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【ながらスマホ】来年から罰則強化 2年前、娘の命を奪われた遺族の思い

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
急増する運転中の「ながらスマホ」。人の命を奪う危険性がある極めて危険な行為です(ペイレスイメージズ/アフロ)

 警察庁は12月20日、携帯電話やスマホを使用しながら車を走行させる、「ながら運転」について、罰則強化と反則金の引き上げを行う方針を固めました。

 この日、公表された道交法改正試案によると、ながら運転をしただけで、現行の「5万円以下の罰金」が、「6カ月以下の懲役または10万円以下の罰金」になるということです。

 また、事故を起こしかねない危険を生じさせた場合は、「3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金」から、「1年以下の懲役または30万円以下の罰金」に引き上げられることになります。

 反則金の限度額は、車種ごとにそれぞれ以下のように引き上げられます。

●大型自動車   1万円 → 5万円

●普通自動車    8000円 → 4万円

●小型特殊自動車  6000円 → 3万円

 もし、事故を起こしかねないような危険を生じさせた場合は、行政処分(反則金)の対象から外し、刑事処分となります。

 いずれにせよ、この試案が来年の国会で成立すれば、ながらスマホ運転が見つかった場合、罰則はかなり厳しくなるといえるでしょう。

2016年4月、スマホのながら運転で前方にいた20歳の竹田ひとみさんをはね、フロントガラスが大破した加害者の車(遺族提供)
2016年4月、スマホのながら運転で前方にいた20歳の竹田ひとみさんをはね、フロントガラスが大破した加害者の車(遺族提供)

■横行する「ながらスマホ」運転

「歩きスマホ」に「自転車スマホ」……、最近、さまざまな場面で「ながらスマホ」を見かけるようになりました。

 先日、高速バスに乗ったときに驚いたのは、車を運転中にスマホや携帯電話を触っているドライバーが実に多いことです。

 バスに乗ると高い位置から他車の運転席が見下ろせるのですが、その多さには本当に愕然としました。

 今やスマホは生活の一部。電話だけでなく、LINEやメール、音楽を聴いたり、カーナビとして使ったり、常に手のひらの中にあると言っても過言ではありません。

 しかし、「ながらスマホ」という行為を、決して甘く見てはいけません。スマホに気を取られている間に、いったい車は何メートル進むのか? そして実際に、どれほど酷い事故が起こっているのかを、この機会にしっかり認識する必要があるでしょう。

■スマホに気を奪われたドライバーに、娘の命まで奪われて……

「今回の道交法改正で『ながらスマホ』に対する罰則強化がやっと実現する可能性が見えたことは大きな第一歩だと思います。いったい、この改正案が出来るまでに、どれほどの命が犠牲となったのでしょうか。私たちの娘がその土台の一人なのだと思うと、とても苦しく、悲しいばかりです。そんなものにならなくてもいいから、ただ生きていてほしかった。でも、娘の死を語ることによって、ながら運転が一件でも減ってくれれば……、今はただそれだけを願っています」

 そう語るのは、2016年、成人式を迎えたばかりの長女をながらスマホによる事故で失った、岐阜県多治見市の竹田さん夫妻です。

ひとみさんがながらスマホ運転の車に衝突され死亡した、岐阜県土岐市の事故現場(遺族提供)
ひとみさんがながらスマホ運転の車に衝突され死亡した、岐阜県土岐市の事故現場(遺族提供)

 2016年4月6日午後9時頃、竹田ひとみさん(当時20)は、岐阜県土岐市の県道で、車にひかれた猫を助けようとしていたところ、直進してきた乗用車にはねられました。

 加害車はノーブレーキだったのでしょう。その衝撃は大きく、ひとみさんはほぼ即死だったそうです。

 加害者は、出産を間近に控えた31歳の女性でした。助手席に置いたスマホに気を取られて、前を見ていなかったことが事故の原因だったといいます。

 現場はほぼ直線の、見通しのよい道路です。なぜ、前方に人がいることにまったく気づかなかったのか……。

 それはまさに、前方を見ていなかったからにほかなりません。

 視線も、心も、瞬く間に運転から離れてしまう、これが「ながらスマホ」の恐ろしさです。

■「ながらスマホ」運転が奪った、かけがえのない命

 母親の直美さんは語ります。

「娘はこの年の1月に成人式を迎え、2月に20歳になったばかりでした。そして、その2カ月後、大人の女性としての人生を輝かせることもなく、突然、命を奪われたのです。当時はまだ、『ながらスマホ』に対して、世間も警察も甘く考えているようでした」

事故で死亡したひとみさん(当時20)。4か月前に成人式を迎えたばかりだった(遺族提供)
事故で死亡したひとみさん(当時20)。4か月前に成人式を迎えたばかりだった(遺族提供)

 じつは当初、ひとみさんの死亡事故は、単なる「わき見」で処理されようとしていました。しかし、竹田さんら遺族の訴えもあり、「ながらスマホ運転」という危険な行為が認められ、加害者には禁錮9月の実刑が下されました。

 竹田さんは今も不安を感じていると言います。

「娘の事故は、加害者本人が『ながらスマホ』を自ら供述していたので実刑となりました。でも、実際には、ながらスマホでの事故が多発しているのに、それを立証できないケースの方が多いのではないかと思うのです。また、今回、法改正が実現しても、どうやって『ながら運転』を取り締まるのでしょうか? 結局、改正案は根本解決を図るものではなく、あくまでも抑止効果を狙っただけにも見えます。私たちの立場から見れば、そもそも、これで厳罰化といえるかどうかは疑問ですが、とにかく、これが抑止力になって、未然に防げる事故が増えることを願うことしか出来ません」

竹田さん夫妻の思いが掲載された、毎日新聞記事(遺族提供)
竹田さん夫妻の思いが掲載された、毎日新聞記事(遺族提供)

■変えてほしい。「ながらスマホ」運転への甘い認識

 携帯電話やスマホの「ながら運転」をめぐっては、ひとみさんの死亡事故から半年後、愛知県一宮市で起こった事故がきっかけとなって大きく報道されるようになりました。

 スマホ向けの「ポケモンGO」というゲームをしながら運転していたトラック運転手が、小学生の男の子をはね、死亡させたあの事故です。

 その後、遺族や自治体などから、「ながらスマホ」に対する罰則強化を求める声が上がっていきました。

「ポケモンGOの事故が発生していなければ、うちの娘の事故は、ほんの小さな地元のニュースとして、記憶から消えていくところでした。ゲームをしながらの運転はもちろん言語道断です。でも、スマホや携帯でLINEをしたり、話しながら運転することも、それと同じくらい危険なことなのです。皆さんの中には、私は大丈夫と過信して、つい、ながら運転をしてしまう人もいるかと思いますが、その危険性を、ぜひ知っていただきたいと思います」(竹田さん)

■ながら運転による死亡事故は「画像目的使用」が7割以上

 運転中に携帯電話やスマホを使っていたことが原因で発生する交通事故件数は、ここ数年で大幅に増えています。

 警察庁はホームページで、その危険性について次のように呼びかけています。

『自動車等を運転しながらのスマートフォン等の注視・通話やカーナビゲーション装置等の注視は、画面に意識が集中してしまい、周囲の危険を発見することができず、歩行者や他の車に衝突するなど、重大な交通事故につながり得る極めて危険な行為ですので、絶対にやめましょう。』

 警察庁によれば、平成29年中の携帯電話使用等に係る交通事故件数は、1,885件(全事故の0.4%)。このうち死亡事故は32件発生しており、画像目的使用の事故は、24件(75%)を占めているとのことです。

ながらスマホによって発生した死亡事故件数の推移。画面を見ているときの事故が大半を占めていることがわかります(警察庁のサイトより抜粋)
ながらスマホによって発生した死亡事故件数の推移。画面を見ているときの事故が大半を占めていることがわかります(警察庁のサイトより抜粋)

 また、警察庁では以下のような啓蒙動画を作成し、ながらスマホ運転の防止を呼び掛けています。

<動画>●危ない!運転中のながらスマホ

 ちなみに、今回の道路交通法改正試案では「精度の高い自動運転時に限り、スマホでの通話やメール、テレビ視聴を容認する」と発表されました。

 この法案について竹田さんはこう語ります。

「いくら限定条件を設定しても、わざわざ法律で『ながら運転』を推奨する必要はないのではないでしょうか。そもそも、外観から自動運転車なのか否か、どう判別するのでしょう。この2つの改正案が同時に出たことに、恐怖すら感じます」

 年末に向け、車での移動の機会も増えることでしょう。ふと、スマホに目が向いた時は、「ながら運転」の危険性、そして、犠牲になった被害者とその家族に思いを馳せていただきたいと思います。

 

*2018年12月25日から約1カ月間、警察庁では今回の道交法改正試案に関する意見公募(パブリックコメント)を実施するとのことです。

 ご意見のある方はぜひ、以下を参照し、声を届けてみてください。

https://www.npa.go.jp/news/consultation/index.html

ひとみさんを偲んで作られた家族のコラージュ。三姉妹の長女で動物好きの優しい女性でした。軽い気持ちで行うながら運転が、家族の将来を奪うのです(遺族提供)
ひとみさんを偲んで作られた家族のコラージュ。三姉妹の長女で動物好きの優しい女性でした。軽い気持ちで行うながら運転が、家族の将来を奪うのです(遺族提供)
ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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