【インタビュー前編】キング・クリムゾン/ジャッコ・ジャクジク~NOW“現在”

King Crimson / photo by Claudia Hahn

2018年11月から12月にかけて、キング・クリムゾンが来日公演を行った。

デビュー50周年を目前にして、さらなる進化形態を我々に見せつけたキング・クリムゾンだが、現行ラインアップのヴォーカリスト&ギタリストとしてステージに立ったのがジャッコ・ジャクジクである。

「クリムゾン・キングの宮殿」「21世紀のスキッツォイド・マン」「スターレス」「インディシプリン」など 往年の名曲を歌いこなし、最新ナンバーでもプレイするなど、彼はバンドの過去と現在を繋ぐ重要な一員だ。

今回のインタビューで、ジャッコはキング・クリムゾンにおける自らの位置づけ、そして過去の知られざるエピソードを語ってくれた。

全3回となるロング・インタビューの第1回では、彼とキング・クリムゾンとの関わり方について訊いた。

<ジャクジクの名を誇りにしている>

●Jakszykという名字の正確な発音を教えて下さい。

正直に答えると、私自身にも判らないんだ。私は赤ん坊の頃に養子に出されて、ポーランド系の家庭に育てられた。私の育ての父親は若い頃、イギリスに移住してきたんだ。そのとき移民局の担当者がいい加減で、誤った綴りで書類に書き込んだんだよ。そのせいでJakszykというミススペルが、法的な名前になってしまった。その当時、父親はまだ英語があまり話せなかったんで、文句を付けることも出来なかったんだよ。それからずっと経って、家族でポーランドにある一族のお墓に行ったんだ。墓石に刻まれていたのはJaksikだかJakchikだったかな...よく覚えていない。たぶんジャクジク、あるいはジャクチェクが最も原音に近いと思う。

(注:日本のメディアでは“ジャクスジク”と表記されることがありますが、本記事では“ジャクジク”と表記します)

●ポーランドでは珍しい名字なのですか?

そうでもないと思うよ。ただ、イギリスでは子供の頃、この名前のせいでからかわれたりもしたね。Jackshitとか言われた(苦笑)。だから一時期、この名前が嫌いだったんだ。でも私を育ててくれた親の名前だし、今では感謝していて、誇りに思っているよ。

●実の御両親のことはご存じですか?

実の母はアイルランド系なんだ。ずっと後で知ったんだけど、1940年代から1950年代にかけて有名な歌手だった。アイルランドにはショーバンドという形式があって、彼女はジャック・ルアン・ショーバンド(Jack Ruane)でやっていた。自分の父親が誰かは知らない。

●アイルランドのショーバンドというと、大人数のバンドがスーツを着て、イギリスのヒット曲をダンスホールで演奏するという形式ですね。U2のボノやボブ・ゲルドフは“ロックの敵”と毛嫌いしていましたが...。

うん、1960年代には若者がロックンロールを聴くようになったし、ショーバンドはダサいものになったようだね。でも1950年代のアイルランドでは誰もがダンスホールに行って、ショーバンドの演奏に合わせて踊っていたんだ。

King Crimson / photo courtesy of WOWOW Entertainment
King Crimson / photo courtesy of WOWOW Entertainment

<「ザ・コンストラクション・オブ・ライト」はジグゾーパズルのような曲だ>

●今回(2018年11月~12月)のキング・クリムゾンでの日本公演は、あなたにとって何度目の来日でしょうか?

レヴェル42で1回(1994年)、21stセンチュリー・スキッツォイド・バンドでは2回日本をツアーした(2002年・2003年)。キング・クリムゾンで来るのは2回目だから、これが5回目だよ。今回、初めて広島に行ったんだ。午後を博物館(広島平和記念資料館)で過ごして、とてもエモーショナルな経験だった。犠牲者たちの焼け焦げた衣服やおもちゃなどを見て、本当に悲しかったよ。ライヴ会場(広島文化学園HBGホール)から徒歩で行ける距離だった。だから、その晩プレイした「エピタフ」には特別な想いが込められていた。

●現在のキング・クリムゾンのライヴ・レパートリーで、特に難易度が高い曲はありますか?

「フラクチャー」は難しいね。ロバート(フリップ)にとって、露わにしなければならない感情が大きい曲だし、テクニック面でもギタリストにとっては求められる要素が多い。滅多にやらない曲だけど、日本ではプレイしたんだ(東京公演3日目、11月29日/オーチャードホール)。ぴったりハマると満足度が高い曲だし、これからも時々やりたいね。

●「ザ・コンストラクション・オブ・ライト」もかなり難易度が高そうですね?

「ザ・コンストラクション・オブ・ライト」はジグゾーパズルのような曲なんだ。誰か1人がミスをすると、すべてが崩壊してしまう。これまで2回、この曲で大失敗したことがあるよ。1回は去年(2017年)、アメリカ・ツアー中だった。トニー(レヴィン)が2拍早く入ってしまったんだ。悪夢だった。2度目は今回の日本公演だった(大阪初日、12月9日)。2部構成のライヴで、第2部の1曲目が「ザ・コンストラクション・オブ・ライト」だったんだ。第1部の最後は別のギターを弾いていたから、A→Bスイッチを切り替える必要があった。でもそれをギター・テクが忘れたんだ。それで音が全然出なかった。ロバートも異変を感じて、他のみんなもプレイを止めた。演奏しているのはトニーだけになってしまったんだ。そしてサイクルを1周して、全員が加わったんだけど、ロバートと私は最初からプレイして、他のみんなは第2サイクルをプレイし始めた。頭がおかしくなりそうだったよ。これはまだ最近だし、笑い話には出来ないね。今後こういうことがないように徹底したい。

●キング・クリムゾンのように歴史が長くコアなファンのいるバンドで、“後任”ヴォーカリストとして歌うことについて、どう考えていますか?

私はキング・クリムゾンの大ファンだった。初めて彼らのライヴを見たのは、13歳のときだったんだ。私のヴォーカル・スタイルは、グレッグ・レイクやジョン・ウェットン、そしてボズ・バレルを聴いて形成されたんだよ。キング・クリムゾンで私は自分らしく歌うよう心がけているけど、“自分らしく”歌うことは、彼らからの影響があるんだ。ボズはファンから正当な評価を得ていない気がするけど、彼の声は素晴らしいよ。

<ロバート・フリップに「嫌です」というのは許されない>

●「インディシプリン」のライヴ・ヴァージョンであなたがメロディを歌うことになったのは、どんな経緯があったのですか?

『メルトダウン~ライヴ・イン・メキシコ』 ジャケット (WOWOWエンタテインメント)
『メルトダウン~ライヴ・イン・メキシコ』 ジャケット (WOWOWエンタテインメント)

かなり悩んだんだ。エイドリアンのスタイルとアプローチは独特なものだ。しかも彼はアメリカ出身で、ビート・ポエトリー的なアプローチを取っている。それを私が再現するのは難しいし、自分のスタイルにないものを模倣するべきではないと考えた。そうしたらロバートは「新しい歌詞を書いたら?」と提案してきた。よりイングリッシュな歌詞にしたらどうだってね。実際にやってみようと試みてみたけど、どうしても躊躇があった。既に曲と歌詞があるのに、私がズカズカと踏み入るべきではないと考えたんだ。だったら曲と歌詞を生かして、メロディだけを変えたら?...と考えた。そうしてギターで同じラインを弾いて、補強してみたんだ。かつてBBC向けに、演説を採譜するというのをやってみたことがある。スポークン・ワードを音楽と捉えるんだ。その手法をキング・クリムゾンに当てはめてみた。もうひとつ、フランク・ザッパの『ザ・マン・フロム・ユートピア』(1983)からインスピレーションを得たんだ。「ザ・デンジャラス・キッチン」と「ザ・レディオ・イズ・ブロークン」でヴォーカルとギターがシンクロするパートがあって、あんな風にやってみたらどうだろう?と思ったんだよ。

●「イージー・マネー」で新しい歌詞を書いたのは?

ポーランドのポズナンからクラクフまでツアー・バスで移動しているときだった。通常は4時間ぐらいだけど、交通事故のせいで10時間かかったんだ。そのときロバートが「歌詞をリライトしないか」と提案してきた。彼が気に入らない一節があったんだ。「君が新しい歌詞を書くまで、ライヴではやらないことにする」と言われて、次の日の朝に書いたんだよ。現代社会の欺瞞や不平等、腐敗した経済について、より具体的に描いた。

●少年時代から聴いてきたキング・クリムゾンの曲に新たな歌詞をつけるというのは、恐れ多くありませんでしたか?

そうだね。でもロバート・フリップ本人に頼まれて「嫌です」と断ったら、もっと許されないだろ(苦笑)。

●他の曲でも歌詞や歌メロを変えたりしましたか?

いや、その2曲だけだよ。もしかしたら今後、過去の曲のインスト・パートに歌詞を付けたりするかも知れないけどね。

●それはどの曲で?

まだ言えないんだ。ロバートの気が変わって、結局やらないかも知れないしね。でも、過去の曲をそのままステージでプレイするのではなく、新しいアレンジを加えることは、今後やってみるかも知れないよ。

King Crimson / photo courtesy of WOWOW Entertainment
King Crimson / photo courtesy of WOWOW Entertainment

<「新作アルバムを作る予定はない。作らない予定もない」>

●キング・クリムゾンとしての新曲は書いていますか?

スタジオ・アルバムこそ出していないけど、現在のライヴ・レパートリーには新曲が幾つもあるよ。「ジ・エラーズ」、「スータブル・グラウンズ・フォー・ザ・ブルース」、「メルトダウン」...まだリハーサルすらしていない新曲もある。私は常に曲を書いているし、ロバートと共作もしているよ。

●キング・クリムゾンとしての新作スタジオ・アルバムは期待出来るでしょうか?

...どうだろうね。我々の知る世界は一変してしまった。かつてはアルバムのプロモーションのために世界をツアーしていた。でも、今ではその方程式は崩れた。必ずしも新しいプロダクトがなくても、ライヴで観客動員が可能なんだ。マネージャーのデイヴィッド(シングルトン)がここにいたら、きっとこう言うだろうね。「キング・クリムゾンの新作アルバムを作る予定はない。だが、作らない予定もない」って。

●2019年の予定を教えて下さい。

世界をツアーするよ。北米、南米、ロンドンの“ロイヤル・アルバート・ホール”3公演...ブラジルの“ロック・イン・リオ”フェスティバルに出演するんだ。ヘッドライナーはミューズで、私たちはイマジン・ドラゴンズの後に出演する。私の娘はイマジン・ドラゴンズのファンだから、「凄い!」と言っているよ(笑)。ヨーロッパでも夏に野外フェスティバルに出演する。現在の編成のキング・クリムゾンにとって、野外フェスは新しい経験だし、すごくエキサイティングだよ。バンドの初期にはやっていたけどね。

●1969年のハイド・パークやプランプトン・フェスティバル、1974年のセントラル・パークなどは音源が残っていて有名ですよね。

その通りだ。本来キング・クリムゾンは野外ライヴでも映えるタイプのバンドなんだよ。2019年にはそれを証明する機会が多くあると思う。

●ロバート・フリップは2千人以上の会場ではやりたくないと話していたそうですが...。

うん、でもロバートの気が変わったんだ。だから野外フェスもやるし、ロンドンの“ロイヤル・アルバート・ホール”でも3公演をやる。去年(2017年)もロサンゼルスの“グリーク・シアター”でショーをやったけど、6千人ぐらいのお客さんが集まってきたよ。現在のキング・クリムゾンへの需要は高いし、大きな会場でプレイするのを楽しんでいる。東京のオーチャードホールみたいな中規模の会場で7回公演も出来るのは理想だけど、熱心なファンがチケットを取れない事態は避けたいんだ。フェスティバルに出演することで、大勢のファンの前でプレイ出来るし、新しいリスナー層に知ってもらうことも出来る。

●キング・クリムゾンのスケジュールが忙しくて、あなたのソロ・キャリアは難しいでしょうか?

私がキング・クリムゾン用に書いた曲のアイディアをロバートに聴かせて、彼がそれをバンド向きでないと判断すると、「君のソロ・アルバムはきっと素晴らしいものになるよ」と言うんだ(苦笑)。それがもう何度もあったし、ソロ・アルバム1枚分の曲は溜まったよ。

●お子さんも音楽をやっているんですよね?

うん、14歳の娘がいて、歌とピアノをやっているよ。息子も音楽大学に通っていて、ベースを弾いている。いずれ彼らを私のバンドに入れて、ノーギャラでこき使うつもりなんだ(笑)。2021年にキング・クリムゾンが日本に戻ってきたら、ジャクジク・ファミリーが前座を務めるかもね!

●現在のキング・クリムゾンは、どんな状態ですか?

すごくナチュラルな形で進化を続けているよ。その理由のひとつとして、バンドの伝統に過剰に囚われていないことがあるんだ。パット・マステロットと私を除けば、みんなキング・クリムゾンの歴史に無頓着だったりする。ギャヴィンは1枚もこのバンドのアルバムを持っていないよ。だから「今度この曲をライヴでやろう」となったとき、彼は初めてその曲を聴くことになる。“こうあらねばならぬ”という既成概念がないから、自由に解釈出来るんだ。例を挙げると、「ディシプリン」のドラムスのアレンジはオリジナルとはまったく異なっている。私はもちろんオリジナルが大好きだけど、ギャヴィンのアレンジを聴いて、「凄い!」と思ったよ。トニー・レヴィンも自分が加入する前、1960年代から1970年代のキング・クリムゾンの音楽はほとんど聴いたことがない。もう30年近くバンドにいるのにね(苦笑)!現在のキング・クリムゾンは過去の曲もライヴでプレイしているけど、カヴァー・バンドではないんだ。そんな状況を、私自身も楽しんでいるよ。長年のファンだったけど、過去をコピーするつもりはない。常に刺激的でありたいんだ。キング・クリムゾン結成50周年という節目にバンドの一員でいるのは、すごく光栄なことだ。できる限り長いあいだ、このバンドで前進していきたい。

次回“中編”ではロバート・フリップの出会い、幻の“クリムゾンDNA”、キング・クリムゾン復活に至る軌跡を、ジャッコが振り返る。

『Live In Newcastle December 8, 1972』ジャケット(WOWOWエンタテインメント)
『Live In Newcastle December 8, 1972』ジャケット(WOWOWエンタテインメント)

ライヴ・イン・ニューカッスル・1972年12月8日

キング・クリムゾン

WOWOWエンタテインメント IECP-10366

2019年6月5日発売

日本レーベル公式サイト http://wowowent.jp/artists/detail/41

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