【民放連・最優秀賞受賞】異色の弁護士記者に聞く「揺さぶり虐待裁判」無罪続出の真相

「報道ランナー」(2020.2.6)でコメントする上田大輔氏(関西テレビ提供)

【対談】柳原三佳(ノンフィクション作家)×上田大輔記者(関西テレビ)

「揺さぶられっこ症候群(SBS)」事件で、またしても無罪が確定した。この4年で16件目、異例の事態だ。SBS取材で2020年の民放連賞最優秀賞や文化庁芸術祭優秀賞を受賞した関西テレビの上田大輔記者に、ノンフィクション作家の柳原三佳が話を聞いた。

柳原三佳(以下 柳原) 12月18日、「揺さぶられっ子症候群(SBS=Shaken Baby Syndrome)」の裁判で、検察が控訴を断念し、無罪が確定しました。生後4か月の長男を激しく揺さぶって虐待したとして、お母さんが傷害罪に問われていた事件ですが、この3年間、どれほど辛かったことでしょう。

上田大輔(以下 上田) 判決直後は、ご本人もご家族もホッとした様子でした。一方で、この3年で失われたものの大きさを思うと「無罪になって良かったですね」とは軽々しく言うことができませんでした。判決直後のインタビューで「今後同じような悲しい家族が出てほしくない」という母親の一言が印象に残っています。

柳原 我が子の不慮のけがや突然の病気を一番悲しんでいる親が「虐待」を疑われ、児童相談所によって子どもと引き離され、その後、逮捕、起訴される……、想像するだけで苦しくなります。

上田 私自身も幼い子どもの育児中ですが、当事者の「三重の悲劇」ともいえる苛酷な現実を前に、心底恐ろしくなりました。いつ自分が同じ立場になってもおかしくないなと。

上田記者自身も、4歳の女の子と2歳の男の子の子育て真っ最中だ(上田氏提供)
上田記者自身も、4歳の女の子と2歳の男の子の子育て真っ最中だ(上田氏提供)

柳原 一生懸命子育てをしていても、偶発的な事故は防ぎきれません。私も経験がありますが、ふと目を離したすきにつかまり立ちから転倒したり、高いところに上っていたり…。

上田 そうですよね。もちろん、事故はできる限り避けなければいけませんが、常に完璧な育児ができるとは限りません。取材を通してたくさんの当事者にお会いしていく中で、近年の虐待防止活動が、結果的に「育児がしにくい社会」を生んでいるのではと不安を覚えます。

柳原 上田さんがディレクターをつとめたドキュメンタリー番組『ふたつの正義 検証・揺さぶられっ子症候群』、『裁かれる正義 検証・揺さぶられっ子症候群』を始めとする一連の検証報道で、日本民間放送連盟賞の最優秀賞や文化庁芸術祭優秀賞を受賞されましたね。番組を拝見し、丹念な取材にもとづく映像の訴求力、真実の訴えを映し出す力の強さに感銘を受けました。

上田 ありがとうございます。私は「虐待をなくす正義」と「えん罪をなくす正義」が衝突する場面として、この問題を世に問いました。「ふたつの正義」の衝突をどう調整するのかが、この問題の本質を伝えるためにもっともふさわしい視点だと考えたのです。

柳原 多くの反響が寄せられたのでしょうね。

上田 「等しく天秤にかけられるものなのか」「虐待を見過ごすことになるのでは」といった厳しいご意見も頂戴しました。しかし、SBSについて書かれた国内文献や厚労省の虐待対応マニュアルなどには、誤認保護やえん罪に留意する記載はほとんどありません。これまで天秤にすらかけられていなかったことが、そもそもの問題だったのではないかと感じています。

関西テレビ「報道ランナー」https://www.ktv.jp/news/feature/202002270/ より(関西テレビ提供)
関西テレビ「報道ランナー」https://www.ktv.jp/news/feature/202002270/ より(関西テレビ提供)

▲「報道ランナー」動画リンク

■虐待を疑われた親たちに寄り添いながら

柳原 私自身もフリーの記者としてSBSの問題を取材し、記事や本を書いてきました。虐待を疑われた当事者の方々が結成する「SBS/ AHT(Abusive Head Trauma=虐待性頭部外傷)を考える家族の会」では、定例会のたびに上田さんとお会いしていますね。

上田 柳原さんとは、これまでも取材現場で何度もご一緒させていただきましたね。ご著書『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)は、SBSを疑われた当事者の経験をたくさん丁寧に紹介しておられ、この問題で苦しむ当事者が少なくないことがよく伝わる内容でした。

柳原 私は文字媒体ですが、テレビカメラを回しての取材となると特にご苦労が多いのでは?

上田 カメラ取材はハードルも高く、断られることが多い取材でした。えん罪被害に遭われた方々は、もともとメディアに対する強い不信感をお持ちです。逮捕時から身に覚えのないことを実名で報じられ、皆さん心に深い傷を負っておられますので。時間をかけてこちらの思いを繰り返し説明することで少しずつ信頼関係を築いていくことができたように思います。

柳原 上田さんがこの取材を始めるきっかけはなんだったのですか。

上田 現在「SBS検証プロジェクト」の共同代表をつとめておられる秋田真志弁護士と笹倉香奈教授がSBSの問題について講演される研究会にたまたま参加したことです。2017年4月のことでした。「今、冤罪が量産されているのではないか」という衝撃的なお話で、SBS事件の逮捕報道を行ってきたマスメディアの一員として、しっかり検証していかなければならないと強く思いました。

柳原 私も秋田弁護士から初めて話を伺った時には、大きなショックを受けました。海外ではすでに、SBS理論が疑問視され見直しが進んでいるというのに、日本では「揺さぶり=虐待ありき」で親たちが刑事訴追されていることに驚きました。そもそも「強い揺さぶり」って何なのかと?

上田 私も最初に調べたのはSBSの「揺さぶり」とは何かということでした。それは、「1秒間に3往復」という激しい揺さぶりのことで、成人男性が思い切り揺さぶった場合に最大限揺さぶれるのが「1秒間3往復」だと。しかし、女性にそのような揺さぶりができるのか。まず、そのことに疑問を感じましたね。

柳原 それは私も痛感しました。実際に逮捕、起訴された保護者の方々にお会いしてみると、「虐待」という言葉と結びつかないのです。ただ、取材の中で一番問題だと感じたのは、警察や検察が「虐待」と判断する根拠に、特定の「虐待専門医」による意見が影響していることでした。

上田 私もたくさんの裁判を傍聴してきましたが、検察側で登場する虐待専門医は同じ名前の人ばかりでした。“揺さぶり虐待”の疑いがあるかどうかを児童虐待に詳しいとされる一部の医師が判断しているという構図は明らかでした。

柳原 検察側で証言する虐待専門医は内科や小児科医で、脳の専門家ではないということにも疑問感じましたね。

上田 そうですね。なかでも強く印象に残っているのは、彼らが刑事裁判において、診断の核心部分における証言の撤回や変更を行う場面に何度も遭遇したことです。たとえば、大阪高裁では虐待専門の小児科医が、一審の有罪判決の大きな拠り所となった硬膜下血腫の「位置」を、二審ではなぜか変更していたんです。弁護人が問いただすと、この小児科医は血腫の「存在」すら撤回してしまったんです。あのときは、傍聴席の椅子から転げ落ちそうになるくらい驚きましたね。

柳原 私も傍聴していて、信じられませんでした。この医師の鑑定に基づいて、一審で有罪になった当事者のことを思うと、本当に憤りを感じました。

上田 これは、当該医師個人の問題というよりも、「虐待ありき」の診断や捜査が前提となる構造的な問題があるのではないかと感じています。専門家であろうと、個々人では「先入観」や「思い込み」から逃れられないことを前提に、どうしたら逆の立場でチェックできる仕組みが作れるのかが問われているように思います。

SBS問題をテーマに開催された国際シンポジウム(2018年)。海外からもに法律家や医師が出席し議論が行われた(撮影/柳原三佳)
SBS問題をテーマに開催された国際シンポジウム(2018年)。海外からもに法律家や医師が出席し議論が行われた(撮影/柳原三佳)

■児童相談所による誤認「親子分離」への対策

柳原 SBSの問題は刑事事件だけに限ったことではありませんね。虐待を疑われた当事者たちの家族会でも上田さんと一緒にたくさんの方々から体験を伺ってきましたが、みなさん「児童相談所による親子分離が何よりも辛かった」「児童相談所のやり方は“拉致”のようなもので本当にひどい」というお話をされていました。

上田 虐待じゃないのに長期にわたる親子分離が行われているのは本当に深刻な問題ですよね。児童相談所がまともな調査をせず、判断を虐待専門医に丸投げしているケースが少なくないと知って驚きました。そして、診断根拠が不十分で虐待の可能性がきわめて低いことが明らかになった後も、児相が最初の見立てに固執して、子供をなかなか戻そうとしないケースもかなりあるというのが取材を通しての実感です。刑事裁判においてはこの3年で大きな動きがあったので、最近は児童相談所の問題に取材の本腰を入れ始めています。

柳原 2020年8月には、赤ちゃんが右腕を骨折したことで虐待を疑われ、単なる事故だったにもかかわらず1年3か月間も親子が引き離された明石市のケースを報道されていましたね。

上田 はい。この報道には非常に大きな反響があり、明石市の泉房穂市長がすぐに問題の深刻さを認識し、行動を起こされました。放送の翌月には市長自らが両親に謝罪し、問題を検証する第三者委員会も立ち上がりました。

柳原 誤りを認め、再発防止に取り組まれた明石市長の素早い取り組みは素晴らしいですね。

上田 あるべき児童相談所のロールモデルをどんどん発信していっていただきたいと思いますし、私も今後、しっかり注視していきたいと思っています。

■「揺さぶられっ子事件」相次ぐ無罪判決は”革命的”

柳原 この3年間、互いにSBSの取材を続け、大きな変化を実感しています。上田さんは弁護士の資格もお持ちですが、これまでの変化と現状をどのようにご覧になっていますか。

上田 2018年3月以降、大阪では6件の無罪判決が出ましたが、有罪率99%とされる刑事裁判で起こっていることとしては“革命的”なことだと思います。特に、大阪高裁で相次いだ逆転無罪は大きな転換点となる判決でした。SBS理論の危険性や医師の「虐待ありき」の診断のあり方に注文をつけたといえる異例の内容で、SBS捜査の在り方に厳しい目を向け始めたと感じました。ちょっと大げさですが、「司法が目を覚ます瞬間」に立ち合えたのかもしれないと思っています。

*参考記事/『なぜ、大阪で無罪判決が続出? 「揺さぶられっ子症候群」の捜査をめぐる危うい現実』(2020/12/15配信)

柳原 生後2か月の孫を揺さぶったとして一審で懲役5年6か月の実刑判決を受けた祖母の山内泰子さんに、大阪高裁が無罪判決を下したときは私も傍聴していましたが、胸が詰まる瞬間でしたね。

上田 村山裁判長が無罪を言い渡した直後、傍聴席で私のすぐ後ろに座っていた山内さんの娘さんやお孫さんたちが一斉に泣き出しました。判決文を読み終えた裁判長は、被告人の山内さんに「あなたが(孫の)彩希(あやの)ちゃんを揺さぶったというのは間違い」と大きな声で語りかけ、「お辛い思いをされたと思います」とつぶやいたときはびっくりしました。裁判長が思わず無実であるという心証を吐露したと感じましたね。法廷が静まりかえったその瞬間を今も忘れることができません。

2019年10月、大阪高裁で無罪を勝ち取った直後、弁護士、家族と喜びを分かち合う山内泰子さん(撮影/柳原三佳)
2019年10月、大阪高裁で無罪を勝ち取った直後、弁護士、家族と喜びを分かち合う山内泰子さん(撮影/柳原三佳)

柳原 もう一件は、生後1か月の長女を揺さぶったとして一審で有罪判決を受けた母親に大阪高裁が逆転無罪を言い渡しましたね。

上田 あの判決の直後も、傍聴席で私の隣に座っていた被告人の女性の母親が、うずくまって泣き出しました。身に覚えのない虐待を疑われ長年耐え忍んできたのは家族も同じですよね。このときも掛ける声が見つかりませんでした。

■SBS問題、これからの課題

柳原 医療界はSBS裁判で無罪が相次ぐ一連の変化をどうとらえているのでしょうか。

上田 これだけSBSの診断根拠に疑問を呈する判決が出ているのですから、関係学会等で何かしらの検証は行われるのだろうとは思っていました。2020年10月、日本小児科学会が『虐待による乳幼児頭部外傷(Abusive Head Trauma in Infants and Children)に対する日本小児科学会の見解』を公表したのですが、これまでのSBS診断のあり方を検証した記載は見当たらなかったので残念だなと感じました。

柳原 たしかに、あの文書の中では「小児科医をはじめとする子どもに関わる医療者は、慎重にAHTの鑑別診断を行っている」と結論付けていますね。

上田 人の人生を大きく左右する刑事裁判の法廷で、有罪の主たる根拠とされた診断意見を撤回したり変更した医師が、はたして「慎重に鑑別診断を行っている」と言えるのでしょうか。検証すべきポイントがズレているのではと感じます。

2019年12月、大阪で行われた山内泰子さんの無罪確定報告会には多くの法曹関係者やメディアが集まった(撮影/柳原三佳)
2019年12月、大阪で行われた山内泰子さんの無罪確定報告会には多くの法曹関係者やメディアが集まった(撮影/柳原三佳)

柳原 2020年12月には、日本子ども虐待防止学会も『乳幼児頭部外傷/揺さぶられ症候群(AHT/SBS)をめぐる無罪判決と子どもの保護』を公表し、無罪判決がなされたからといって、AHT/SBSを疑われる子どもについて、福祉的保護が必要でなくなるわけではないと主張していますね。つまり、「無罪や不起訴になっても、児童相談所の保護はこれまで通りでいいんだ」というふうにも聞こえますが。

上田 刑事裁判と家事審判の制度が違うという説明はその通りなんですが、SBSでいま問題になっている事の本質からは目を背けているように感じました。児相が長期の親子分離の判断を行う際や捜査機関が逮捕・起訴を行う際に拠り所としてきたのは、どちらも虐待専門医の診断です。厳密な立証が求められる刑事裁判の場でその診断根拠が不十分ではないかと問題視されているのに、診断根拠を同じくする児相の判断は今のままでもいいと考えているんだとしたら問題ですよね。

柳原 SBSによる逮捕・起訴が増え始めたのは2010年前後です。これまで、虐待専門医と呼ばれる一部の医師たちが先頭に立ち、虐待から子どもの命を守るという「正義」のもと、病院、児童相談所、警察を引っ張ってこられました。それはとても大切な取組みですね。

上田 そうですよね。子どもの権利を守る活動には敬意を表したいですし、虐待専門医のこれまでの取り組みを全否定するつもりもありません。児童相談所についても、当初はケガの原因がはっきりせず一時保護が必要な場合があることもよく分かるんです。でも、私が問題だと感じているのは、調査・捜査の結果、虐待と診断する根拠がない、その可能性がきわめて低いことが判明していくケースです。こうしたケースでも親子分離や刑事裁判が延々と続けられている現実をいくつも見てきました。「虐待防止のためにはこれも仕方のないことだ」と言う人がもしいるのなら、それは違うと思います。今行われている児相の対応が本当に「子どものため」になっているのでしょうか。そして、今のままで安心して子供を産み育てていける社会になっているのでしょうか。今一度社会に問いかけていきたいと思っています。

柳原 まだまだ問題は山積みですが、お互いに引き続き取材を続けていきたいですね。ありがとうございました。

上田大輔記者(大阪)と柳原三佳(千葉)、リモートで対談をおこなった(上田氏撮影)
上田大輔記者(大阪)と柳原三佳(千葉)、リモートで対談をおこなった(上田氏撮影)

【上田大輔氏 略歴】

2002年、早稲田大学法学部卒業。2006年、北海道大学法科大学院卒業。2007年、司法試験合格。2009年 、関西テレビ放送株式会社入社 。 社内弁護士としてコンプライアンス推進室コンプライアンス推進部に配属。2013年、編成局 知財推進部に異動。2016年、自ら志望して報道局報道センターに異動 (遊軍記者として SBS 問題など取材)。2020年9月からは大阪府庁担当記者に 。

【SBS関連報道・受賞歴】

(ふたつの正義)

・2018年日本民間放送連盟賞テレビ報道番組部門優秀賞

・第27回FNS ドキュメンタリー大賞特別賞

(裁かれる正義)

・第27回坂田記念ジャーナリズム賞 第1部門[スクープ・企画報道]

・第40回「地方の時代」映像祭2020放送局部門選奨

・令和2年度文化庁芸術祭テレビドキュメンタリー部門優秀賞

・第9回日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞

(揺さぶられっ子症候群の検証報道)

・第57回ギャラクシー賞報道活動部門選奨

・2020年日本民間放送連盟賞「放送と公共性」部門最優秀賞

「揺さぶられっ子症候群」の刑事裁判で、ここ数年、無罪判決が相次いでいる大阪地裁・高裁。2020年12月18日にも検察が控訴を断念し無罪が確定した(撮影/柳原三佳)
「揺さぶられっ子症候群」の刑事裁判で、ここ数年、無罪判決が相次いでいる大阪地裁・高裁。2020年12月18日にも検察が控訴を断念し無罪が確定した(撮影/柳原三佳)