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ブリティッシュ・ロックは蘇る。エレクトリック・ピラミッドのデビュー・アルバム全曲解説【後編】

山崎智之音楽ライター
Electric Pyramid /photo by Andy Willsher

2021年5月にアルバム『エレクトリック・ピラミッド』で世界デビューを果たすブリティッシュ・ロックの継承者、エレクトリック・ピラミッドへのインタビュー後編をお届けする。

前編記事では彼らの“ネオ・ノスタルジック・ロック”について、ヴォーカリストのオル・ビーチに語ってもらったが、今回は彼に『エレクトリック・ピラミッド』の全曲、そしてアルバム未収録曲について、じっくり解説してもらおう。

Electric Pyramid『Electric Pyramid』ジャケット(2021年5月28日発売予定/ワードレコーズ)
Electric Pyramid『Electric Pyramid』ジャケット(2021年5月28日発売予定/ワードレコーズ)

【考察その1】ブリティッシュ・ロック30年周期説

近年、音楽ファンのあいだで論じられているのが“ブリティッシュ・ロック30年周期説”だ。

1960年代にはザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズがデビュー。彼らの世界侵攻は“ブリティッシュ・インヴェイジョン”と呼ばれた。1990年代にはオアシスやブラーらが“ブリットポップ”旋風を巻き起こしており、後半にはコールドプレイやミューズが登場した。

そして2020年代、我々は新しいロックの覚醒を目撃しようとしている。エレクトリック・ピラミッドが偉大なる先達と肩を並べる存在になるかは時が教えてくれるだろうが、幾世代にも受け継がれてきたブリティッシュ・ロックの遺伝子が彼らの中にあることは確かである。

(1)ローン・ランナー

●「ローン・ランナー」は1970年代のブリティッシュ・ロックあるいは1990年代のブリットポップを思わせます。当時の音楽から影響はありますか?プロデューサーのジョン・コーンフィールドはオアシスやスーパーグラス、ストーン・ローゼズなどの作品をエンジニアしてきましたが、彼からのインプットはありましたか?

ジョンはバンドの音楽性を変えようとするのではなく、ベストなサウンドを得ることに専念していたよ。俺は1984年生まれだから本格的に音楽を聴くようになった1990年代、ブリットポップが全盛だったんだ。オアシスやブラーは大人気で、当時のシーンにすごく影響を与えた。俺は彼らのファンだったわけではないけど、 ヒット曲は知っていたよ。でも、それよりフー・ファイターズとかニルヴァーナの方が好きだった。グランジ好きのティーンエイジャーだったんだ。少年時代はスイスに住んでいたこともあって、イギリスのシーンからは距離があったから、それよりアメリカのバンドをよく聴いていた。スマッシング・パンプキンズやブリーダーズ、レモンヘッズ、ピクシーズが大好きだったな。近所に年齢の離れた友達がいて、それらのバンドやレディオヘッドを教えてくれたんだ。一番好きなアルバムは『ザ・ベンズ』、バンド自身は好きではないと主張しているけど、「クリープ」はやはり名曲だよ。ただ、エレクトリック・ピラミッドがやっているのはグランジやブリットポップのように、特定の時代に依存する音楽ではないんだ。俺たちの音楽は時間軸から切り離されている。この曲はエネルギーのあるオールドスクールなリフを基にして歌詞を書いて、自然にコーラスを乗せたものだった。

(2)ワン・ゴー

「ワン・ゴー」は人間関係の終わりに疑問を投げかける曲だよ。どんなに良い関係でも、いつか終わってしまう。どうして終わらねばならないのか?...と俺たちはしばしば苦悩する。そんな想いを描いているんだ。

(3)ロブ・ザ・マン

さまざまなクールな要素を取り入れて、楽しみながらレコーディングした曲だよ。口笛、アコースティックとエレクトリック・ギター、 途中でレゲエも入ってくるし、何度聴いても新しい発見があるよ。

●テルミンも入っていますか?

どうだっけな?俺は覚えていないけど、誰か別のメンバーが入れたかも知れない。この曲の歌詞は、成功を夢見て都会に来る人間について描いたものなんだ。クリスチャンはメキシコ出身でアメリカ、そしてイギリスに移住してきたし、決して他人事ではなかった。ちなみに“Rob The Man”というタイトルはダブル・ミーニングなんだ。“ロブという男”と、“男から盗む”をかけているんだよ。

(4)ワイルド・ワールド

●「ワイルド・ワールド」のビートはゲイリー・グリッターを思わせるものがありますが、イギリスで生まれ育つと彼の音楽を耳にせずに生活することは困難ですよね?

ははは、確かにゲイリー・グリッターぽいかもね!でも君に言われるまで、彼のことはまったく意識していなかった。この曲はタイトルが二転三転したんだ。元々は「Wide World」というタイトルにしようと考えていた。“この広い世界”という意味だよ。ちょうどブレグジットが話題になっていた頃で、大変なこともあるけど、一歩ずつ進んでいかねばならないというメッセージがあった。その次には「White World」になったんだ。イギリスやヨーロッパ、アメリカでは今日でも白人が政治を牛耳っている。そんな状況を打破して、多様性を求める歌詞だった。ただ、このタイトルだと誤解を招くリスクがある。俺たちは決して白人至上主義者ではないけど、歌詞に耳を傾けずに「レイシストだ!」と難癖を付ける連中がいるかも知れない。そんな混乱した世界なんだし、「ワイルド・ワールド」に落ち着いたんだ。

(5)ルッキング・フォー・ラヴ

ある年の大晦日、俺はロンドンで1人、ハウスボートで過ごしていたんだ。打ち上げ花火が上がって、メランコリックな気分になっていた。そんなとき、エレクトリック・ピアノで書いた曲なんだ。それにシンセを乗せてポップ・テイストにしたラヴ・ソングだよ。単なるバラードではなく、ポジティヴな高揚感のある曲にしたかった。

【考察その2】クイーンの遺伝子とは?

オル・ビーチの父親がクイーンのマネージャー、ジム・ビーチ(フレディ・マーキュリーに“マイアミ・ビーチ”とあだ名を付けられた)で、メンバーとも家族ぐるみの交流があることから、しばしばクイーンが引き合いに出されるエレクトリック・ピラミッド。それゆえにアルバム『エレクトリック・ピラミッド』を聴いて「...それほどクイーンと似ていないよね?」と思う人も少なくないだろう。

しかしクイーンというバンドの本質を考えれば、それは当然なことだ。クイーンはロックンロールやダンスホール、クラシックなどさまざまな要素を取り入れながら、唯一無二の音楽性を築いてきた。クイーンを継承することは、クイーンの音楽を模倣することではない。あらゆる影響を消化して独自のスタイルを築くことだ。クイーン流のロックからブリットポップ、ジャズまで多彩な音楽性を吸収しながら自らのアイデンティティを模索するのが、エレクトリック・ピラミッドにとっての遺伝子継承である。

Ol Beach / photo by Andy Willsher
Ol Beach / photo by Andy Willsher

(6)シルヴァー・スクリーンズ

●「シルヴァー・スクリーンズ」はTレックスの「ゲット・イット・オン」やオアシスの「シガレッツ&アルコール」を彷彿とさせるギター・リフが印象的ですが、どのようなところからインスピレーションを得たのですか?

こういうビッグなロックンロール!が好きなんだよ。テレビやインターネットではネガティヴな情報ばかりが流れている。そんなことより、人生にポジティヴな光を当てたかったんだ。インスピレーション元があるとしたら、ザ・ローリング・ストーンズじゃないかな?こういうタイプの曲は書いたことがなかった。曲と歌詞が同時に生まれて、それで一気に駆け抜けた感じだ。ライヴ・フィーリングのある曲で、すごく気に入っているよ。

(7)ムーン・ライディング

●「ムーン・ライディング」はアリーナ・ロック・チューンで、クイーンの「ウィ・ウィル・ロック・ユー」やジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツがヒットさせた「アイ・ラヴ・ロックンロール」に近いノリがあるでしょうか。

「ウィ・ウィル・ロック・ユー」と比較してもらえるなんて嬉しいね!オールド・ファッションでビッグなロック・ソングだ。ロックンロールの反逆者がルールに従うことなく、自由を求めて進んでいく。ロックの普遍的な歌詞だし、いつの時代になってもそれを大事にしたいんだ。

(8)キーヒム・ライジング

「キーヒム・ライジング」のキーヒムは、インドにあるビーチなんだ。インド風のビートと、ブラジルのカーニバルみたいなリズムを融合させた曲だよ。クリス・ブライス(ドラムス)は専門的に音楽を学んで、リズムに関する知識もある。それと以前バンドのギタリストだったリンダも作曲に関わっているんだ。イギリスは今や多民族国家だし、さまざまな文化が同時に融け込んでいる。ブラジルもインドも、すべてがロックに結びつくんだ。まあ難しいことは抜きにしても踊れる曲だし、パーティー・ミュージックとして最適だよ。

(9)リヴァー

「リヴァー」はアルバムで一番古い曲だ。ドナルド・トランプが大統領になる前に書いた曲だけど、彼のことを歌っているように思える歌詞だね。河の水を干上がらせてはいけない、という戒めなんだ。世界の人々の多くは良心を持って平和を愛している。でも一部の悪人が崩壊に持っていこうとするんだ。俺たちには連帯が必要だ。だから一緒に歌えるコーラスをフィーチュアしているんだ。

(10)タワー

この曲は旧メンバーのドラマー、マルコのアイディアから生まれた曲だった。俺たちはみんなフー・ファイターズのファンだし、ビッグなアメリカン・ロックのフィーリングがあると思う。ライヴで最高に盛り上がる曲だよ。アルバムのラスト・ナンバーとしてピッタリな、大団円のグランド・フィナーレだ。人間は誰もが宇宙の星屑のひとつで、決して特別な存在ではない。だからひとつになって幸福を目指そうというメッセージを伝えようとしているんだ。ビッグでパワフルなメッセージだから、それに呼応して音楽もビッグでパワフルでなければならない。

【考察その3】エレクトリック・ピラミッドの長くて短い歴史

アルバム『エレクトリック・ピラミッド』で2021年5月、デビューを果たすエレクトリック・ピラミッドだが、その歴史は決して短いものではない。オル・ビーチは2010年代初めにイエローワイアでデビュー。アルバム『Machines On Fire』(2011)と数枚のシングルを発表している。彼は2016年にエレクトリック・ピラミッドを結成、クイーン+アダム・ランバートのツアー・サポートも務めているが、当時のラインアップはオルと女性メンバー2人を含むものだった。それからバンドはオルを除くメンバーを一新、現行ラインアップで世界獲りに赴く。

Ol Beach / photo by Alessandro-Bosio
Ol Beach / photo by Alessandro-Bosio

>アルバム未収録曲:パラダイス feat. Celine Tran

セリーヌ・トランはKatsuniという芸名で活動している女優だ。 たまたま知り合って、一緒にやったら面白いと思ったんだ。話してみて、とても知的でユーモアがあって、しかも地に足の着いた女性だった。しかも我々では想像も出来ない経験をしている。フランス語の歌詞は彼女が書いたけど、とても美しく詩的な表現だった。正直どんな結果が生まれるか判らなかったし、心地よい驚きだったよ。ミュージック・ビデオも作ったんだ。昔のロールスロイスに乗ってロンドンを回るというもので、クールな経験だった。

>アルバム未収録曲:ニューヨーク・シティ

「ニューヨーク・シティ」は歌えるフックがあって、気に入っていたけど、結局〆切に間に合わなくて、満足の行く形で完成させられなかったんだ。旧ラインアップで書いた曲だし、それよりも新しい曲で勝負したかった。ただ、この曲はライヴですごく受けがいいんだ。イメージ的にブルース・スプリングスティーンっぽいかもね。地方から都会を夢見るような、そういうタイプの曲だよ。

●この曲でさまざまな言語のゲスト・ヴォーカルをフィーチュアしたのは、どんな意図があったのですか?

ニューヨークはアメリカ最大の都市だけど、同時に世界有数の国際都市でもある。だからいろんな言語でヴォーカルを入れたかったんだ。全部で10カ国語をレコーディングした。英語、フランス語、ヒンディー語、ミャンマー語...日本語ヴァージョンも作ったよ。伊舎堂さくらは間接的に知っている人がいて、俺たちから連絡してみたんだ。Skypeでは話したけど、まだ直接会ったことがない。とても素晴らしいシンガーだと思うし、次回日本に行くときは、ぜひ会って話したいね。

>アルバム未収録曲:ウーマンズ・タッチ

アルバムは完成したんで、ボーナス・トラック用にキープしておいたんだ。クリスチャンのギター・ソロがゴージャスだし、すごく気に入っている。女性には叡智があって、男性は学ぶべきだという教訓だよ。うちの嫁さんからはいつも学びっぱなしだ(笑)。

●エレクトリック・ピラミッド

『エレクトリック・ピラミッド』

ワードレコーズ

2021年5月28日発売

日本レーベル公式ウェブサイト

https://wardrecords.com/page/special/electric-pyramid/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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