息子のいない小学校の卒業式に、母が虹色の着物で出席した理由

交通事故で亡くなった息子の卒業式に特別な着物を誂えて出席した母の思い(遺族提供)

 今、世界中が新型コロナウイルス感染拡大に怯え、その対応に追われています。

 WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム事務局長が「パンデミック(世界的流行)が加速している」と警告したのは、3月23日のことです。

 その後も世界中で感染者は増え続け、WHO等の発表によると、4月6日の午後10時現在、世界の感染者数は128万人を超え、死者数は7万482人にのぼっています。

■世界では、年間135万人が「交通事故」で死亡

 一方、地球上では、24秒に1人のペースで桁外れの死者を生み出している「輪禍」が起こっていることをご存知でしょうか。

 一昨年12月7日のAFP通信によると、WHOは「世界で年間135万人が交通事故で命を落としている」と発表

 奇しくも、前出のテドロス事務局長がこの状況について、「交通の代価として容認できない犠牲だ」と指摘し、「これは、解決策が既に分かっている問題だ」と述べています。

 年間135万人……、あまりに大きなこの犠牲者数の裏側で、どれほど多くの悲しみ、苦しみが蓄積されてきたことでしょう。

 3月末、「息子のいない卒業式」に出席したひとりの母親が、その思いを語ってくださいました。

小4のとき交通事故で亡くなった息子の遺影を抱き、卒業式に虹模様の着物で出席した母親の理絵さん(理絵さん提供)
小4のとき交通事故で亡くなった息子の遺影を抱き、卒業式に虹模様の着物で出席した母親の理絵さん(理絵さん提供)

■卒業式で名前を呼ばれても、返事はなく……

『小学校の卒業式でマサムネの名前が呼ばれました。でも、ハイ! という元気な返事は聞こえません。その瞬間、思わず泣き叫んでしまいそうになりましたが、タオルを噛んで、こらえました……』

 理絵さん(40)から、数枚の写真と共にそんなメッセージが届いたのは、3月25日のことでした。

 桜色の着物を身にまとい、微笑む彼女の手には、学ランを着た少年の写真が抱かれています。

「写真屋さんにお願いして、学ランに着せ替えてもらったんです。マサムネもきっと、みんなと一緒に卒業して中学に行きたかったはずだと思ったので。仲良しだったクラスメイト達も『マサムネと一緒に卒業するんだ~』と言って、集まってきてくれました。本当に嬉しかったですね。けれど、写真を見ていたら、マサムネが可哀想で、悔しくて、涙が出てきました。そして、いつもこう思うんです。なんでマサムネが居ないんだろう。なんで私が生きてるんだろう、逆ならよかったのに……、って」

小学校の卒業式を迎え、マサムネくんの写真を取り囲む同級生たち(理絵さん提供)
小学校の卒業式を迎え、マサムネくんの写真を取り囲む同級生たち(理絵さん提供)

■衝突音を聞いて、とっさに「爆撃を受けた!」と……

 

 事故が起こったのは、2017年、9月半ばの夕方でした。

 

「あの日、学校から帰宅した後、友達と一緒に自転車で出かけるマサムネを玄関先で見送った直後でした。聞いたことのないような大きな音が聞こえたのです。その瞬間、私は『マサムネが爆撃を受けた!』と思いました。我が家は米軍基地の近くにあり、低空飛行をする飛行機の轟音がよく聞こえていたので、とっさにそう感じたんだと思います」

 事故現場は自宅からわずか30メートル、閑静な住宅街の中のT字交差点でした。

 すぐに駆け付けると、マサムネくんと自転車が倒れていて、アスファルトの上は血の海になっていました。

 近くにはマサムネくんを轢いた乗用車と、運転していた女性(57)が立っていました。

息子のマサムネくんが亡くなった事故現場で。「ここにまだ、自転車の擦過痕が残っているんです」とアスファルトをさする理絵さん(筆者撮影)
息子のマサムネくんが亡くなった事故現場で。「ここにまだ、自転車の擦過痕が残っているんです」とアスファルトをさする理絵さん(筆者撮影)

「『マサムネ! お母さんだよ、しっかりして!』私は半狂乱になって呼びかけましたが、ゴボッと大量の血を吐いたマサムネはそれきり何も返事をしませんでした」

 理絵さんは一緒に救急車に乗り込みました。

 病院に着いたとき、迎えに出たナースたちは、服が血で染まっていた理絵さんも事故の被害者だと思ったそうです。

 心肺停止状態だったマサムネくんの胸はすぐに切り開かれ、医師の手によって直接心臓マッサージが行われました。

 理絵さんは「私の心臓を移植してください!」と叫んだそうです。

 しかし、その申し出が叶うはずはなく、マサムネくんは間もなく息を引き取りました。

 享年9歳、小学校4年生の2学期が始まったばかりの出来事でした。

事故のときマサムネくんが身に着けていた水筒(理絵さん提供)
事故のときマサムネくんが身に着けていた水筒(理絵さん提供)

「これは、事故のとき、マサムネと一緒に車に踏み潰されてしまった水筒です。マサムネが身に付けていた服やカバンは、捜査が終わった後に警察から返されましたが、ずっと見ることができませんでした。あの日から2年半経って、水筒だけはなんとか取り出してみたんです。事故の直前に私が入れてあげた麦茶が満タンに入ったままでした。今出せるのは、これが精一杯です。これから民事裁判なので、辛い証拠から目を背けるわけにはいかないんですが……」

■息子の小学校に寄贈した「小さな図書館」

 関節リウマチの持病に苦しむ理絵さんにとって、マサムネくんは、最初で最後の、たった一人の子どもでした。

 投薬治療の影響があるため、次の妊娠は医師から止められていたのです。

 痛みをこらえる母親の姿を間近で見ていたからでしょう、マサムネくんは幼いころから、甘えたいときや抱っこしてほしいときもじっと我慢をし、「ボク、大きくなったらお医者さんになって、おかあさんの病気を治してあげるからね」そんな言葉をかけてくれる、優しい男の子でした。

事故から3年目。部屋の中は当時のまま。マサムネくんが丸めたお菓子の包み紙もそのままだという(筆者撮影)
事故から3年目。部屋の中は当時のまま。マサムネくんが丸めたお菓子の包み紙もそのままだという(筆者撮影)

「マサムネは物心ついたころから本が大好きで、低学年から夏目漱石や芥川龍之介などの小説を読んでいました。でも、可愛らしい絵本や児童書も大好きでしたね。私が体調不良で寝込んでいるときは、そっと私のそばに来て、『おかぁさん、マサムネが、本を読んであげようか?』と読み聞かせをしてくれる子どもだったんです」

 マサムネくんが事故で亡くなってからも、理絵さんは気が付くと、ふと書店に立ち寄り、本を買っている自分に気がつくそうです。

「先日も古本屋さんでマサムネが気に入りそうな本をみつけました。『ご本買ってきたよ~』と言うと、ニコニコの笑顔で『一緒に読もうね!』って……、その言葉が聞きたくて、また、マサムネに読み聞かせしてあげたくて、つい、買ってしまうんですよね」

 そこで、理絵さんは思いついたのです。

「マサムネが大好きだった沢山の本と同じものを小学校に寄贈して、小さな図書館を作ろう」と。

マサムネくんの小学校に設置された『心のにじ文庫』。これから本を増やしていく予定だという(理絵さん提供)
マサムネくんの小学校に設置された『心のにじ文庫』。これから本を増やしていく予定だという(理絵さん提供)

 小さな図書館の名前は、『心のにじ文庫』

 書棚に飾られたイラストは、「森の中で動物たちに本の読み聞かせをするマサムネくん」です。

 理絵さんの友人が、心を込めて描いてくれたそうです。

「マサムネがいなくなっても、マサムネが大好きだった本たちを小学校のお友達が手にし、読んだ後、心に虹がかかったように晴れ晴れとした気持ちになってくれたらいいなあ、そんな思いを込めてこの名前をつけさせてもらいました。学校の先生方にもご快諾いただき、本当に感謝しています」

理絵さんの友人が描いてくれたマサムネくんの姿
理絵さんの友人が描いてくれたマサムネくんの姿

■虹色の着物に秘められたメッセージ

 理絵さんがマサムネくんの卒業式のためにと特別に誂えた着物には、裾の部分に鮮やかな虹の模様が描かれています。

 その華やかさが、ひときわ目を引きました。

 この「虹」は、『心のにじ文庫』に由来しているのでしょうか。

 理絵さんはその理由をこう語ります。

「マサムネは虹が大好きだったんです。虹を見つけると、いつもとっても喜んでいました。実は、事故の日、大きくて見事な虹が空にかかっていたんです。私は救急車の中だったので見ることはできなかったのですが、たくさんの人があの日の虹に感動し、撮影していたそうです。マサムネは大好きな虹に見守られながら、天国へ旅立っていきました。だから、マサムネの卒業式には、絶対に虹の着物を着ようと思って……」

 そして、理絵さんは、この着物に隠されたもうひとつの秘密を教えてくれました。

 裾をそっとめくると、下前の裾の部分には、マサムネくんが5歳のとき、母の日に書いた直筆の手紙が写しとられていたのです。

卒業式のために誂えた着物の裾には、マサムネくんからの手紙が……(理絵さん提供)
卒業式のために誂えた着物の裾には、マサムネくんからの手紙が……(理絵さん提供)

 おかあさんへ

 いつもごはんとかはみがきしてくれたりしてありがとうございます。

 これからもよろしくおねがいします。

 なかよしなときとか

 なかよしじゃないときとかもあるけど

 これからもなかよしでいようね

 

      まさむねより

着物にプリントされたマサムネくんからの母の日の手紙(理絵さん提供)
着物にプリントされたマサムネくんからの母の日の手紙(理絵さん提供)

■子どもの死因、第1位は「交通事故死」

「Global Status Report on Road Safety(世界の交通安全に関する現状報告)」の2018年版によると、世界の交通事故死者数は直近の3年間で毎年約10万人増加し、5~29歳の死因第1位となっているそうです。

 毎年、車によって多くの子どもたちが命を奪われています。

 これが当たりまえの世の中であってよいはずがありません。

 

 日本では今年も、4月6日から15日まで、「春の全国交通安全運動」が行われています。

 しかし、新型コロナウイルスの影響によって、期間中に全国各地で予定されていた多くのイベントが中止となっています。

 理絵さんは訴えます。

「私自身、小学校4年のとき青信号で横断中に車にはねられた経験があるので、交通事故に対しては日ごろから特に注意をしていた方だと思います。マサムネを交通少年団にも入れていました。それでも、被害に遭ってしまいました……。感染症も交通事故も、突然に命を奪われるという意味では、両方とも同じ現実です。ハンドルを握る方々には、どうか交通事故についても他人事だと思わず、子どもの命を守る運転を心がけていただきたいと思います」