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無免許の外国人が「ながらスマホ」で死亡ひき逃げ 息子奪われた父が国に問いたいこと

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
19歳で亡くなった陽輔さん。火葬の翌日が20歳の誕生日だった(谷田さん提供)

■加害者は29歳のタイ人。借りた車は無保険だった

「日本の外国人犯罪 刑の軽さと責任」という件名のついた1通のメールが、6月21日、私のもとに届きました。

 差出人は、千葉県富里市の谷田季之さん(52)。そこには、三男の陽輔さん(当時19)を突然の事故で亡くしたやり場のない怒りが、長文で綴られていました。

昨日、判決確定の連絡が弁護士からありました。無免許過失運転致死傷、道路交通法違反(不救護、不申告)の罪で起訴された被告に対する判決は、懲役5年6ヶ月の実刑でした。被告は29歳のタイ人です。軽自動車で息子のバイクに衝突した後、エンジンをかけたまま車を乗り捨てて現場から逃走し、3日後に逮捕されましたが、無免許でした。車はタイ人の知り合いから借りたもので、任意保険は未加入。事故時にスマートフォンを注視していたことも明らかになっています』

「無免許」「ひき逃げ」「ながらスマホ」……、メールには、「事故」とは呼びたくない違法行為が列挙されています。

事故現場の交差点。加害者は写真手前から右折し、対向のバイクと衝突した。誰からも好かれていたという陽輔さん。事故現場には花や飲み物、お菓子等が絶えることがない(筆者撮影)
事故現場の交差点。加害者は写真手前から右折し、対向のバイクと衝突した。誰からも好かれていたという陽輔さん。事故現場には花や飲み物、お菓子等が絶えることがない(筆者撮影)

『裁判官は被告の悪質さを指摘し、正当な判決を下されたのだと思います。でも、私たちは、そもそもこの事故が『過失』で起訴され、求刑が6年にとどまったことに納得がいきません。被告が逮捕されたのは事故から3日後です。飲酒やドラッグ等の影響がなかったとは言い切れません。ルールを無視し、これほど悪質な行為で人を死傷させておきながら、わずか5年6ヶ月の懲役とは、あまりに軽すぎるのではないでしょうか』

 すでに事故から半年以上が過ぎましたが、被告からは、謝罪も、賠償も、一切なされていないといいます。

衝撃の大きさを物語る事故車のバイク。民事裁判の証拠として、今も大切に保管されている(筆者撮影)
衝撃の大きさを物語る事故車のバイク。民事裁判の証拠として、今も大切に保管されている(筆者撮影)

■「ながらスマホ」で前を見ず、直近右折

 事故は2021年12月10日、千葉県富里市七栄の国道交差点で発生しました。

 この日、幼馴染みで親友のAさん(20)と自宅近くのカラオケ店へ行った専門学校生の陽輔さんは、19時30分頃に中型バイクの後部座席にAさんを乗せ、自宅まで送るために店を出発しました。

 約380メートル進んだ交差点が青信号だったので、陽輔さんはそのまま直進しようとしました。ところが、対向車が突然、小回りに右折を開始し、バイクの進路を遮ったのです。

「陽輔はブレーキをかけることもできないまま、対向車の左側面に接触し、後部ピラーという硬い部分にヘルメットが直撃しました。そして、割れた窓ガラスが首の血管を傷つけたのです。死因は、出血性ショックでした。同乗のAくんは、第2腰椎破裂骨折等の重傷でした。Aくんは、『対向車がいきなり目の前に出てきた。まさに一瞬で、声も、身体も、とっさに反応できなかった』と証言しています」

父親の季之さんが数々の証拠をもとに考察し作成した事故状況の図(谷田さん提供)
父親の季之さんが数々の証拠をもとに考察し作成した事故状況の図(谷田さん提供)

 現場の国道交差点は、どちらからも見通しがよく、この場所で対向車のライトに気づかず、直近右折をするなど、通常なら考えられないことです。

「それだけに、被告が『スマホのナビを見ていて、バイクと衝突してから気づいた』と供述していると聞いたときは、言葉が出ませんでした。なぜ、対向車を見もせず右折することができるのか、なぜこのような危険な行為が『過失』なのか理解できませんでした。ほんの1秒でもタイミングがずれていればと思うと、本当に悔しくてたまりません」(季之さん)

頑丈なフルフェイスヘルメットだが、フェイスガードの部分が完全に割れていた(筆者撮影)
頑丈なフルフェイスヘルメットだが、フェイスガードの部分が完全に割れていた(筆者撮影)

■現場に事故車を残し、逃走を図った加害者

 被告は事故直後、車から降り、片言の日本語で「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……」と言いながら、その場をうろうろしていたそうです。しかし、大量の血を流して倒れている陽輔さんと、激痛でうなり声を上げるAさんを救護しようとせず、車を置いたまま逃走しました。

 逃げる途中、警察からの追跡を逃れるため上着を脱ぎ棄て、車の持ち主とLINE等で連絡を取り合いながら、大阪へ逃走する相談までしていたのです。

*下記の動画は、犯人が逮捕されたことを伝えるニュース映像です。

 季之さんは、悔しそうに言います。

「陽輔の財布の中には、親も知らぬうちに受講した『上級救命講習』の修了証が入っていました。そして、『事故を起こしたら逃げないで、必ず救護をし、警察、保険会社に連絡しなさい』と私が手書きで書いたメモ用紙が、濡れないようにビニールに包まれて一緒に入っていました。私自身、会社では安全運転管理者でもあるため、息子たちにも常日頃、交通事故の話をしていました。陽輔はそうしたことをちゃんと理解してバイクに乗っていたと思います。それなのに、被告は免許すら持たず、交通ルールを遵守する考えや道徳心もなかったのかと思うと、どこに怒りをぶつけていいのかわかりませんでした」

6人家族の谷田家では、年6回の誕生日会を欠かさず行い、バースデーケーキを前に記念写真を撮るのが習慣だった(谷田さん提供)
6人家族の谷田家では、年6回の誕生日会を欠かさず行い、バースデーケーキを前に記念写真を撮るのが習慣だった(谷田さん提供)

 今年4月、刑事裁判の法廷に立った季之さんは、被告に対する遺族としての心情をこう述べました。 

 私たち家族はもう、以前のように賑やかで笑顔にあふれていた暮らしには戻れないと感じています。陽輔は本当に無念で心残りだったろうと思うと、どうにもならず涙があふれ、息が苦しくなってしまいます。

 あなたの身勝手な行動で、私たちの大事な陽輔は殺されました。小さいときから努力して、学んで、鍛えて、精いっぱい遊んで、周囲の人を楽しませ、いつでも笑顔で何事にも手を抜かず努力してきたあの子の未来を返してください。

 陽輔はいつも『夢は見るより掴むもの』と自分に言い聞かせ、明日を夢見て生きてきました。

 あなたにこの意味がわかりますか……。

幼いころから剣道を続けてきた仲の良い谷田4兄弟。3番目の陽輔さん(右)は、小学校から高校卒業まで選手として活躍し、素晴らしい成績を残してきた(谷田さん提供)
幼いころから剣道を続けてきた仲の良い谷田4兄弟。3番目の陽輔さん(右)は、小学校から高校卒業まで選手として活躍し、素晴らしい成績を残してきた(谷田さん提供)

剣道の試合に臨む高校時代の陽輔さん(右端/谷田さん提供)
剣道の試合に臨む高校時代の陽輔さん(右端/谷田さん提供)

■事故後に届いた、20歳の自分へのタイムカプセル

 事故から約1か月後の2022年1月、陽輔さん宛てに宅配便が届きました。季之さんが「なんだろう?」と思って開けてみると、それは陽輔さんが小学6年生のとき学校で作り、保管されていたタイムカプセルの缶詰でした。

事故から約1か月後、陽輔さん宛てに届いたタイムカプセル(筆者撮影)
事故から約1か月後、陽輔さん宛てに届いたタイムカプセル(筆者撮影)

「タイムカプセル卒業便」と書かれたラベルには、「8年後の成人の日にみんなで再会しよう」と書かれています。

 缶詰のふたを開けると、中には剣道の大会で優勝したときの金メダルと、陽輔さんが20歳の自分に宛てた手紙が入っていました。

20才になったぼく、いまははたらいているのだろうか。

剣道を続けているのだろうか。

ぼくは20才になったぼくがしんぱいです。

剣道にがんばっているみたいにがんばってほしいです。

20さいの谷田陽輔(予想)

タイムカプセルの中に入っていた陽輔さんの手紙を読む父・季之さん(筆者撮影)
タイムカプセルの中に入っていた陽輔さんの手紙を読む父・季之さん(筆者撮影)

「この手紙を読んだとき、妻と私は涙が止まりませんでした。陽輔はあと7日で20歳の誕生日を迎えるはずでしたが、20歳の自分に会うことはできなかったのです。それでも、成人式の日に親しい友人たちが訪ねてきてくれて、『今日は陽輔も一緒に連れていきます。写真を貸してください』と言ってくれました。私たちは泣きながらお礼を言い、就活のときのスーツ姿と告別式のときの写真を渡しました。そして、『行ってらっしゃい』と見送りました」

スーツ姿の陽輔さん。事故から1か月後に催された成人式には、友達が写真を携えて出席した(谷田さん提供)
スーツ姿の陽輔さん。事故から1か月後に催された成人式には、友達が写真を携えて出席した(谷田さん提供)

■外国人の受け入れ、最低限のルール守って

 警察の調べによると、被告は約5年前に日本に入国し、大阪で働いていましたが、そこを辞め、事故の11日前に千葉県富里市に転居してきたばかりでした。本人は公判で、農家の手伝いを日給払いで始めたと述べていました。

 一方、無免許と知りながら被告に車を貸し、逃走の手助けをしたタイ人のBは不法残留で、彼自身も車の免許は持っていませんでした。

 結果的にBは、犯人隠避、道路交通法違反(無免許運転)、出入国管理及び難民認定法違反の罪で起訴され、4月に懲役1年6ヶ月執行猶予3年の有罪判決を下されています。

 偶然ではありますが、被告が事故当時住んでいた富里市七栄のアパートでは、今年5月、カンボジア国籍の男性2人が、フィリピン国籍の技能実習生に刃物で刺されて死亡するという凶悪事件が発生しています(下記の記事参照)。

<富里のアパート2遺体 殺人容疑、重傷のフィリピン籍技能実習生を逮捕 現場近くで倒れ搬送(千葉日報)>

 事件現場が学校に近かったことから、富里市教育委員会は市立小中学校全10校の部活動を一時中止し、登下校時の見守りを行ったそうです。

 筆者は過去にも、日本の法律を無視した外国人による、悪質な無免許・ひき逃げ事件を取材したことがあります(以下記事参照)。

●息子死なせた加害者、全財産は7000円 謝罪も賠償もないまま母国へ…(2022.1.25)

 名古屋で起こったブラジル人によるこの事件は、車は無車検で自賠責保険すら加入していませんでした。遺族が民事裁判を起こして勝訴しても、加害者には支払い能力はなく、現時点で判決文は紙切れ同然です。

 結局、出所した加害者は遺族に一言の謝罪も、賠償もせぬままブラジルに帰国し、現在は行方不明です。

 季之さんは語ります。

「千葉県の富里、成田エリアは外国人が多い地域です。よく軽自動車に複数人が乗っている姿を見かけますが、息子の事故もあって、この人たちはビザや免許を所有し、保険にもきちんと加入しているのだろうか? と思うようになりました。もちろん、日本に滞在する外国人の中には、真面目に努力している方がたくさんいることも知っています。しかし、ごく身近な場所で、今回のような出来事が相次いで起こっているのも事実です。理不尽な事故や事件に巻き込まれ、私たちのように悲しむ家族が増えないよう、日本に外国人を受け入れる以上は最低限のルールを守ってもらう。さらに警察は取り締まり等を徹底し、不法行為が起こった場合は責任の所在を明らかにしてもらいたいと強く願います」

とても明るく優しい青年だったという陽輔さん。仏壇の横には、さまざまな表情の写真を集めて父の季之さんが作ったコラージュが飾られていた(筆者撮影)
とても明るく優しい青年だったという陽輔さん。仏壇の横には、さまざまな表情の写真を集めて父の季之さんが作ったコラージュが飾られていた(筆者撮影)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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