■今も夜中に目が覚めたら、息子のことばかり……

 

 福岡県大牟田市の医師・緒方節男さん(92)から久しぶりにお電話をいただいたのは、6月19日のことでした。年齢を感じさせないしっかりとした口調は、数年前にお会いしたときと全く変わっていません。

 そんな緒方さんから開口一番、飛び出したのはこの言葉でした。

「夜中に目が覚めたら、やはりだめですね。息子の事故のことばかりが頭に浮かんでしまって……」

 事故発生から今年の夏で23年。刑事裁判の判決はすでに22年前に確定しています。にもかかわらず、これだけ長い歳月を経てもなお、悔しい想いを抱き続けてこられたのだと思うと、いたたまれない気持ちになりました。

 緒方さんは、まるでつい最近の出来事のようにこう続けました。

「交通事故は故意犯ではないからか、被害者が亡くなるような案件であっても軽く扱われますね。息子の事故で警察は、加害者の供述を、裏付けも取らず調書に書きました。そして、裁判官もそのおかしさに気づかず、いい加減な判決文を書きました」

自ら入手した現場の正確な図面を広げ、加害車の動きを検証する緒方さん(筆者撮影)
自ら入手した現場の正確な図面を広げ、加害車の動きを検証する緒方さん(筆者撮影)

■対向車線を100メートル以上走行し続けた加害車

 事故は、1999年7月31日、午後0時52分、長野県木曽郡南木曽町の国道19号線で発生しました。

 緒方さんの三男・禎三さん(当時31)は、同僚らと6台のバイクで名古屋を出発し、乗鞍岳まで1泊2日のツーリングに出かけていました。その途中、センターラインをオーバーしてきた対向のワゴン車が、バイクの列に正面から突っ込んできたのです。

事故直後の現場。加害者のワンボックスカーは禎三さんのバイクに衝突して対向車線上に停止し、禎三さんは木曽川に転落した(緒方さん提供)
事故直後の現場。加害者のワンボックスカーは禎三さんのバイクに衝突して対向車線上に停止し、禎三さんは木曽川に転落した(緒方さん提供)

 禎三さんは真正面からその衝撃を受け、進行方向左側の木曽川に投げ出され、全身を強く打って死亡。一緒に走っていた仲間のうち3名も重軽傷を負いました。

 事故の知らせを受けた緒方さん夫妻は、福岡県の自宅から、禎三さんが搬送された岐阜県の救急病院へ駆けつけました。

 外科医である緒方さんは、自身で我が子の受傷状況を確認したといいます。

「レントゲン写真を見ながら、遺体の状態をくまなく調べたところ、頸髄損傷のほかに、頭蓋底骨折と脳挫傷が認められ、ほぼ即死の状態でした」(緒方さん)

父親で外科医の緒方さんによる当日のメモ(筆者撮影)
父親で外科医の緒方さんによる当日のメモ(筆者撮影)

 禎三さんは他大学を卒業後、医大に入学してこの年の3月に卒業。5月には医師国家試験に合格し、麻酔科医として就職先の病院も決まっていました。そして、このツーリングの翌日には、婚約者の実家へ挨拶に行く予定も立てていました。

 まさに、仕事も人生もこれからというときに起こった惨事でした。

葬儀の後、郵送されてきた禎三さんの医師免許証。今も大切に額装されている(筆者撮影)
葬儀の後、郵送されてきた禎三さんの医師免許証。今も大切に額装されている(筆者撮影)

 事故現場は見通しのよいほぼ直線の国道で、6台のバイクが前から走ってくれば、それが目に入らないはずがありません。

 しかし、加害車は凹凸のある黄色のセンターラインを乗り越え、自車線に戻ることなく、対向車線を百数十メートルも進み続けたのです。

■加害者はレンタカーでの徹夜ドライブだった

 加害者の男性(当時61)が、前日から徹夜でドライブをしていたという事実を緒方さんが知ったのは、事故から数か月後のことでした。

「加害者は約32時間、まともな睡眠を取らずに行動していました。事故前日の朝5時に起床して終日仕事をし、その日の夜にレンタカーを借りています。そして家族ら7名で、午後10時に愛知県の安城市を出発。徹夜で車を走らせて乗鞍岳へ向かい、日の出を見て戻る途中、100メートル以上にわたって対向車線にはみ出し、今回の事故を起こしたのです」

自車線を走行中、対向車に衝突された禎三さんのバイクは大きく破損していた(緒方さん提供)
自車線を走行中、対向車に衝突された禎三さんのバイクは大きく破損していた(緒方さん提供)

 こうした状況から、緒方さんは居眠り運転を疑いましたが、刑事裁判では「わき見運転」と認定され、禁錮2年執行猶予5年の判決が下されたのです。

 判決文には次のように明記されていました。

『被告人の一方的過失による事案とはいえ、その過失内容は「わき見」という前方不注視であり、酒気帯びや高速度走行等の反規範的な態様によるものではない(中略)……これら諸事情を総合すると、本件においては被告人を実刑に処すべきであるとまで断ずることはできない。』(名古屋地方裁判所岡崎支部・岩井隆義裁判官)

 緒方さんは言います。

「居眠り運転は、『過労運転』(違反点数25点)とみなされ、道路交通法上は、飲酒や薬物使用時の運転と同じく危険な行為として禁止されています。ところが、『過労運転』を判定する明確な基準はなく、立証も難しいことから、日本では居眠りが疑われる多くの事故が、『わき見』(安全運転義務違反)として軽く処理されているのではないでしょうか」

<道路交通法第66条>『過労運転等の禁止』 

何人も、前条第一項に規定する場合のほか、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない。

木曽川に沿った国道19号線。緒方さん夫妻は命日に毎年この地を訪れていたが、ここ数年は高齢のため難しいという。代わりに献花に訪れた(筆者撮影)
木曽川に沿った国道19号線。緒方さん夫妻は命日に毎年この地を訪れていたが、ここ数年は高齢のため難しいという。代わりに献花に訪れた(筆者撮影)

■供述調書に記された、ありえない行程

 実は、緒方さんがこの判決に納得できないというのには理由があります。

 裁判官は公判で、被告にこう尋ねました。

「居眠りだったのではありませんか?」

 それに対して被告は、

「違います。2時間の睡眠をとりました」

 と答えました。

 しかし、後に供述調書などを閲覧した緒方さんは、被告が2時間の睡眠をとることは不可能だったことを突き止めたのです。

「被告は乗鞍岳で日の出を見た後、道の駅で1時間ほど休憩をし、午前11時頃、白骨温泉に到着。そこでまた1時間ほど休憩して、午後0時過ぎには出発したと供述しています。しかし、白骨温泉から事故現場までは97キロの距離があります。実際に息子の友人に走って検証してもらったのですが、少なくとも車で2時間はかかりました。つまり、休憩を取って0時過ぎに出発したのが事実なら、事故発生時刻である0時52分には絶対に現場に到着することはできないのです」

 被告が居眠り運転をしたのか、わき見運転だったのかは、わかりません。しかし、被告の供述に怪しい点があるにもかかわらず、何の検証もされずまかりとおったこと、そして、100メートル以上に及ぶ対向車線へのはみ出しが「居眠り」ではなく「わき見」と認定されたことは、遺族にとって納得できないのも当然でしょう。

 そのずさんな捜査や事実認定が、事故から23年が経った今もなお、92歳という高齢になられた緒方さんを苦しめているのです。

 実は、5月19日、国会で「ひき逃げの時効問題」が取り上げられたのですが、その際、時効を撤廃しない理由のひとつとして、過去の法務大臣の以下の答弁が国側から紹介されていました。

『(時の経過によって)被害者を含む社会一般の処罰感情が希薄化する』

 このことを緒方さんに話すと、呆れたように笑いながら、

「そんなことは、絶対にありませんね」

 そうおっしゃっていました。

遺品のカメラに収まっていた1枚。事故の約3週間前、知多半島をツーリングしたときのもの(緒方さん提供)
遺品のカメラに収まっていた1枚。事故の約3週間前、知多半島をツーリングしたときのもの(緒方さん提供)

■睡眠不足、過労運転の危険性を認識すべき

 緒方さんは禎三さんの死亡事故をきっかけに、医師として睡眠不足と事故の関係を丹念に調べ続けてきました。

 その上で、こう訴えます。

「たとえばアメリカでは、死亡事故のうち『不眠、疲労』が原因となって起こった事故が57%に上るという報告があります。一方、日本の場合は、死亡事故における過労運転(居眠り含む)の割合は、1%にも満たないのです。この極端な差はいったい何なのでしょう。居眠りは一時的に意識を失っているのと同じ現象です。睡眠時間を削った無理な運転は、飲酒運転と同様、いや、それ以上に、非常に危険な状況を生む可能性があります。睡眠不足が運転に及ぼす危険性を、国はもっと国民に正しく伝えるべきです。なぜ事故が起こったのか、その原因を真実に基づいてしっかり追求し、再発防止策につなげていくことが重要です」

 これから迎える夏休みシーズン、マイカーやレンタカーで長距離ドライブに出かける方も多いことでしょう。

 もし、睡眠不足だと感じたら、緒方さんのこの言葉を思い出し、ぜひ無理をせず、休息をとるよう心掛けてください。

 そして、交通事故の捜査や裁判に関わる人々には、判決確定後もこうした苦しみを長年にわたって抱き続ける遺族がおられることを知っていただきたいと思います。

禎三さんが高校時代まで使っていた勉強部屋。父と一緒に作ったプラモデルもそのままだ(筆者撮影)
禎三さんが高校時代まで使っていた勉強部屋。父と一緒に作ったプラモデルもそのままだ(筆者撮影)