『台湾に来てから、私はときどき息ができなくなりました。頭から俊徳が離れない。周りがみんな幸せで、自分だけ不幸に感じる。みなさん、どうやって乗り越えているのですか。いろいろな後悔が出てきて、苦しいです……』

 この1カ月間、こうした内容のLINEメッセージが、台湾から何度も届きました。

 差出人は、横浜市の林里美さん(51)。

 2月21日、留学先の台湾でバイク同士の事故に遭い、その後死亡した大学生・林俊徳さん(当時18)の母親です。

 この事故については、

「息子が、今、脳死状態です…」台湾でのバイク事故。母が求める情報提供(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース 

 でレポートしました。

事故直後の事故現場。俊徳さんは左側のスクーターに乗っていた(林さん提供)
事故直後の事故現場。俊徳さんは左側のスクーターに乗っていた(林さん提供)

 台湾・新北市の峠道でバイク同士が衝突。スポーツバイクに乗っていた相手のライダー(24)は即死、スクーターに乗っていた俊徳さんは脳死状態で病院のICUに運ばれるというものでした。

 現時点ではっきりした事故原因は発表されていません。

 新型コロナウイルスによる渡航制限がかかる中、台湾政府の計らいで母親の入国を許可され、里美さんは一人、俊徳さんが入院する台北へと向かいました。

 里美さんは語ります。

「2週間はホテルで隔離措置を受けながらの面会となりましたが、その後は、PCR検査を受けたうえで警察へ出向いたり、俊徳が住んでいた学生寮の片づけをしたりしました。万一の際の遺体の輸送から、自分自身の帰国の段取りまで、言葉の通じない異国の地でたった一人、本当にたくさんの手続きをこなさなければなりませんでした」

 しかし、事故から45日後の4月6日、俊徳さんは一度も目を覚ますことなく息を引き取ったのです(以下の記事参照)。

「4月6日、息子が天国へ行きました…」台湾バイク事故、脳死大学生と母の45日(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

横浜の自宅で待つ俊徳さんの父親・英明さんも、LINEのテレビ電話を使って、懸命にICUの我が子に呼びかけた(林さん提供)
横浜の自宅で待つ俊徳さんの父親・英明さんも、LINEのテレビ電話を使って、懸命にICUの我が子に呼びかけた(林さん提供)

「台湾で火葬した方がよいのでは、という声もありましたが、それは拒みました。でも、遺体を海外から搬送するというのは本当に大変なことなんですね。特に今は、新型コロナウイルスの影響でかなり厳しい規制があり、日本では、海外渡航者は帰国後2週間隔離、遺体は10日以内に葬儀、火葬をおこなわなければならないという制約があるそうなのです」

 つまり、里美さんは葬儀から逆算して、少なくとも2週間前に日本に帰国しておかなければならないということです。

「俊徳の遺体は現在、葬儀社の冷凍庫に安置されており、5月3日にエンバーミング(防腐処理)が施される予定になっています。そして、5日に納棺、6日に飛行機で成田空港に送られることになりました。私が一番苦しいのは、現地で俊徳の納棺に立ち会えないことです。台湾では納棺の時に儀式をし、そのとき遺体のまわりの装飾などもするそうです。葬儀社からは『誰か立ち会いしないのですか?』と聞かれましたが、どうすることもできません。きっと寂しい納棺になると思いますが、仕方ないですね……」(里美さん)

時期直後の事故現場(林さん提供)
時期直後の事故現場(林さん提供)

■帰国前に事故相手の両親に会いたい

 里美さんが日本に帰国する日が4月24日に決まって間もなく、私は彼女から送られてきたメールに驚きました。

 自分が帰国する前に、この事故で亡くなった相手のライダーの両親と会い、きちんと話をしておきたいというのです。

 この事故で即死したA氏は、亡くなったとき24歳、すでに成人していました。そのことは里美さん自身、十分に理解していました。

 しかし、まだ過失割合がはっきりしない中、直接会うことはどれほど勇気のいることでしょうか。

 以下は、里美さんが通訳を介して、相手の両親に送ったメッセージです。

Aさんのご両親様

 林俊徳の母です。中国語が出来ないので通訳の方にお願いしました。

 大切な息子さんを亡くされた辛さや苦しみは、同じ境遇に立っている親として理解できます。まだ、検察の結果は出ていませんが、どんなことをしても時間は戻せないし、私たちの息子は戻ってきません。

 それより、当事者の親として会わなくていいのかと感じています。

 残された親として、お互い、思いをお話ししたいと思います。一度お会いしたいです。

 このメッセージに対して、A氏の両親から里美さん宛てに、すぐに返信がありました。

 里美さまが日本から一人で台湾へ来て、辛い思いをしておられることを知り、できれば協力したいと思っていました。でも、連絡したらどうなるかと不安だったため、こちらから連絡できませんでした。

 自分たちも里美さんとお会いしたいです

台北の病院のICUに入院中の俊徳さんを見舞う母の里美さん。脳死状態だった俊徳さんは事故から45日後に息を引き取った(林さん提供)
台北の病院のICUに入院中の俊徳さんを見舞う母の里美さん。脳死状態だった俊徳さんは事故から45日後に息を引き取った(林さん提供)

■息子を失った2組の遺族が対面

 4月20日午後、俊徳さんが通っていた台湾大学の配慮で会議室を借り、里美さんとA氏の両親は、弁護士による通訳のもと、対面することになり、日本にいる俊徳さんの父親も、話し合いの最後に電話で参加しました。

 以下は、里美さんの記録をもとに再現した主なやり取りの抜粋です。

A氏の母親 「今でも息子の部屋には、悲しくて入れません」

林里美さん 「私は息子の寮に入り、息子の物を片付け、寮の退去、大学の退学手続きをしなくてはいけませんでした。……(この事故は)俊徳の責任だと思いますか?」

A氏の母親 「それは、思っていません。ただ、二人ともこういう事故に遭って、運が悪く、かわいそうだと……」

林里美さん 「ご両親は当事者ではないので、直接の責任はありませんし、事故のことはわからないと思います。でも、運が悪かった、だけで済むのかと。警察で画像を見たとき、私はそうは思わなかったので」

A氏の母親 「事故が起こる直前の映像があるのは知っていますが、本人がバイクに取り付けて撮っていた映像は残念ながら消えていて、事故の瞬間は写っていませんでした。ですから、今は運が悪かったとしか言いようがないのです

A氏の父親 「なぜこんなことが起こったのか。そればかりを考えており、辛いです」

林里美さん 「AさんがYouTubeにバイクで走行する動画を投稿していたことを知っていましたか?」

A氏の両親 「知っていますが、辛くて見ることができません。事故の原因がまだよくわかりませんので、今は謝ることはできませんが、検察の判断で息子が悪いと判断されたら謝罪します。今はただ、林さまのお身体を心配しております」

林英明さん 「今日はお二方が来てくださったことには感謝し、誠意を感じております」(電話で参加)

俊徳さんの事故を取り上げたYahoo!ニュースの記事は、台湾の「自由時報」で紹介。複数のテレビも母親の里美さんを取材して放映した(筆者撮影)
俊徳さんの事故を取り上げたYahoo!ニュースの記事は、台湾の「自由時報」で紹介。複数のテレビも母親の里美さんを取材して放映した(筆者撮影)

■息子を亡くした親同士、互いを悼み、弔う気持ちを…

 そして、里美さんは、面談の最後にこう切り出したそうです。

「お互いの賠償についての話し合いは、検察の判断が出てからになりますので、私は全てを弁護士に依頼して日本に帰ります。ただ、帰国前に、Aさんへの弔いはしたいと思っているので、仏壇やお墓などあったら手を合わせて帰りたいです」

 すると、A氏の両親は快諾し、逆にこう尋ねて来たと言います。

「俊徳様の今後は、どうなるのですか?」

 里美さんはこう答えました。

「5月6日に遺体のまま日本に運びます。納棺は業者に任せています」

 それを聞いたA氏の両親は、こう告げてきたのです。

「よろしければ、5月5日の俊徳様の納棺に弔いと立ち合いをさせていただけますか」

 里美さんはその申し出を受け、弁護士を通して葬儀社に連絡をし、俊徳さんの納棺時にA氏の両親による見送りと立ち合いをお任せすることにしたのです。

 里美さんは語ります。

「この対面から3日後、私は両親とともに、A氏の納骨堂へ向かい、弔いました。このとき、先方からは、俊徳の納棺のときには造花とお金(本物ではない=中国系のしきたり)を入れさせてくださいと言われたので承諾しました。弁護士からは、現時点での謝罪は難しいが、対面したことで最良の話し合いにはなったと思うと言われました。私も、相手の両親と会えることができたことはよかったと思っています」

 双方ともに複雑な思いが交錯したことでしょう。しかし、苦しみの中にいる親同士、対立ではなく、国境を越えて互いに歩み寄り、悼み合えたことは、大切な息子を交通事故で亡くした両家にとって、わずかばかりの癒しとなったかもしれません。

■事故現場にはすでに危険を警告するペイントが

 4月24日、台湾からの帰国当日、里美さんから1枚の写真(以下)と共に、下記のメッセージが送られてきました。

「帰国日、最後にもう一度事故現場へ行ってきました。すると、俊徳の事故現場に、早速、黄色いラインが引かれていました」

 里美さんが弁護士に確認したところ、このペイントは「追い越しをしてはいけない」という警告で、黄色の四角は、交差点や消防車、救急車の出口にはよくある一時停止(駐車)禁止という意味だそうです。

今回の事故後、現場に新たにペイントされた警告の表示(林さん提供)
今回の事故後、現場に新たにペイントされた警告の表示(林さん提供)

「今回の事故がきっかけで、台湾の警察が素早い対応をしてくれたことは評価したいと思います。でも、あの警告が事故の前にあったら違っていたのかもしれないと思うと、残念な気もします。いずれにしても、こんな生活道路で18歳の子の命が終わってしまったのです。親としては『後悔』と、『俊徳の判断に悔いはない』という感情のはざまで、毎日自問自答を続けるばかりで、苦しくてたまりません……」(里美さん)

 里美さんはこの日、午後の飛行機で約2か月ぶりに日本に戻り、横浜の自宅に帰宅しました。コロナの影響で、出国手続きにもかなり時間がかかったと言います。

 我が子の遺体を一人台湾に残して離陸するときの、母としての心の痛みを想像することはできませんが、私たちはこの事故をとおして、世界中で起こっている交通事故の悲惨さを改めて突き付けられた気がします。

 事故直前のA氏の走行シーンが追い越した前車のドライブレコーダーに残されていたという情報もあり、事故の原因は近いうちに明らかになることでしょう。

 4月26日、父親の英明さんは、俊徳さんの死亡届を提出したそうです。

 林俊徳さんの通夜は、5月9日、葬儀は10日に執り行われることになりました。

 里美さんにとっては、あまりに辛く、悲しく辛い「母の日」です。

 現在も自宅隔離中の里美さんは、こう語ります。

「今回の息子の事故に関しては、台湾大の生徒さんたちを始め、多くの方からたくさんの情報をお寄せいただき、本当に親切に対応し、助けていただきました。心から感謝しております。ありがとうございました」

台湾大学の法学部で学んでいた俊徳さん。野球部でも活躍していた(林さん提供)
台湾大学の法学部で学んでいた俊徳さん。野球部でも活躍していた(林さん提供)