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“女王”の魂を受け継ぐ者。ブリティッシュ・ロックの末裔エレクトリック・ピラミッド登場【前編】

山崎智之音楽ライター
Electric Pyramid /photo by Andy Willsher

●ネオ・ノスタルジック・ロックの新鋭

イギリスは常に最高級のロック・ミュージックを生んできた。ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、クイーン、オアシス、ミューズなど、この小さな島国から世界に羽ばたいて成功を収めたバンドは枚挙に暇がない。

ヒップホップやEDMがヒット・チャートを賑わしている2021年。ロックに元気がない状況下、アルバム『エレクトリック・ピラミッド』を引っ提げてロンドン北部から沸点突破のブリティッシュ・ロックでデビューを果たすのがエレクトリック・ピラミッドだ。

幾世代にもおよぶブリティッシュ・ロックの伝統を受け継ぎながら、21世紀ならではの鮮度の高いサウンドで魅了する彼らを、人は“ネオ・ノスタルジック・ロック”と呼ぶ。ヴォーカリストのオル・ビーチを中心とした5人組が繰り広げるサウンドは、古くて新しいロックの扉を大きく開け放つものだ。

オルはバンドの音楽について、こう語る。

「アートはタイムレスなんだ。1960年代や1970年代のロックの名盤は、古くなることがない。いつまでも新鮮なんだよ。エレクトリック・ピラミッドが目指すのは、50年後にも聴かれるロックなんだ」

「ロックを存続させるために俺たちが貢献出来るなら、喜んで手伝わせてもらうよ」と語るオルだが、彼らにかかる期待は限りなく大きい。彼の父親がクイーンのマネージャー、ジム・ビーチであることはよく知られているし、アルバムのプロデューサーであるジョン・コーンフィールドはオアシス、ザ・ヴァーヴ、ザ・ストーン・ローゼズ、ミューズらを手がけてきた“ブリティッシュ・ロック最後の名エンジニア”と呼ばれる名手だ。そんな彼らのバックアップを受け、ブリティッシュ・ロックの末裔として、1984年生まれのオルが背負うものは大きい。

Electric Pyramid『Electric Pyramid』ジャケット(2021年5月28日発売予定/ワードレコーズ)
Electric Pyramid『Electric Pyramid』ジャケット(2021年5月28日発売予定/ワードレコーズ)

●2歳のとき、フレディと同じイエローのジャケットをもらった

「俺たちはロック・バンドだ。ビッグなギター・リフと歌えるコーラス。そして生のライヴ・フィーリング。クイーンやザ・ローリング・ストーンズ、ニール・ヤングはミュージシャンシップと職人性を両立させた素晴らしいアーティスト達だ。彼らのようなアティテュードを持ったバンドであろうとしている」とオルは語るが、やはりどうしても避けられないのはクイーンとの対比だ。父ジム・ビーチは映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも大きな役割を担っていたが、実はオルも1986年7月11&12日、英国“ウェンブリー・スタジアム”で行われた空前のライヴの現場に居合わせている。

「まだ2歳だったし、さすがに覚えていないけどね(苦笑)。クイーンのビデオを見ると『ここにいたのか...!?』と感慨深いよ。あの日、フレディ・マーキュリーと同じイエローのジャケットをもらったんだ。幼児用だからもう着ることが出来ない」

父親のみならず、オルの姉妹もクイーンのオフィスで勤務中。彼の結婚式にはブライアン・メイとロジャー・テイラーも出席したし、奥方がロジャー夫人と友達のため、よく顔を合わせるという。まさに家族ぐるみの付き合いだが、オルはあくまで「俺はファンだよ!」と強調する。

「父のオフィスにありとあらゆるクイーンのビデオがあったから、擦り切れるほど何度も繰り返し見たよ。彼らは世界最高のライヴ・パフォーマー達だったし、あらゆることを学んだ。クイーンで重要だったのは、自分たちの音楽を過剰にシリアスに捉えていなかったことだ。それが彼らをただ音楽をプレイするロック・バンドにとどまることなく、よりエンタテインメントにしてきたんだ。彼らのショーを見に行けば、最高の夜を楽しめる。失望させられることはない、保証付きなんだ。俺たちもそうありたいと常に考えている」

オルが初めて聴いたクイーンのアルバムは、『ザ・ワークス』(1984)だった。

「お小遣いをはたいて買ったんだ。アルバムは高いからね。後になって父親が「うちの会社に何枚もあるのに」と笑っていたけど、自分の聴きたい音楽を自分のお小遣いで買うという姿勢を褒めてくれたよ。その後、全アルバムを聴き込んだ。「伝説のチャンピオン」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」みたいな曲はビッグ・ヒットでスタジアムがひとつになるアンセムだし、「ボヘミアン・ラプソディ」はイギリス中、どのパブでも大合唱になる。まさにイギリス文化の重要な一部だ。それに加えて、彼らのアルバムにはヒット・シングルでない、音楽ファンのツボを突く曲が幾つもあった。「マイ・メランコリー・ブルース」「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」みたいな美しい曲は大好きだよ」

●ブリティッシュだけどアメリカン。それが個性

少年時代をスイスのモントルーで過ごしたオルにとって、レマン湖畔にあるフレディの銅像は「日常の一部」だった。「世界中からファンが訪れて、花を置いていた」と語る彼は、クイーン以外にもさまざまな音楽を聴いて育った。

「ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』からは影響を受けたね。ザ・バンドはカナダ出身だからアメリカを客観視することが出来て、それだからこそリアルなアメリカン・ロックを演奏出来たと思う。『ラスト・ワルツ』も記念碑的なライヴ・ドキュメンタリー映画だ。エレクトリック・ピラミッドの音楽はブリティッシュ・ミュージックだけど、アメリカからの影響もある。それが個性になっていると思うよ。J.J.ケイルは白人だけど、黒人のソウルがあると思う。十代の頃から、パーティーに行くと『ナチュラリー』をかけていたんだ。それまでヒップホップを聴いていた連中もみんな「これは誰?クールだね」と耳を傾けていた。もう何人をJ.J.ケイル信者にしたか、数え切れないぐらいだよ!」

そんなオルと共鳴しあい、エレクトリック・ピラミッドの唯一無二の音楽性を築き上げるのが2人のギタリスト、クリスチャン・メンドーサとライナス・テイラーだ。

「ロンドンのソーホー地区にあった“クロウバー”というロック・パブである日、午前1時頃、俺とローディーのサムって奴が飲んでいたんだ。混雑していたけど、なんとかテーブルを確保出来た。そうしたらギターを持った男が店に入ってきて、座る場所を探していたんだ。『1人分、空いてるから座ったら?』と言った。それがメキシコから来たクリスチャンで、意気投合して一緒にやることにしたんだ」

「ライナスはロンドンのカムデンにあるブルース・バー“ザ・ブルース・キッチン”のジャム・ナイトの常連だった。マディ・ウォーターズのファンで、生々しく実践的なプレイをしているんだ。彼はブライアン・フェリーのツアーに同行したこともある(2016年)。彼はスタジオ・コンプレックスで別のバンドとプレイしていて、たまたまブライアン・フェリーが隣のスタジオでリハーサルしていたんだ。突然スタジオにブライアンが現れて、『ギターを弾いているのは誰だい?僕のバンドに入らない?』とスカウトされたらしい(笑)」

Ol Beach / photo by Andy Willsher
Ol Beach / photo by Andy Willsher

●バックボーンとなる専門知識が必要

ルイージ・カサノヴァ(ベース)とクリス・ブライス(ドラムス)が加わって、時代の壁をロックの塊で叩き壊さんとするエレクトリック・ピラミッドだが、ちょっと意外なことに、オルの音楽的バックグラウンドはジャズだったりする。

「16歳のときにジャズの専門的な教育を受けることにしたんだ。モントルーの音楽院/ジャズ専門学校 Conservatoire de Musique et Ecole de Jazzでジャズ・ピアノを学んだ。“ブルーノート”から作品を発表しているティエリー・ラングというピアニストに教わったよ。その時点で、音楽で食っていくことは考えていなかったけど、自分にとってバックボーンとなる、きちんとした専門知識を持っていたいと考えた」

彼がジャズに魅力を感じたのは、少年時代を過ごしたモントルーが“ジャズの都”であることも関係していた。

「マイルス・デイヴィスがモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演したのを見たことがあるんだ(1991年)。まだ子供だったけど、ジャズに対する先入観に対して、すごく耳に馴染みやすい音楽だと感じた。マイルスの『カインド・オブ・ブルー』やオスカー・ピーターソンの『オスカー・ピーターソン・ビッグ6アット・モントルー'75』は愛聴盤だよ。さらにヴォーカルではニーナ・シモンやビル・ウィザースからも影響を受けた。彼らの歌声には常に誠実さがあった。魂のありったけ、喜びや悲しみが込められていたんだ」

●ロックにはそれだけの魅力がある

さまざまな個性、さまざまなバックグラウンドを持つエレクトリック・ピラミッドは2016年の結成から精力的にライヴ活動を行ってきた。彼らは伝説のワイト島フェスティバルのステージに立っているし、フランスやスペイン、オランダの夏フェスへの参戦も果たしているが、オルが最も思い出に残るライヴとして挙げるのが“SUMMER SONIC 19”での来日ステージだ。

アルバム・デビュー前、午後12時半からのショータイムだったが、忘れられない経験だったとオルは思い出す。

「まだ早い時間だったし、誰もいないんじゃないかと思っていたら、大勢のお客さんがいて、それだけで衝撃だったよ。しかも雰囲気が良くて、みんな一緒に歌ってくれたし、誇張でなくミュージシャンをやっていて最高の経験のひとつだった。幾つか日本のバンドも見ることが出来たんだ。メンバー達がオオカミのかぶり物をしている日本のバンド(注:MAN WITH A MISSIONのこと)はとてもクールなロック・バンドだった。お客さんもクレイジーで凄まじいノリだったよ」

2021年5月に『エレクトリック・ピラミッド』を発表して、エレクトリック・ピラミッドはブリティッシュ・ロックの福音をもたらすべく、再び世界へと旅立つ。ロックに対する逆風、新型コロナウィルスによるライヴ・シーンの停滞など、順風満帆とは言い難い状況下で、彼らは前進を続けていく。

「世界にはいろんなバンドがいた方が楽しいし、俺たちみたいなバンドもいても良いだろ?万人を満足させるつもりはないけど、出来るだけ多くの人に楽しんでもらえたら嬉しい。ロックにはそれだけの魅力があるんだ」

後編記事ではオルに『エレクトリック・ピラミッド』全曲について解説してもらおう。

●エレクトリック・ピラミッド

『エレクトリック・ピラミッド』

ワードレコーズ

2021年5月28日発売

日本レーベル公式ウェブサイト

https://wardrecords.com/page/special/electric-pyramid/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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