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【インタビュー】ギター・タッピング女王イヴェット・ヤングが語るコヴェット『テクニカラー』

山崎智之音楽ライター
Yvette Young of Covet / courtesy P-Vine

ギター・ミュージックの新時代をリードするコヴェット(Covet)が2020年6月、ニュー・アルバム『テクニカラー』を発表した。

イヴェット・ヤングの変幻自在のタッピングをフィーチュアしたサウンドは世界の音楽シーンから注目されており、2018年11月にはポリフィアとの来日公演も実現。新作ではさらにカラフルでテクニカル、そしてエモーショナルなサウンドで魅せてくれる。

さらに雄弁となったギター・サウンドに、2曲のヴォーカル・ナンバーを加えるなど、さらに色彩豊かに咲き誇る『テクニカラー』。イヴェットが新作を語ってくれた。

<悲しみに暮れるのではなく、自分を鼓舞する曲を書きたかった>

●2018年11月の日本公演を行ってから、どんな活動をしてきましたか?

前作『Effloresce』を出して、ずっとツアーをしてきた。その合間にコヴェットのEP『Acoustics』とソロ・ピアノEP『Piano』を出したし、忙しくやっていたわ。今年(2020年)もツアーをやる予定だったけど、COVID-19のせいでどの公演も延期か中止になってしまった。だからずっと家で新曲を書いたり、レコーディング機材の勉強をしているわ。普段はツアーやレコーディングで、家にいないことが多いから、自宅にいるのが新鮮な気分ね。気が向いたときにピアノの練習を出来るし、家のベッドで寝られるのが嬉しい。

●『テクニカラー』の音楽性について、教えて下さい。

Covet『Technicolor』ジャケット(P-Vine Records / 現在発売中)
Covet『Technicolor』ジャケット(P-Vine Records / 現在発売中)

カラフルで、少し懐かしい響きのあるアルバムにしたかった。変拍子や意表を突くコード進行、テクニカルな曲調もあるけど、誰もが楽しめるメロディがあって、ダンサブルでもある。“テクニック”や“先進性”を言い訳にせず、良い曲を書きたかった。それが自分の、ミュージシャンとしての成長だと思うわ。

●アルバム用の曲は、いつから書いていたのですか?

一番古い曲は「Ares」で、2年前ぐらい前かな?「Atreyu」「Parrot」もけっこう前からあって、ライヴでも演奏した。新しい曲はアメリカのレコード会社“トリプル・クラウン・レコーズ”から「早くスタジオに入れ!」とせっつかれて、急いで書いたのよ。アルバムは今年1月に完成したけど、それまで新曲を書いていたし、その後もずっと書いているわ。

●近年、ヒップホップやEDMのアーティストは“アルバム”の単位にこだわることなく、曲単位でネットで発表していますが、コヴェットとしてあえてフルレンス・アルバムを発表するのは何故でしょうか?

私自身は3〜4曲、20分ぐらいのミニ・アルバムが一番やりやすいし、それより長くなると集中して聴けなくなることがある。フルレンス・アルバムを作るのは自分自身に対するクリエイティヴな挑戦ね。“もっと良い曲をたくさん書ける筈だ。頑張れ”って。アルバムを作るなら、全曲が良くなければならない。アルバムを長くするためだけの捨て曲は要らない。『テクニカラー』に入っている曲は、すべて必要不可欠な曲よ。

●『テクニカラー』はブルー&グリーン、パープル、スプラッター、ブラックなど、さまざまなカラー・ヴァイナルLPとして発売されますが、フィジカルなレコードやCDにこだわりはありますか?

コヴェットみたいなバンドのリスナーは、フィジカルなフォーマットを求める傾向がある。CDやレコードなど、手に持つことが出来るのが嬉しいのよ。データだとある日、消えてしまうかも知れないじゃない(苦笑)?私自身、買い過ぎなぐらいアナログ・レコードを買っているわ。最近気に入っているのはグレン・グールドの『Bach: The Goldberg Variations』。息遣いが聞こえるほど生々しくて、アナログ向きの音ね。DIIV(ダイヴ)の『Deceiver』も好きだし、ボーズ・オブ・カナダ、サン・キル・ムーンの新作も気に入っている。針音も音楽の一部となるような、ムードのある音楽が好きなのよ。

●アルバムをわざわざニューヨーク州でレコーディングしたのは何故ですか?バンドが活動拠点としているカリフォルニア州近辺にも良いスタジオはたくさんありますよね?

『テクニカラー』をニューヨーク州ポートジェファーソンの“ヴードゥー・スタジオ”でレコーディングしたのは、地元のカリフォルニアを離れて、日常とは異なったシチュエーションに身を置くことで、クリエイティヴな仕事モードにスイッチを入れたかったのよ。過去のアルバムも“ヴードゥー・スタジオ”でレコーディングしたし、マネージャーやミュージック・ビデオの監督も東海岸に住んでいる。スタッフとも仲が良いし、ベストだったわ。

●コヴェットの曲の多くはインストゥルメンタルですが、それぞれの曲タイトルとはどのように呼応するのですか?

インストゥルメンタルであっても、頭の中にキャラクター設定やストーリーがあって、それに沿って展開させていくのよ。私は映画『ネバーエンディング・ストーリー』(1984)の大ファンで、前作でも「Falkor(ファルコン)」という曲をやったけど、今回も「Atreyu(アトレーユ)」という曲がある。音楽的には映画と異なるけど、世界観を思い浮かべながら曲を書いたわ。

●「Nero」という曲がありますが、このタイトルはどのように付けたのですか?

「Nero」は曲が先にあって、攻撃的で邪悪な部分と、アンビエントで静逸な部分があると感じた。敵意と栄光が共存していて、ローマ皇帝ネロを思い出したのよ。ディレイのかかったギター・リフが、暴君が王座に向かっていくムードがあると感じた。ストーリーがある曲が多いせいで、『テクニカラー』では長い曲が増えたと思う。物語を語るには、それなりの時間が必要だからね。

●コヴェットの曲はインストゥルメンタルが多く、歌詞がなくとも雄弁ですが、何故「Parachute」と「Farewell」でヴォーカルを入れたのですか?

コヴェットで私が設けているルールは、どんな可能性も除外するな、ということ。ヴォーカルや歌詞が必要であれば、躊躇無く取り入れるわ。ホーンズでもストリングスでも使う。インストゥルメンタル・ミュージックは聴く人のイマジネーションをかき立てることが出来るけど、この2曲では、より具体的なメッセージを伝えたかった。過去に囚われず、前進することを促しているのよ。「Parachute」は私の個人的な経験に基づく曲で、とても落ち込んで、あまりに悲しくてギターを手に取りたくもない時期のことを歌っている。でも、ただ悲しみに暮れるのではなく、自分を鼓舞するような曲を書きたかった。それで同じような辛さを感じている人がハッピーになってくれたら良いと思っていたわ。歌詞はどちらもつらく悲しい経験から解放されることを描いている。インストゥルメンタル・ナンバーの「Odessa」にも悲しい想いが込められているわ。曲を書いているときに、子供の頃から教わってきたヴァイオリンの先生が亡くなったのよ。それで、彼に捧げるヴァイオリン・パートが入っている。

●『テクニカラー』ジャケットの花と鳥にはどんな意味がありますか?

コキンチョウが花びらから飛び立つデザインが、カラフルで躍動感のあるアルバムに通じると思った。コヴェットもソロも、自分の作品のジャケットは自分で描くようにしている。作品のヴィジュアル・イメージを一番把握しているのは私だからね。

Covet / courtesy P-Vine Records
Covet / courtesy P-Vine Records

<自分の置かれている環境でベストを尽くす。それだけ>

●アルバムではどんなギターを弾きましたか?

アイバニーズのシグネチャー・モデルYY-10のプロトタイプを弾いた。ペイントは、映画『うっかり博士の大発明 フラバァ』/『フラバー』に出てくる“フラバー”に似たカラーだから、“フラバー・グリーン”と呼んでいるのよ。ネックのシェイプは市販版の方がUシェイプだけど、もう少し細身かも知れない。一部でアイバニーズの7弦カスタム・ギターも弾いたけど、大半は6弦ギターで弾き通したわ。7弦ギターを弾かなくても、低音パートはベーシストに弾いてもらえばいいからね(笑)。以前弾いていたストランドバーグの7弦ギターBoden 7は素晴らしいし、今でも自宅で弾いているけど、アイバニーズのYY-10は自分のキャリアにおけるフェイヴァリットよ。今はベーシックな6弦でいろんなチューニングを実験したり、トレモロ・アームを多用したり、さまざまなペダルを試してみることに喜びを感じている。

●どんなペダルを使いましたか?

まずMerisのMercury 7リヴァーブ。ピッチダウンのベクトルがあって、足下の床が抜けるみたいな効果を得ることが出来る。それからCarolineのSomersaultローファイ・モジュレーター、Walrus AudioのJuliaアナログ・コーラスとかを使っている。あとElectronic Audio Experiments のLongswordはゲインを得るのに使っているし、Earthquaker DevicesのThe Wardenはコンプレッサーだけど、サステインをmaxにするとクリーンなトーンを飽和出来る。

●トレモロ・アームが効果的に使われているのは、どのあたりですか?

Yvette Young / courtesy P-Vine Records
Yvette Young / courtesy P-Vine Records

「Good Morning」のシングル・ノートのフレーズで揺らぎをもたらすプレイで、良い感じでアームを使えたと思う。

●曲によってチューニングは変えましたか?

うん、『テクニカラー』ではいろんなチューニングを試して、異なったレゾナンスを得るようにしている。「Nero」はD-A-C#-F#-A-Eだし、「Odessa」「Atreyu」「Parrot」はF-A-C-G-B-E、「Pirouette」「Ares」がD-A-D-F#-B-E、「Farewell」がD-A-D-F#-A-E、「Parachute」がF-A-C-G-C-Eだった。

●「Predawn」にはカスピアンのフィリップ・ジェイミーソンがゲスト参加していますが、彼との付き合いは長いのですか?

フィリップは友達で、同じ“トリプル・クラウン・レコーズ”のレーベル仲間でもある。彼はボストン在住で、アルバムをレコーディングしたスタジオから車で3、4時間のところに住んでいるから、来てもらったのよ。すごくピッタリなプレイで、まるで彼が弾くことが前提みたいな錯覚に陥ったわ。カスピアンの新しいアルバム(『On Circles』2020年)も素晴らしかったし、これからも共演を続けていきたい。

●ギター・ミュージックの現在と未来をどのように捉えていますか?

ギター・ミュージックには何百年という歴史があって、私はそのほんの一瞬を過ごしているのに過ぎない。元々ピアノやヴァイオリンをやっていて、アコースティック・ギターを7〜8年、エレクトリック・ギターは5年しか弾いていないからね。でも、ギターを弾いて音楽を出来ることには喜びがある。これから数百年ギターは続いていくし、さまざまな変化をしていくと思う。その長い流れの中に自分がいたことに誇りを感じるわ。

●今後の活動の予定を教えて下さい。

しばらく先までツアーは難しそうだけど、インターネットを通じてプロモーションをしたり、『テクニカラー』の音楽を世界に広めていきたい。今は家で新曲を書いたり、アルバムの曲をアコースティック・アレンジしてみたり、他のアーティストとコラボレーションをしたり...結構やることが多いのよ。ギターのプロモーションとか新作のインタビュー、レコーディングについて勉強したり、ペダルのデモ・ビデオを作ったり...でも忙しいのが好きだし問題はないわ。コラボレーションでは日本のichikaやLi-sa-Xと一緒にやる予定よ。2人とも凄いギタリストだわ。それ以外にもアメリカのDJとも何かやるかも知れない。家にいることで、クリエイティヴなインスピレーションを得ることが出来るのよ。ステージで、大勢のお客さんの前でプレイするのも最高だけど、今は自分の置かれている環境でベストを尽くしている。それだけね。

【アルバム情報】

コヴェット『テクニカラー』

P-Vine Records PCD-22425

現在発売中

http://p-vine.jp/music/pcd-22425

【2019年の記事】

【インタビュー前編】コヴェット初来日/ギター新時代のタッピング・クイーン:イヴェット・ヤング

https://news.yahoo.co.jp/byline/yamazakitomoyuki/20190101-00109795/

【インタビュー後編】コヴェットの新世代ギター女王イヴェット・ヤングが語る『Effloresce』

https://news.yahoo.co.jp/byline/yamazakitomoyuki/20190104-00110062/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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