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【インタビュー後編】ライドがさらに語るシューゲイザー、サイケデリア、クリエイション

山崎智之音楽ライター
RIDE photo by TEPPEI / 岸田哲平

2019年11月、最新アルバム『ディス・イズ・ノット・ア・セイフ・プレイス』を引っ提げて日本公演を行ったUKロックの重要バンド、ライドのマーク・ガードナー(ヴォーカル、ギター)とローレンス・コルバート(ドラムス)へのインタビュー記事全2回の後編をお届けする。

前編記事ではバンドと日本の関わりについて語ってもらったが、今回は彼らの音楽性に深く根差したサイケデリアとシューゲイザーについて掘り下げてみよう。

ところで余談を。アルバム・ジャケットではバンド名が“RIDE ///”とあるが、“///”の意味は?と訊いてみると、マークはこう教えてくれた。

「ホームレス同士で情報を共有出来るように、チョークや蝋石で暗号を書くんだ。“///”はアルバム・タイトルの“ここは安全でない=this is not a safe place”を意味しているんだよ」

<サイケデリアは創造的な“ゾーン”に入り込む行為>

●「シーガル」のリズムからビートルズの「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」を連想するのは容易なことですが、1960年代のサイケデリアからはインスピレーションを受けましたか?

Ride『This Is Not A Safe Place』ジャケット(BIG NOTHING / 現在発売中)
Ride『This Is Not A Safe Place』ジャケット(BIG NOTHING / 現在発売中)

マーク(以下M):うん、代表バンドはひと通り聴いたし、影響はあると思う。それに音楽だけでなく、サイケデリック経験からもインスピレーションを受けている。1980年代後半から1990年代前半はレイヴ全盛だったし、音楽とドラッグのクロスオーヴァーを避けることは出来なかった。そんな経験は1960年代のスウィンギング・シックスティーズと共通するものがあったんじゃないかな。4人のメンバーがひとつの部屋で音楽に没頭してクリエイティヴな“ゾーン”に入り込むという行為自体がサイケデリックだよね。音楽には人間をどこかに連れていく力があるんだ。

家にいながら旅に出る、みたいなね。ライドの音楽にはそんな“超越する”力があると思う。アイルトン・セナのドキュメンタリーを見たんだけど、レース中の彼は“ゾーン”に入り込んで、周りのものが見えなくなると話していた。でもレース中、無線で誰かが話しかけて集中力がブツ切れて、クラッシュしてしまうんだ。

ローレンス(以下L):“ゾーン”というか“フロウ”を感じるね。4人でプレイしていると、音楽が全身に流れ込む。1960年代アメリカのサイケ・バンドを集めたコンピレーション『ナゲッツ』をボンヤリ聴くのが好きなんだ。具体的にどのバンドというわけではなく、あの空気感が好きなんだよ。ライドの音楽でも、あんな空気を出せたら良いと考えているんだ。そういう意味では影響があるんじゃないかな。

M:シド・バレットがいた頃のピンク・フロイド、それからサイケのライヴのサイケデリックなリキッド・ライト・ショーにはロマンを感じるね。もちろんそのまま模倣しようとは思わないけど、クールだよ。1960年代のロックは、社会のシステムを打破しようとしていた。当時のバンドで俺たちが最も影響を受けているのを挙げるとしたら、バーズじゃないかな。自分にとって、彼らの音楽が原点だよ。それからビートルズやビーチ・ボーイズのヴォーカル・ハーモニーはずっと好きだった。アンディ(ベル)が言っていたのは、彼が赤ちゃんの頃、お母さんがビートルズを流しながら掃除機をかけていて、メロディとノイズを同時に耳にしていたって。それがライドの音楽性のルーツかも知れない(笑)。

L:1960年代のガレージ・ロックが好きなんだ。ライドは真のガレージ・バンドだよ。最初にリハーサルしたのは自宅のガレージだったしね。

●ライドはオックスフォード出身で、レディオヘッドが郊外のアビンドン出身ですが、スーパーグラスなどを含めて、オックスフォードのサウンドというのはありますか?シド・バレットはケンブリッジ出身ですが、イギリス2大大学のあるオックスフォードとケンブリッジの音楽性はどのように異なるでしょうか?

M:オックスフォードとケンブリッジの音楽シーンは、実はけっこう似通っているんだ。どちらも古い都市で、生活のペースが似ているのと、大学があって学生が新しいことをやろうとして、エキセントリックで面白い音楽が生まれやすいんだ。興味深いエネルギーが常に溢れているよ。俺たちはオックスフォード大学に通っていたわけではないけど、町からのエネルギーを吸収してきた。ケンブリッジの方が古くからロックは栄えていたね。ニック・ドレイクもケンブリッジでデビューしたんだ。オックスフォードは俺たちやレディオヘッド、スーパーグラスあたりから盛り上がってきた。将来の政治家たちとトム・ヨークが共存するエキサイティングな坩堝であり空間だよ。

L:“オックスフォード出身”と言うとインテリと思われたりするけど、俺たちが住んでいた地域はワーキングクラス層ばかりだった。カリブ系やアイルランド系の友達もたくさんいたし、多種多様なエリアだったんだ。そういった人々から直接音楽的な影響を受けたとは思わないけど、彼らのエネルギーを受け取ってきたよ。

M:あくまでステレオタイプだけど、ケンブリッジにはリリカルで詩的なイメージがある。オックスフォードの方がサウンド面での実験が盛んなのではないかな。そういう意味で、時代は異なるけど、ニック・ドレイクとレディオヘッドは両都市を象徴するアーティストかもね。

RIDE photo by TEPPEI / 岸田哲平
RIDE photo by TEPPEI / 岸田哲平

<シューゲイザーは死なず。ずっと存在してきた>

●シューゲイザーの始祖のひとつと呼ばれるジーザス&メリー・チェインのジム・リードは初期の頃、ライヴで暴動が起きたと言っていました。シューゲイザーのライヴで暴動というのはイメージが湧きませんが、ライドのライヴでも暴動が起きたことはありますか?

M:それはないなあ(苦笑)。メリー・チェインの場合、15分でショーを終わらせたりしていたから、観客が怒って暴動を起こしたんじゃないの?決してメリー・チェインの音楽を貶すつもりはないけど、初期の彼らのショーが短かったことは今では有名だからね。お客さんは汗水流して働いて得た金でチケットを買ったんだから、それなりのリターンを提供するべきだよ。もちろん全員を満足させることなんて出来ないだろうけど、少なくとも努力はするべきだ。もちろんメリー・チェインを貶すつもりはない。彼らの音楽は好きだし、今ではもっと長いショーをやっていることは知っているよ。

L:初期のライドのショーでは唾を吐きかけられたり、観客同士が喧嘩を始めたりしたことはあるけど、さすがに暴動が起こったことはなかったな。ライドが解散していた時期、俺はジム・リードのソロ・バンドでプレイしていたんだ。彼はよく気難しいとか言われるけど、俺とは良好な関係だったし、何の問題もなかったよ。独特なユーモアのセンスを持っているから、誤解されているのかも知れないね。しばらく話していないけど、元気でやっているのは嬉しい。

●ジムは “シューゲイザー”が元々“足下を見ながら演奏する陰気なミュージシャン”というニュアンスの“悪口”だったと話していましたが、あなた達もそのように感じていましたか?

L:特に感じなかったな。俺たちがライドを始めた頃は既にひとつのジャンルの呼び名として定着していたし、ネガティヴなニュアンスはなかった。まあ、単なる呼称に目くじらを立てる気はないよ。ロック、ジャズ、ヒップホップ...いずれもレコード店で見つけやすくするためのレッテルに過ぎない。「さあ、シューゲイザーのレコードを作るぞ!」なんて考えてスタジオに入ることはないけど、ライドのレコードを買いたいファンが見つけやすくなるならば、店の“シューゲイザー”コーナーに置いてもらうのは構わないよ。

M:どんなラベルを貼ろうが、ライドの音楽が変わるわけではないし、気にしない。さすがに“グランジ”と呼ばれたときは困惑したけどね(苦笑)。俺たちはグランジがブームになるずっと前からやっているし、ニルヴァーナとは全然似ていないだろ?

●“1990年代半ばにブリットポップがシューゲイザーを殺した”という論説は、物事をシンプルに捉えすぎでしょうか?

M:ううーん、どうだろうなあ...ライドはシューゲイザーのスポークスマンというわけでもないし、何とも言えないよ。

L:ブリットポップはシューゲイザーを殺したわけではなく、絨毯の下に隠した...という感じかな?21世紀にインターネットが普及したことで、昔のシューゲイザー・バンドが再評価されたり、新しいファン層を獲得したりしている。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインはその代表例だ。

M:それに“ブリットポップ”は必ずしも音楽を表現した呼び名ではなかった。オアシス、ブラー、スーパーグラス、レディオヘッドなどはそれぞれ異なったサウンドだったし、たまたま似たような時期にイギリスから登場したバンドだったんだ。彼らはブームが去った後も良いレコードを発表してきた。メンズウェアのように消え去ったバンドもいるけどね。シューゲイザーも同じようなもので、マスコミが騒がなくなってもずっと存在し続けてきたんだ。

●ライドは“クリエイション・レコーズ”の黄金期に活動したバンドのひとつですが、他の契約バンドとの交流はありましたか?元3カラーズ・レッドのクリス・マコーマックは“クリエイション”と契約していた頃、ロンドンのカムデンにあるパブ“スプレッド・イーグル”や“グッド・ミキサー”、“ダブリン・カッスル”に出入りしていたと言っていました。

M:それらのパブには“クリエイション”との打ち合わせだったり、用事があって行っていた。レーベルの他のバンドの連中とつるんで飲むことはほとんどなかったよ。

L:俺たちはオックスフォードに住んでいたし、1時間ちょっとの距離だから、ロンドンで用事が終わったら帰っていたよ。そのおかげで他のバンドから過剰に影響されず、ライドの音楽性の純度を保つことが出来たと思う。今ではアンディとスティーヴはロンドンに住んでいるけど、俺たちはオックスフォード在住だし、若干の距離を楽しんでいる。とても良い町だから、日本のファンがイギリスを訪れたら、ぜひ足を伸ばして欲しいね。

●『ディス・イズ・ノット・ア・セイフ・プレイス』に続く新作アルバムの予定はありますか?

M:今はワールド・ツアーをしている最中だし、まだ新曲は書いていない。ニュー・アルバムの計画は立てていないよ。...とはいっても、ライドは事前に計画を練ることがないバンドだから、突然事情が変わることもあり得る。ただ転がり続けるだけだ。

L:再結成してから出した2枚のアルバム『ウェザー・ダイアリーズ』と『ディス・イズ・ノット・ア・セイフ・プレイス』は、ライドがクリエイティヴな集合体であり続けることを証明したと思う。これからも良いアルバムを作り続けるし、何度でも日本をツアーしたり、フェスにも出演したいね。

RIDE photo by TEPPEI / 岸田哲平
RIDE photo by TEPPEI / 岸田哲平

【アルバム紹介】

ライド

『ディス・イズ・ノット・ア・セイフ・プレイス』

BIG NOTHING OTCD-6767(CD)他

現在発売中

レーベル公式サイト

http://bignothing.net/ride.html

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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