できないということはその速度を制御できてない証拠なのだから危険運転で起訴すべきだと思うのだけど>

<100キロとかそれ以上の速度超過は話にもならない行為ですが、法定速度は何のために設けられているのかハンドルを持つものとしてよく考えるべきである。>

事故現場直前には「追突多し」の警告表示が(大谷正則氏提供)
事故現場直前には「追突多し」の警告表示が(大谷正則氏提供)

■地元の住民からも驚きの声が……

 中でも、地元の住民とみられる方々の投稿は、現場の県道を高速度で走ることがいかに危険な行為であるかが具体的に書かれていました。

<鎌ケ谷市粟野の県道というと船取線だが、粟野あたりで115km/hなんて信じられないほどの高速である。 おそらくは粟野~佐津間の直線箇所だろうと思うが、道幅も狭くそこまでスピードを出している車を見かけたこともない。漫然と運転していただけなら出さないスピードだと断言できるほど。>

<県道船取線で100Km/h以上出してる車なんて見た事ないです!  私も通勤路として数年間利用しましたが、基本の流れがノロノロなんです。 明らかに異常な運転だと思いますが……>

<船取は私も良く通りますが、粟野辺りは歩道もない所が多く、大きな商業施設もないので薄暗い箇所で、確かに歩行者は多くないですが、自転車は良く通る、大型トラックがやっと通れる位の狭い片側一車線です。さすがに100超とは、危機管理能力を疑います。>

 本件事故の刑事裁判を傍聴し、その詳細な情報を提供してくださった大谷正則さん(仮名)も、この県道の危険性についてこう語ります。

「本件の事故現場は片側一車線です。道幅も狭く、場所によるんですが、歩道がなくなっているところ、路肩もかなり狭いところがあり、電柱もすぐ横に立っています。公判でも言及がありましたが、事故現場の直前の路面には『追突多し』、対向車線には『事故多し』の標示もありました」

 そこで、大谷さん自身が法定速度(時速40キロ)で走行し、撮影したドライブレコーダーの映像を編集してご紹介したいと思います。

 以下の動画をご覧ください。左側は法定速度(時速40キロ)で撮影したもの、右側はその映像を2.87倍に早送りして、本件事故の走行速度(115キロ)に近づけたものです。

 まずは、それぞれの速度下における道路の状況を、ドライバーの目線から視覚的に体感していただきたいと思います。

<時速40キロと115キロの比較動画>

 いかがでしょうか。こうして運転席からの映像を見ると、この道で115キロという速度を出すことがいかに危険で、恐ろしい行為であるかがよくわかると思います。

 大谷さんは語ります。

「この道で左側に自転車、原付などが走っていたら法定速度の時速40キロでも怖いです。追い越すにも車線をはみ出さないと無理でしょう」

 ちなみに、この動画を編集するにあたっては、大分で起こった時速194キロ死亡事故の支援者が作成された比較動画(以下で紹介)を参考にさせていただきました。

【これが「一般道で時速194km」のリアルだ! 事故現場で撮影したシミュレーション動画を公開】

 大分の事故は、過失で起訴されたことに疑問を持った遺族が声を上げ、結果的に「危険運転致死罪」に訴因変更が行われました。これから裁判員裁判が開かれます。

大分の事故現場には、3月末、パトカーの看板が設置された(遺族提供)
大分の事故現場には、3月末、パトカーの看板が設置された(遺族提供)

■「危険運転致死傷罪」における「制御不能な高速度」とは?

 高速度での事故は、重大な被害につながります。

 私自身、この1年間に取材した死亡事故を振り返るだけでも、その多くに加害車の大幅な「速度超過」がありました。

 しかし、法定速度を大幅に上回る速度を出して結果的に重大事故が起こっても、その多くにおいて「危険運転致死傷罪」の立件に必要な「故意性」が認められず、「過失」として処理されているのが現状です。

 この問題については、国会でもたびたび取り上げられ、法務省が答弁を行っています。しかし、その解釈は一般市民の感覚ではなかなか理解できません。

 昨年、緒方林太郎衆議院議員の質疑を取り上げました(以下の記事参照)。

【速報】一般道で時速194kmは過失? 国会質疑で法務副大臣は何と答えたか

 その中から、「進行を制御することが困難な高速度」についての法務省(保坂和人官房審議官)の答弁を改めて抜粋します。

●<官房審議官> 

 法律の技術的な話でございますので、私の方から答弁させていただきます。「故意」といいますのは、客観的な構成要件事実に対応した、認識・認容のことを意味します。従いまして、今の要件の関係で言いますと、構成要件は、「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」ですので、これに対応した認識があるかどうか、ということですので、今おっしゃった「スピードを出す動機」というのが、故意の動機にはなりますけれども、故意としては「進行を制御することが困難な高速度で走行させている」という認識、ということになります。

●<緒方議員> 

ということはですよ、この法律、この罪が当たるためには、「俺はこの進行が、もう制御できないぐらい、コントロールできないくらいの困難なスピードで運転してやるんだ!」という風に思わなければ、この罪での故意には問われないんでしょうか?

●<官房審議官> 

先ほど申し上げましたように、客観的な構成要件事実に対する認識・認容ということでございますので、「こうしてやろう」というような意欲とか、積極的なものまでが要求されているわけではなくて、自分の運転状況が、まさに「進行を制御することが困難な高速度」という認識があれば足りるということでございます。

●<緒方議員> 

そんなこと考えながら運転する人っていないと思うんですよね。「今から俺、運転するんだけれども、制御が困難な高速度で今から自分が運転するんだ!」という認識を持つ人はほとんどいなくて、運転する人というのは必ず「自分はそこそこうまくやれるんだ」と思って運転するから、相当自暴自棄な人でないと、そういうことにならないと思うんですよね。なんかちょっとおかしくないですかね?

●<官房審議官> 

繰り返しになりますが、「制御することが困難な高速度」であることに対応する認識といたしまして、その評価的な部分、「制御が困難かどうか」ということ自体を直接「こうなんだなあ」というかたちで認識していることは必要ないのですが、速度を出していて、かつ、それまでの運転状況からして、「カーブが曲がり切れない」とか、「このまま走っていったら道路にぶつかってしまう」というような認識があれば足りるというふうに解されるということでございます。

●<緒方議員> 

何か、聞いている人は、たぶん、変なこと言っているなあ? と思われた方も多いのではないかと思いますが。「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」はあまりに要件が不明確で、かつ厳しい運用がされています。「構成要件の適用条件が明確性の原則に反している」という指摘もございます。逆走したり無免許であっても危険運転致死傷罪の適用がなかったとかですね、飲酒をしていても、酩酊状態になかったら適用がなかったりしているんです。

*2022年10月28日の国会審議については、「衆議院インターネット審議中継」のサイト(発言者/緒方林太郎議員をクリック)から視聴いただけます。

 大分の時速194キロ死亡事故についての質疑は、1:52:50~から始まります。

大分市内で時速194キロ出し、訴因変更によって危険運転で起訴された少年の車(遺族提供)
大分市内で時速194キロ出し、訴因変更によって危険運転で起訴された少年の車(遺族提供)

■現場の状況に応じた判断を

 千葉県鎌ケ谷市で起こった、一般道で時速115キロの死亡事故。

 検察は、75キロオーバーという速度超過を「危険運転」とみなさず「過失」と判断して加害者を起訴し、現在裁判は進んでいます。

 しかし、結果的にこの速度では歩行者を発見することができず、死亡事故が発生してしまいました。

 現場の状況に照らして、検察の判断は適切といえるのでしょうか。

 なぜ、被害者に気づくことができなかったのか? 

 なぜ、衝突を避けることができなかったのか? 

 この道での時速115キロは「制御することが困難な高速度」には当たらないのか?

 今後の事故抑止のためにも、ひとつひとつの事故現場の状況を緻密に検証していくことが必要です。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。