10月末、以下のニュースが大きく報じられました。

『俳優・伊藤健太郎容疑者、ひき逃げ疑いで逮捕 2人けが』(2020.10.29/朝日新聞)

 衝突事故を起こしながら被害者を救護せず、百数十メートル先まで逃走したことについて、伊藤氏は「気が動転した。パニックになってしまった」と供述。救護義務違反(ひき逃げ)の容疑を認めているとのことです。

 実は、この事件後、私のもとには複数の被害者遺族から、以下のような声が寄せられました。

「当方の加害者は事故後1時間半も現場を離れていましたが、結局、救護義務違反では起訴されませんでした」

「うちの事故の加害者もそのまま走り去ったのに、『ゴミを轢いたと思った』と供述したため、ひき逃げでは逮捕されませんでした」

■なぜ「ひき逃げ」で起訴されないのか……。納得できない遺族の思い

 2015年、高校入学を間近に控えた長男を失った和田真理さん(48)も、同様の疑問を抱く遺族の一人です。

「横断歩道を渡っていた樹生(みきお)を大幅な速度超過ではね飛ばした加害者は、救護措置を講じるどころか、樹生を発見しないまま現場を離れ、酒の臭いを消すために近くのコンビニでブレスケア(口臭防止商品)を購入し、半量を口に入れてかみ砕いていました。110番も、119番通報もしていません。それなのに、救護義務違反(ひき逃げ)の罪に問われていないのです。今回、若手俳優逮捕のニュースを目にし、改めて疑問を感じています」

酒気帯びの上、約40キロの速度超過で樹生さんに衝突した加害者の車(和田さん提供)
酒気帯びの上、約40キロの速度超過で樹生さんに衝突した加害者の車(和田さん提供)

 自動車運転処罰法違反で起訴された加害者のA(当時42)に対して、長野地裁佐久支部は、この事故の主因を被告人の「前方不注視」と認定。2015年9月、禁錮3年、執行猶予5年の判決を下しました。

 判決文には「被告人の過失の程度及び生じた結果は重大である」と明記しながらも、執行猶予の理由について「同種の過失運転致死事案との公平性の観点も欠く事ができない以上、被告人を直ちに実刑に処することは躊躇されるところである」と記されていました。

 執行猶予付きの判決に納得できなかった和田さん夫妻は控訴と実刑を求め、急遽、4万筆を超える署名を集めて長野地検に提出しました。しかし、地検は「控訴理由が見当たらない」として不控訴を決定し、判決は確定。遺族は今も、救護義務違反での起訴を求め訴え続けています。

 なぜ、この事故は「ひき逃げ」に問うことができないのか。

 遺族はこれまでどんな闘いを続けてきたのか……。

 長野県佐久市の事故現場で、和田善光さん(50)、真理さんご夫妻にお話を伺いました。

事故当日、樹生さんが履いていたシューズを手に……。和田さん宅のリビングには、今も樹生さんの愛用のベースギターをはじめ、数々の遺品が飾られている(筆者撮影)
事故当日、樹生さんが履いていたシューズを手に……。和田さん宅のリビングには、今も樹生さんの愛用のベースギターをはじめ、数々の遺品が飾られている(筆者撮影)

■自宅前の横断歩道で、突然奪われた我が子の命

 事故が起こったのは、2015年3月23日、午後10時7分頃のことでした。

 父親の善光さんは、5年前の辛い記憶を振り返ります。

「あの日は、とても寒い夜でした。自室でくつろいでいると、妻が『近くで大きな音がして、車同士の事故があったみたい』と話しかけてきました。塾に行っていた樹生はまだ帰宅しておらず、何かとてもいやな感じがしたので、私は確認のため外に飛び出しました」

 次の瞬間、善光さんの目に飛び込んできたのは、すぐ前の横断歩道に散乱する見慣れた運動靴でした。

「あのときに受けた衝撃、絶望感は一生忘れることはないでしょう。それは私が愛用していたランニングシューズで、樹生に譲ったものだったのです……」

 善光さんがとっさに後ろを振り返ると、横断歩道から4~50メートル離れた歩道上に人だかりが見えました。

「急いで駆け寄ると、そこには樹生がありえない姿で倒れていました。一目見て、生命に関わる大けがを負っていることが分かりました。でも、頭の中ではその考えを拒否して認めようとしないのです。私はパニック状態で叫び続けました。『ミッキー、目を開けろ、死ぬな、お願いだから死なないでくれ!』と」

 119番通報をしたのは、後を追って駆け付けた母親の真理さんでした。

「震えながら救急車に電話し、一刻も早く樹生を助けて欲しいと願いました。けれど、やっと到着した救急車に樹生が乗せられる時、まるで命のともし火が消えゆくことを暗示するかのように、小雪が舞っていたことを覚えています。横断歩道を渡りきれば、そこはもう、両親と二人の妹が待つ家だったのに……、樹生は二度と帰らぬ人となってしまったのです」

 病院に到着後、間もなくして樹生さんの死亡が確認されました。

『脳挫傷、緊張性気胸、頚椎脱臼、右腕開放骨折、心破裂、右肋骨骨折、右側骨盤骨折、右頬骨骨折、右腰椎骨折、右後頭部に切創……』

 死亡診断書に列記された複数の傷病名は、身体に受けた衝撃がいかに大きなものであるかを物語っていました。

事故の前年、15歳の誕生日を迎えたときの樹生さん。これが最後のバースデーケーキとなった(和田さん提供)
事故の前年、15歳の誕生日を迎えたときの樹生さん。これが最後のバースデーケーキとなった(和田さん提供)

 

 3月中旬、地元の難関校に合格を果たし、つい4日前には中学校の卒業式を終えたばかり。

 スポーツや音楽に積極的に取り組み、勉強にも力を入れ、どんな悪天候でも、「親に迷惑をかけるから」と送迎を断り、愛用の赤いリュックをしょって徒歩で黙々と塾に通い続ける、そんな少年でした。

 善光さんは悔しそうに語ります。

「春から始まる高校生活への希望を抱き、充実した日々を送っていた樹生の命は、15歳という若さで突然奪われてしまいました。その理不尽さ、無念さを思うと、これほど悲しいことはありません。あの凍えるような寒空の下、救急車が到着するまでなぜ20分以上もかかってしまったのか。なぜ、加害者は一刻も早く樹生を見つけて、救護しなかったのか。それは、事故を起こしたドライバーとして、当然の義務であるはずなのに……」

樹生さんが愛用していた赤いリュックサック。事故のときも背負っていた(筆者撮影)
樹生さんが愛用していた赤いリュックサック。事故のときも背負っていた(筆者撮影)

■酒気帯びでハンドルを握った加害者

 加害者のAはこの夜、午後8時頃から居酒屋で約2時間にわたって飲酒していました。同席していた仲間の調書には、『生ビールの他に男3人で焼酎を1本空けた』とありました。

 飲み会が終わって店を出ると、二次会はボーリングということになり、Aは酒気帯びであったにもかかわらず、自らハンドルを握ったのです。

 事故現場となった横断歩道まではわずか600メートルの距離でした。

 住宅街の中の見通しの良い直線道路で、交差点の手前には「信号のない横断歩道あり」を告げるひし形(ダイヤ)のマークがはっきりとペイントされています。

 樹生さんは塾からの帰り道、この横断歩道を真ん中付近まで渡ったところで、右から中央線をはみ出して走行してきたAの車にノーブレーキで衝突され、約50メートルも撥ね飛ばされたのです。

現場交差点。樹生さんは自宅マンション(写真中央)に帰宅するためこの横断歩道を半分まで横断中、酒気帯び運転の車に撥ねられ、マンション前の歩道まで約50メートル飛ばされた(筆者撮影)
現場交差点。樹生さんは自宅マンション(写真中央)に帰宅するためこの横断歩道を半分まで横断中、酒気帯び運転の車に撥ねられ、マンション前の歩道まで約50メートル飛ばされた(筆者撮影)

「実は、事故時の映像が、近くに設置されていた防犯カメラに記録されていました。そこには樹生と思われる小さな黒い影が高く撥ね飛ばされる瞬間や事故後に現場を歩く加害者の姿も映っていました。刑事裁判終結後、私たちは、独自に専門家を捜して測量、解析を依頼し、加害車の速度や走行経路、移動距離などを徹底的に分析したのです」(善光さん)

 以下が、衝突状況を再現したCG動画です。

 

 この記録に基づきながら、事故発生からの加害者(A)の足取りをおおまかに振り返ってみたいと思います。(*下記は補正後の時刻です)

●22:07:21

 事故発生

●22:07:31 

 衝突地点から99.5メートル先に進んだ地点でAが車を止める(車のフロントガラスは大きく破損)

●22:07:35 

 Aが車から降り、南側の歩道を歩きながら現場交差点方向へ移動。ガラス片や靴の散乱に異常を感じ車を停止させていた2人の女性に「人を轢いちゃったみたいなんですけど……」と話す。

 驚いた女性たちは「救急車を呼びましたか!」と大声で尋ねる

●22:11:52

 Aが再び自車に戻り、ハザードを点灯

●22:12:16 

 Aが近くのコンビニへ入店。「逃げられる」と思った2人の女性が追跡し、車のナンバーを控え、コンビニ駐車場でAの動向を見張る

●22:13:04 

 Aがブレスケアを購入後、コンビニから退店

●22:14:00 

 第三者の通行人が北側歩道に倒れている樹生さんを偶然発見。泥酔者が寝ているのだと勘違いし110番通報

●22:16:14 

 Aと連絡を取り、駆け付けた仲間がコンビニに到着。仲間たちは迷うことなく樹生さんのもとへ

●22:17:00 

 Aの仲間が119番通報

●22:18 頃

 父親の善光さんが駆け付ける(正確な時刻は不明だが、Aはこの時点で樹生さんの傍にいた)

●22:19:00 

 自宅から駆け付けた母親の真理さんが119番通報

 

 真理さんは語ります。

「この経緯を見ても明らかなように、加害者は人を撥ねたことをはっきり認識していながら、少なくとも約10分間、樹生を放置していました。直ちに救護措置が取られていれば、樹生は助かったかもしれません。また、初動捜査で時速76キロ(法定速度は60キロ)とされていた加害車の速度は、映像解析の結果100キロを超えている可能性が浮かび上がりました。そこで、改めて告訴したところ、再捜査が行われ、最低でも時速96キロ出ていたことが判明したのです」

現場の詳細な図面を指さしながら、事故状況を説明する父親の善光さん(筆者撮影)
現場の詳細な図面を指さしながら、事故状況を説明する父親の善光さん(筆者撮影)

■なぜ、この事故が「ひき逃げ」にあたらないのか? 

 さらに調査する中で次々と明らかになる加害者の違法行為に、和田さん夫妻は愕然とします。

 まず、Aは事故の1か月前にもガードレールなどを大きく破損させる単独事故を起こしていました。この事故は近隣やネット上で話題になっていたにもかかわらず、Aは警察に届けを出さず、警察も特に捜査をしませんでした。

 また、樹生さん死亡の罪を問われた刑事裁判の法廷で「極力運転はしない」と話していた加害者は、1年間の免許取り消し期間を終えるとすぐに普通免許と大型免許を取得し、不正改造をした大型車を業務で運転したことも明らかになっています。

 この件ではA自身が道路運送車両法違反で起訴され、勤務先の代表取締役で「今後、Aには一切運転させない」と証言した実父も、道路交通法違反で罰金刑を受けています。

もし、先に起こった物損事故がきちんと捜査されていれば、1か月後の死亡事故は防げたかもしれない……、そう思うと本当に悔しくてなりません。とにかく、法律に素人の私たちから見れば、樹生の死亡事故は、救護義務違反、報告義務違反、アルコール等影響発覚免脱罪、危険運転、すべてが当てはまるように思うのです」(真理さん)

事故から5年目の夏、樹生さんが飛ばされ倒れていた場所から、衝突地点の横断歩道を見つめる和田さん夫妻(筆者撮影)
事故から5年目の夏、樹生さんが飛ばされ倒れていた場所から、衝突地点の横断歩道を見つめる和田さん夫妻(筆者撮影)

 

 和田さん夫妻は2020年9月にも、東京高検に不服申し立てを行いました。

「樹生の死亡事故は、事故発生を認識した加害者が、救護措置以外の行為に時間を費やしており、救護義務違反(ひき逃げ)でも起訴されるべき事案である」

 というのがその主張です。

 申立書には、遺族の思いがこう綴られていました。

 救護義務違反の対象となる時間とは、重傷を負った被害者が救護を求めていた時間です。樹生の人権、生命が最も尊重されるべきだと思います。次席検事は「理想的な行為を何かしなければ救護義務違反になるわけではない」と仰いました。しかし、事故を起こした運転者が直ちに被害者の救護を行うことは、条文にも明記された規則であり、119番通報することは社会共通の認識です。

 重傷を負った被害者は一刻も早く医師の診療を受けなければ死に至るのは自明です。「運転者は、被害者が直ちに医師の診療が受けられるよう措置を講じたか」ということが、救護義務違反を判断するうえで重視されるべきだと思います。

 

 申し立てから3か月、検察庁からの返事や再捜査の動きはまだありません。

 事故からすでに5年8か月の歳月が流れました。

■両親が植えた「ミッキーの樹」に馳せる思い

 

 佐久市の事故現場で取材させていただいたその日、私は和田さん夫妻にもうひとつの場所を案内していただきました。

 澄み切った空と信州の山々に抱かれた小さな花壇には、芝桜やラベンダーなど色とりどりの花が植えられ、アプローチの入り口には『ミッキーの樹 広場』という看板が掲げられています。

事故後、両親が樹生さんを偲んで信州に造った「ミッキーの樹 広場」
事故後、両親が樹生さんを偲んで信州に造った「ミッキーの樹 広場」

 

 そして、広場の中央には、「ミッキーの樹」と名付けられたコブシの樹が植栽されていました。

「事故の数か月後から、妻と二人で少しずつ土を掘り起こし、整備を始めました。ちょうど樹生の身長と同じくらいの苗を見つけたので、ここに植えたんです。自宅から離れているので、頻繁に手入れすることはできませんが、それでも2週間に一度は足を運んでいます。樹生の成長を見ているようで、楽しみなんです」

 善光さんはそう言って目を細めます。

 真理さんも一枚の写真を見せながら、こんな思い出を語ってくださいました。

「これは小学校時代の先生が校庭のコブシの木に作ってくださったツリーハウスです。樹生はこれが大のお気に入りで、ほら、このときも一番上に登っているでしょう。いつかミッキーの樹もこんなに大きく成長してくれたら嬉しいなあと思っています」

樹生さんが大好きだった小学校校庭のツリーハウス(和田さん提供)
樹生さんが大好きだった小学校校庭のツリーハウス(和田さん提供)

 

 両親が変わらぬ愛情を注ぎながら、樹生さんを育ててきたように、『ミッキーの樹 広場』の草木も、心を込めて育てられています。

 この地には、未来への夢と、戻ることのできない悲しみと、そして無言の決意が込められているように私には感じられました。

 和田さん夫妻は語ります。

「私たちは、決して警察、検察、裁判官を恨んでいるのではありません。ただ、この先、同じ思いをする人が出ないよう、少しでも良い方向に変わるためにも、改善して欲しいことが沢山あるのです。あの日から長い時間が過ぎましたが、こんな事故があって、今も苦しんでいる遺族がいるということを知っていただけたら有難いと思います」