■一般道を時速96.5キロで走行、恐怖のシミュレーション動画

 まずは、以下の2本の交通事故再現動画をご覧ください。

(*注 事故現場は台湾なので、日本とは逆の右側通行です)

 1本目は、右側から走行してくる大型バイクが本件事故時に実際に出していたとみられる、時速96.5キロでのシミュレーションです。

 動画の再生時間は2秒。側道から本道へ左折して出ようとしたスクーターに、まさに一瞬で大型バイクが迫ってくる様子がわかります。

1) 大型バイクが時速96.5キロで走行(本件事故の再現動画)

 2本目は、大型バイクが、この道路の制限速度である時速40キロを守って走行していた場合を想定したシミュレーションです。

 動画の再生時間は7秒。この速度なら、側道から本道へ出ようとしたスクーターはゆとりをもって左折することができます。

2)大型バイクが制限速度(時速40キロ)で走行していた場合の動画

 この2本の動画を見比べると、速度超過がいかに危険な事故を誘発するかがよくわかります。

「時速96.5キロ」と「時速40キロ」では、これだけ違うのです。

 今年2月に台湾で発生したこの事故で、大型バイクの台湾人ライダーS氏(当時24)は即死、スクーターの日本人留学生・林俊徳さん(当時18)は重体で脳死状態となり、45日後に死亡しました。

林俊徳さんの母・林里美さんは語ります。

「事故の本格的な捜査は俊徳が亡くなってから始まりました。そして6月、台湾の新北市車両運転事故鑑定委員会が下した結論は、『双方に事故発生原因がある』というものでした。しかし、Sさんのほうが優先道路とはいえ、彼は制限速度の2倍を超える100キロ近い高速度で走っていたのです。そのことは他車のドライブレコーダーからも明らかでした。Sさんが走ってきた方向には緩やかなカーブがあります。左右確認して発進した時に、俊徳はSさんを確認することは出来たのだろうか? 私たち遺族はどうしても納得することができず、独自に日本で鑑定意見書を作成していただき、この動画を添えて再鑑定を依頼したのです」

 その結果、8月末、異例の結論が下されたのです。

脳死状態となった息子を台湾の病院に見舞う母・里美さん(林さん提供)
脳死状態となった息子を台湾の病院に見舞う母・里美さん(林さん提供)

 林さんの代理人を務める、台湾の高志明弁護士と彭瑞驊弁護士(萬國法律事務所)から送られてきた文書には、こう綴られていました。

『結果として、再審査会の意見は、「Sが大型二輪に乗っていて、前方の状況に注意を払うことなく、且つ法定速度を遥かに上回る速度で走行したため、左折車両(*俊徳さん)の反応時間が短くなったことが事故発生の原因である」「林俊徳は普通二輪に乗っていて、不意を突かれたのであり、事故発生要因がない」 。つまり、再審査会はS氏の暴走が事故発生の唯一の原因であり、俊徳様には事故発生についての責任がないと認定してくれました』

 弁護士によると、台湾では実務上、再審査会で鑑定委員会の結論が覆されることは極めて稀だといいます。

 文書はさらにこう続きました。

『今回、再審査会で我々に有利、且つ合理的な認定を受けられたのは、最愛の息子さまのためのご両親様の努力の賜物だと思います。当所の担当弁護士も、今回の認定を以て、不運な事故に遭って亡くなられた俊徳様への慰霊になると思っています』

『新北市車輛行車事故鑑定覆議會鑑定覆議意見書』より抜粋(林さん提供)
『新北市車輛行車事故鑑定覆議會鑑定覆議意見書』より抜粋(林さん提供)

■たったひとり、台湾から発信し続けた母

 この事故状況については、以下の記事で報じた通りです。

「息子が、今、脳死状態です…」台湾でのバイク事故。母が求める情報提供(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

「4月6日、息子が天国へ行きました…」台湾バイク事故、脳死大学生と母の45日(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 コロナ禍で海外渡航もままならぬ中、母親の林里美さんは神奈川県からたった一人で台湾へ入国し、ホテルでの隔離、厳しい行動制限、監視を受けながら、息子の俊徳さんが意識不明のまま入院していた病院へ通い続けました。そして、ぎりぎりの精神状態の中、台北のホテルから私にメールをくださったのです。

 留学先の外国で起こった突然の事故、言葉も通じず、何の情報も得られない状況下で、里美さんの不安はどれほどのものだったでしょう。

台湾のメディアはYahoo!ニュースの記事を取り上げ、目撃者情報を求める母親を取材した(筆者撮影)
台湾のメディアはYahoo!ニュースの記事を取り上げ、目撃者情報を求める母親を取材した(筆者撮影)

 その後、私たちは何度もLINE電話を使ってやり取りを重ねました。彼女は泣きながら、それでもできる限りの情報提供を求め続けたのです。

 発信した記事は計1万件以上シェアされ、多くの方が国内外からさまざまな情報を寄せてくださいました。記事の読者の中には、現地の台北で直接里美さんを訪ね、手助けしてくれた方もいたそうです。

 また、日本での報道がきっかけとなって、台湾のニュースでもたびたび報じられました。

 実は、大型バイクに乗っていて死亡したS氏は、バイク系のユーチューバーでした。事故現場となったカーブの続く道では、過去にも明らかに速度違反を犯しながら走行するシーンがたびたび投稿されていたこともあり、こうした危険行為に対しても、是正すべきではないかという現地からの声が多数寄せられていました。

この事故で亡くなったS氏(左)がYouTubeにアップしていた事故現場道路での走行動画(林さん提供)
この事故で亡くなったS氏(左)がYouTubeにアップしていた事故現場道路での走行動画(林さん提供)

■「ほんの1秒ずれていたら……」母の無念

 最後に、今回の再審査会での結果を受け、里美さんからメッセージが届きましたので、紹介したいと思います。

「6月に出された1回目の審査結果は、とても残念でした。しかし、目撃者もいない、確固たる証拠もない交通事故の過失が無いという主張は本当に難しいと聞いていました。しかし、台湾では再審査が出来ると知り、私たちは俊徳の最期の真実を納得するまで調べようと決心したのです。

 まず、他の交通事故の事例を調べ、俊徳の事故にあてはめ、こちらの主張を弁護士に伝えました。支離滅裂になってしまう私たちの主張を高弁護士は法律用語に置き換え丁寧に整理しまとめてくださいました。そして、台湾での慣習も含めていろいろなアドバイスをしていただいたのです。

 また、交通事故調査機構の佐々木さんに事故の鑑定をしていただき、鑑定書と衝突に至るまでの双方の動きのシミュレーション動画を相手車の速度別に作っていただきました(*上記参照)。

 これを見たときは、『ああ、ほんの「1秒」でも違っていたら、私の息子は死ななかったのに……』ということがはっきりわかり、もう、無念としかいいようがありませんでした。でも、この動画も鑑定書とともに、検察経由で提出していただくことができたのです」

事故直後の俊徳さんのスクーター(林さん提供)
事故直後の俊徳さんのスクーター(林さん提供)

「実は、鑑定をしてくださった佐々木さんご自身も、18歳の息子さんがスピード超過の車にはねられ、俊徳と同じく脳死状態を経て亡くされたという経験をお持ちでした。ですから私たちの気持ちもよくわかってくださったのでしょう、短期間で鑑定書を作成してくださいました。また、高弁護士もそれをすぐに翻訳して提出期限に間に合わせてくださり、本当に感謝しています。

 再審査の結果、俊徳には落ち度がなく、他人を傷つけていないことが証明されて安心しました。と同時に、残された証拠をどこまで検証し、追求するかによって結果が変わってくることを知りました。今回、ニュースや当日そこを通っていた人からの事故直後の写真などがたくさん残っていました。台湾警察の現場検証も書面でいただくことが出来ました。だから、日本での検証もできたのだと思います。

 本当に事故直後の状態がいかに真実に近づくために大切な情報なのかを身に染みて感じました。そして、私達の主張を聞いて精査していただき、台湾の検察には本当に感謝しています。

 今は、『自分の息子に過失があったら謝罪する』と言ってくれた相手の親御さんの言葉を信じ、誠意ある対応を望んでいます」

俊徳さんの葬儀会場には、たくさんの家族写真が飾られていた(筆者撮影)
俊徳さんの葬儀会場には、たくさんの家族写真が飾られていた(筆者撮影)

■寄り添ってくださった多くの方へ……

「最後になりましたが、今回のことは、本当に多くの方が俊徳と私たち家族に寄り添ってくださった結果だと思っています。本当に嬉しかったです。この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 でも、私はまだ立ち直っていません。毎日、俊徳を思い出しています。

 ちょうど一年前、コロナ禍で家に閉じこもり、決まっていた進学先をあきらめ、他の学校を模索している中、渡航解禁になった台湾に『行ってくる』とすぐに旅立ってしまった俊徳。海外が好きで、いつもこんな感じで出掛けていたものですから、まさか二度と会えなくなるなんて、考えもしませんでした。あのとき、もっと話をしておけばよかった……。

 交通事故のむごいところは、なんの前触れもなく、大切な人を奪っていくことです。当事者はその日から、悲壮感が襲う毎日を過ごさなければなりません。

 俊徳は何を考えていたんだろう。毎日どういう思いで過ごしてきたのだろう……。私は俊徳が過ごした大学の寮で、息子の世界を感じました。俊徳が私に残した疑問をクリアにしていかなければ、まだ前向きに生きられないと思っています。

 そして今は、私達のような交通事故被害者を増やさないためにも、その手前で防げる対策をしてほしいと心から願っています」

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5月、日本で執り行われた俊徳さんの葬儀には大好きだったひまわりの花と花でかたどられた野球ボールが飾られていた(筆者撮影)
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