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【ライヴ・レポート】キング・クリムゾン 2018年11月27日 東京・渋谷 オーチャードホール

山崎智之音楽ライター
King Crimson / WOWOW Entertainment

2018年11月27日、キング・クリムゾンの“UNCERTAIN TIMES”ジャパン・ツアーが開幕した。

東京4日間公演からスタートしたツアー。札幌から福岡、広島まで日本列島を縦断、さらに東京に戻ってきて3回のライヴを行った後、名古屋で最終公演を迎えるという全15回、 1ヶ月近くにおよぶ大規模なものだ。

ドラマー3人をフロントに据えた多人数のバンド構成、開演前のロバート・フリップによる「トニー・レヴィンがカメラを手にしているときのみ写真撮影を許可します。さあ、キング・クリムゾンとパーティーしましょう」という“前説”(姿は見せず)などは前回、2015年の来日公演時に大きな話題を呼んだ。

それから3人ドラムス編成のバンドは世界をツアー、『ラディカル・アクション〜ライヴ・イン・ジャパン・アンド・モア』(2016)『メルトダウン〜ライヴ・イン・メキシコ』(2018)でそのステージ・パフォーマンスを何度も見ることが可能となった。また、SNSでフリップ(と奥方トーヤ・ウィルコックス)のひょうきんな写真が公開され、カタブツなイメージも以前と比べると薄れている。

そのため、ステージ前に並ぶ3台のドラム・キットを目の当たりにしたり、フリップが“前説”で「みんなでグッド・タイムを過ごそうね。イエ〜イ♪」と発言しても、決して大きな衝撃ではなかった。

そんなことより東京公演初日で衝撃だったのは、ライヴそのものだった。二部構成でトータル3時間に及ぶライヴは、バンドの初期から近年のナンバーまでを網羅するもの。キング・クリムゾンの“オールタイム・ベスト”ライヴに最も近い選曲となっている。

もちろん過去の曲も単なるノスタルジアに堕することなく、現行メンバー達による新たな生命が吹き込まれた刺激的なヴァージョンへと変貌していた。

King Crimson / courtesy of WOWOW Entertainment
King Crimson / courtesy of WOWOW Entertainment

“ドラムサンズ”と呼ばれるドラマー・トリオのバトルから始まったライヴ。「ザ・ヘル・ハウンズ・オブ・クリム」と似た構成だが、関係者に配られたセットリストには「Drumsons Go East」と記されており、日によって「Drumsonsなんとか」とタイトルが変わっていく。

ライヴの第1部はアルバムあるいはラインアップの単位で数曲ごとにブロックが形成されていく。最初は1980年代クリムゾンの「ニューロティカ」「ディシプリン」「インディシプリン」だ。この時期の曲を現行クリムゾンがプレイすることについて、当時ギタリスト兼ヴォーカリストだったエイドリアン・ブリューが異を唱えたこともあったが、現在では和解。ジャッコ・ジャクスジクがヴォーカルを取っている。「インディシプリン」でのエイドリアンの“語り”をジャッコがメロディアスに歌い上げるのは違和感もあるが、同じようにやっても意味がないし、むしろこの違和感を楽しんでしまうのが正解なのだろう。そのハリのある伸びやかな歌声はグレッグ・レイクやジョン・ウェットンの流れを汲む、クリムゾンの正統を受け継ぐのに相応しいものだった。

“ディシプリン期”の低音パートを支えたトニー・レヴィンは曲ごとにベースとチャップマン・スティックを持ち替え、鮮烈なオリジナリティとセッション・プレイヤーとしての堅実さを兼ね備えた変幻自在のプレイでバンドを引っ張っていく。

ライヴを通じて着席していた観客だが、曲ごとに大きな拍手と声援を惜しみなく送る。そんな中でどよめきに近い歓声が沸いたのが『リザード』からのセレクションをメドレー形式でプレイしたときだ。1970年に発表されたこのサード・アルバムは熱心なファンにとっては当然義務教育レベルであるものの、「サーカス」「ピーコック物語のボレロ」「戦場のガラスの涙」がライヴでまとめてプレイされるのは事件レベルの出来事である。それから翌1971年の「アイランズ」へと続く展開は、全身が痺れるような快楽をもたらしてくれた。

だが、“キング・クリムゾン”と“懐メロ”は相容れることのないタームだ。過去の楽曲は現在の布陣によって、時代を超越した存在へと昇華される。1970年に初合体を果たしたフリップとサックス奏者のメル・コリンズが48年を経て今もなお観客のハートを揺さぶる存在であるのは、驚異でしかない。

そんなクラシックスに続くのは、21世紀クリムゾンの“ラディカル組曲”だ。「ラディカル・アクション」「メルトダウン」そして「太陽と戦慄パート5」(「レヴェル5」改め)はサージカル・スティールの鋭利なメスのように鼓膜に斬り込んでくる。張り詰めた緊張感がそのまま上り詰めたところで、第1部は大団円を迎えた。

この時点で既に開演から1時間半が過ぎており、年齢層が高めのファンはトイレへと走る。 長い行列のため、20分の休憩タイムは決して余裕のあるものではない。“演奏中の入場・退場は曲と曲との間でお願い申し上げます”という貼り紙を見て、慌てて自分の席に戻る観客もいた。

第2部もまた、トリプル・ドラムスの掛け合いから始まる。「デヴィル・ドッグス・オブ・テセレイション・ロウ」に似たパターンのこの曲は「Drumsons Reorient」と名付けられている。

King Crimson / courtesy of WOWOW Entertainment
King Crimson / courtesy of WOWOW Entertainment

そして第2部は「堕落天使」と「レッド」へと雪崩れ込む。アルバム『レッド』(1974)は当時のラインアップのクリムゾンの最終作であり、オイルショックや東西冷戦など発表当時の世相のせいもあって、今聴いても終末感の漂う作品だ。ベースとヴォーカルを担当していたジョン・ウェットンがもはやこの世にいないことを考えると、この2曲は何かの“終わり”を告げる曲として我々に迫ってきた。

「ムーンチャイルド」の寂寞感に満ちたイントロと、観衆の異様なまでの昂ぶりは、見事なコントラストを成していた。『クリムゾン・キングの宮殿』(1969)からのこの曲に続いて披露されたのは、プログレッシヴ・ロックと呼ばれるスタイルそのものを象徴する名曲「クリムゾン・キングの宮殿」だ。

ミニストリーやR.E.M.のドラマーとして知られ、このツアーにはキーボード奏者として参加しているビル・リーフリン、そしてドラム・キットの横にキーボードを置いているジェレミー・ステイシーの2人が奏でる調べは、宗教的な領域にまで曲を押し上げていく。

お調子者だったらメイン・テーマの「あー、あーああー♪」というパートを合唱しそうなものだが、この日の観衆はあまりに荘厳な演奏に気圧されたのか、ほとんど押し黙っていた。彼らの沈黙が破られたのは、「パペッツ・ダンス」を含む結尾句で曲が終わり、拍手とスタンディングオベーションが会場全体を支配したときだった。

場内が恍惚の境地に達して、バンドが演奏したのが「イージー・マネー」だった。数十年にわたり慣れ親しんだ歌詞が一部書き換えられているのは「...ん?」と感じたものの、それは前半の「インディシプリン」同様、ファンの抱く固定した“キング・クリムゾン像”を崩すものとして、それ自体がひとつの表現となっていた。

本編ラスト「太陽と戦慄パート2」、アンコール「スターレス」で、“UNCERTAIN TIMES”ジャパン・ツアー初日公演は幕を下ろした。お約束通り、トニー・レヴィンがカメラを持ち出し観客を撮影。それに対して観客もここぞとばかりバンドをカメラやスマホで撮影する。

King Crimson / courtesy of WOWOW Entertainment
King Crimson / courtesy of WOWOW Entertainment

2日目以降、セットリストは変化していき、初日には演奏されなかった曲も次々とプレイされていく。初日のライヴが素晴らしかったことはもちろんだが、「21世紀のスキッツォイド・マン」「再び赤い悪夢」「平和」「エピタフ」などがプレイされたと聞くと、もう1回見に行きたい!...という誘惑が脳内を苛む。

年末の忙しい時期。チケットも決して安くはないが、すべてをかなぐり捨ててスキッツォイド・マンになって会場に走らせるのが、キング・クリムゾンのマジックだ。

“UNCERTAIN TIMES=不安定な時代”には不安定な音楽を。キング・クリムゾンは我々の聴覚を、価値観を、日常生活を、根底から揺さぶる存在である。

(Indiscipline- Live in Mexico City)

【公演日程】

KING CRIMSON キング・クリムゾン UNCERTAIN TIMES

2018年

11月27日(火) 東京 Bunkamuraオーチャードホール

11月28日(水) 東京 Bunkamuraオーチャードホール

11月29日(木) 東京 Bunkamuraオーチャードホール

11月30日(金) 東京 Bunkamuraオーチャードホール(追加公演)

12月2日(日) 札幌 文化芸術劇場hitaru

12月4日(火) 仙台 サンプラザホール

12月7日(金) 金沢 本多の森ホール

12月9日(日) 大阪 グランキューブ

12月10日(月) 大阪 グランキューブ

12月12日(水) 福岡 サンパレス

12月14日(金) 広島 広島文化学園HBGホール

12月17日(月) 東京 Bunkamuraオーチャードホール

12月18日(火) 東京 Bunkamuraオーチャードホール

12月19日(水) 東京 Bunkamuraオーチャードホール(追加公演)

12月21日(金) 名古屋 国際会議場センチュリーホール

(開場・開演時間は日本公演特設サイトまで)

企画・制作・招聘:クリエイティブマンプロダクション

日本公演特設サイト

https://www.creativeman.co.jp/artist/2018/12KingCrimson/

画像

キング・クリムゾン

『メルトダウン〜ライヴ・イン・メキシコ』

現在発売中

WOWOWエンタテインメント

http://wowowent.jp/artists/detail/41

アーティスト日本公式サイト

http://www.king-crimson.jp/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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