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ホラー映画の巨匠ジョン・カーペンターがアルバム・デビュー。『ロスト・シームズ』『〜2』を語る

山崎智之音楽ライター
John Carpenter

『ハロウィン』(1978)、『ザ・フォッグ』(1980)、『遊星からの物体X』(1982)などで知られるホラー映画の巨匠、ジョン・カーペンターがミュージシャンとしてのアルバム『ロスト・シームズ』『ロスト・シームズ2』を日本で同時発売した。

これまで自分が監督する映画作品のサウンドトラックを手がけ、『ハロウィン』や『ジョン・カーペンターの要塞警察』のテーマは映画ファンのみならず、世界の音楽ファンから“名曲”と呼ばれてきた。

『ロスト・シームズ』2部作は映画サウンドトラックではなく、存在しない映画の“ロスト・シームズ=失われたテーマ”を描いた作品だ。全編インストゥルメンタルの楽曲それぞれが異なった世界観を描き、聴く者の不穏なイメージをかき立てる。

2016年5月からライヴ・パフォーマーとしてツアーを開始、『ニューヨーク1997』テーマからスタートするライヴが絶賛を浴びるなど、ジョン・カーペンターは68歳にして新たなキャリアを始動させたところだ。

“ミュージシャン:ジョン・カーペンター”への日本初インタビューをお届けしよう。

聴く人が頭の中で映画を展開させて欲しい

●『ロスト・シームズ』と『ロスト・シームズ2』という2作の音楽アルバムは、どのような意図で作られたのですか?

John Carpenter  by Kyle Cassidy
John Carpenter by Kyle Cassidy

“ロスト・シームズ=失われたテーマ”とは、君たちの心の中にある映画のためのテーマ曲なんだ。『2』の「ディスタント・ドリーム」や「ホワイト・パルス」は“失われた映画”のタイトルだよ。私が音楽を提供するから、聴く人みんなが頭の中で映画を展開させて欲しい。

●あなたは長年、映画のテーマ曲で知られてきましたが、何故この時期になって音楽アルバムを作ることにしたのですか?

数年前の話だけど、音楽ソフトウェアLogic Proを入手したんだ。それで私と息子のコディとでテレビゲームをしながら、飽きると曲を書いたりしていた。その繰り返しで、けっこうな量の曲が溜まったんだ。その時期、新しい音楽エージェントと契約して、「新しい曲はありませんか?」と訊かれたから、手元にあるトラックを送ってみた。そうしたらしばらくして、彼女から「レコード会社との契約が取れました」と言ってきたんだ。それで『ロスト・シームズ』第1作を作ることになったんだよ。いたってシンプルなんだよ(笑)。

●『ロスト・シームズ2』を作ることになったのは?

Lost Themes II
Lost Themes II

コディは日本で英語の講師をしているけど、ちょうどアメリカに戻ってきたんで、私の家に住んでいたことのあるギタリストでエンジニアのダニエル・デイヴィスと集まって、2枚目を作ることにした。『2』の音楽はギターやドラムスの割合が増して、よりリアルな人間が演奏しているアルバムになった。『1』は3年ぐらいかけて書きためた曲を収めているし、『2』にはその後1年ぐらいで書いた曲が収録されている。どちらのアルバムを作るのも、すごく楽しい作業だった。

●映画のテーマ曲を書くのと音楽スタンドアローンの曲では、どのように異なりますか?

映画音楽を書くのは、映像のイメージに沿って曲を書く作業だ。アルバム用の音楽は、音楽だけで独り立ちするものだという点で異なっている。どちらも楽しんでいるよ。

●第1作と『2』では、音楽性はどのように異なるでしょうか?

『2』の方が少しだけダークでなく、メロディがあって、“遊び”の部分があるかな。決して意図したものではないけどね。それと『1』の曲タイトルはどれも1語で、『2』はどれも2語だ。それは意図したことだよ。

ハートの奥底から湧き出る音楽がアルバムのサウンドだ

John Carpenter  by Kyle Cassidy
John Carpenter by Kyle Cassidy

●あなたにとって音楽の原点は何でしょうか?

私の両親がクラシックを愛聴していたんだ。父親(ハワード・ラルフ・カーペンター)がウェスタン・ケンタッキー大学音楽部門長だったこともあるし、家にも音楽が溢れていた。父からの影響は大きかったね。バッハ、ブラームス、モーツァルト、ベートーヴェン、マーラー…でも十代になって、ロックンロールのファンになったんだ。エルヴィス・プレスリーやビートルズ、ローリング・ストーンズのような、ベーシックなリフが反復する音楽を聴いていた。私はピアノを弾いていたけど、ジェリー・リー・ルイスみたいなことをする気はなかった。シンセサイザーをプログラミングすることでオーケストラのようにビッグなサウンドやエレクトロニックなサウンドを得るようにしたんだ。それを踏まえてメロディ・ラインを書くようになった。その結果、ロックンロールとは異なった音楽をプレイするようになったんだ。

●影響を受けたシンセサイザー音楽家はいますか?

特にいないな。

●あなたが『ダーク・スター』で初めて映画音楽を手がける以前にシンセサイザーで映画音楽を提供していたといえばウォルター(ウェンディ)・カルロスがいますが…。

ウォルター・カルロスのことは知っているし彼の音楽は好きだけど、『スイッチド・オン・バッハ』や『時計じかけのオレンジ』からは特に影響は受けていない。

●ゴブリンはどうでしょうか?

『サスペリア』の音楽は素晴らしいね。

●タンジェリン・ドリームは?

初めてタンジェリン・ドリームを聴いたのは『恐怖の報酬』(1977)のサウンドトラックだった。彼らの音楽と出会ったことで、自分自身の音楽性も徐々に変化したかもね。

●『ロスト・シームズ』『2』のシンセには1970〜80年代のレトロなサウンドも随所で感じられますが、それは意識しましたか?

いや、殊更にオールドスクールなスタイルでやろうとしたわけではない。私自身がオールドスクールなだけだ。私のハートの奥底から湧き出る音楽がアルバムのサウンドなんだ。

●『遊星からの物体X』でエンニオ・モリコーネを起用したにも関わらず、その多くを使わなかったのは何故ですか?

モリコーネの音楽は昔から大好きだったんだ。自分の結婚式で彼の曲を使ったほどだよ。それでぜひ自分の映画の音楽をやって欲しかった。ただ、彼が書いたスコアはどうも映画の雰囲気と合わなくってね。私が新規に書いた曲を使うことにした。ただ映画本編にも彼の音楽は残っているし、サウンドトラック・アルバムには未使用パートも含めて収録されているよ。メイン・テーマは彼が私の作風をイメージして書いてくれたんだ。とても光栄に思っている。

●ジャン=ミッシェル・ジャールの『エレクトロニカ1:ザ・タイム・マシーン』にゲスト参加したのは?

私はジャン=ミッシェルの『幻想惑星』や『軌跡』のファンだったから、彼のアルバムに参加する話をもらってすごく嬉しかった。機会があれば、また何か一緒にやってみたいね。

●『ゴースト・オブ・マーズ』ではアンスラックスやスティーヴ・ヴァイ、バケットヘッドなどヘヴィなギターと共演していますが、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルについてはどのように考えていますか?

私はずっとヘヴィな音楽が好きだった。ブラック・サバスやメタリカのようなバンドがね。初めて自分の音楽にメタルの要素を取り入れたのは『マウス・オブ・マッドネス』だった。このメイン・テーマでプレイしているのはキンクスのデイヴ・デイヴィスなんだ。彼はハリウッドで近所に住んでいて、今でも友達なんだよ。

68歳。毎日がミラクルだ

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●楽曲のタイトルにはどんな意味があるのですか?

それぞれの曲をイメージしたタイトルを付けているよ。「ヴォルテックス(=渦巻き)」は聴く人を吸い込んでいくし、「オブシディアン(=黒曜石)」は闇のようにダークな曲調だ。「ミステリー」はフィルム・ノワールのように神秘的だし、「アビス(=深淵)」には沈んでいく深さがある。『2』のタイトルになると、より複雑な意味があるんだ。それにはあえて触れず、聴いた人がイメージを拡げて欲しいね。

●『ロスト・シームズ2』の曲タイトルの多くは抽象的ですが、「ベラ・ルゴシ」のみは具体的ですね。

 Lost Themes
Lost Themes

「ベラ・ルゴシ」は彼の出演した映画のサウンドトラックというわけではなく、彼という存在をアブストラクトに音楽化したんだ。この曲はほとんどがダニエル・デイヴィスの書いたもので、私はそれにパーツを付け加えた。

●ベラ・ルゴシはホラー映画のジャンルを代表する俳優の一人ですが、もし彼が生きていたら自分の映画に出したいですか?

…うーん、彼に向いた役柄があれば、という感じだね。彼が出演した映画は大半が酷いからなあ。

●これからも『ロスト・シームズ3』『4』などを期待できるでしょうか?

ははは、I HOPE SOだ。私は今、ここにいるので満足だ。私は68歳だし、一日一日がミラクルだよ。幾つか曲のアイディアはあるし、COMING SOONだ。

これからは“マスター・オブ・シンセ”と呼んでくれ!

The John Carpenter Band
The John Carpenter Band

●『ロスト・シームズ2』発表後の2016年5月から本格的にライヴ活動を行うそうですが、そのことについて教えて下さい。

これまで映画完成パーティーとかで友達とライヴをやったことはあるけど、本格的なツアーをやるのは始めてなんだ。仲間内でやるのとは事情がまったく異なるし、ナーバスで恐怖に怯えているよ(笑)。

●『ゴースト・ハンターズ』の主題歌「ビッグ・トラブル・イン・リトル・チャイナ」はバンド形式で演奏するミュージック・ビデオも作られましたね。

『ゴースト・ハンターズ』のテーマは全部シンセで作ったんだ。私とニック・キャッスル、トミー・リー・ウォレスという映画学校時代からの仲間3人で“ザ・クーペ・ド・ヴィルズ”というバンドを組んでいて、アルバムも作ったんだよ(『Waiting Out The Eighties』)。MTV向けにビデオも作ったんだ。一晩で作ったけど、楽しい経験だったよ。

●今回のツアーで「ビッグ・トラブル・イン・リトル・チャイナ」はプレイするでしょうか?

考えてもみなかったけど、今回のツアーではやらないだろうな。いろんな映画のテーマ曲と『ロスト・シームズ』2作からの曲を演奏する。それにヴィジュアルも加わるよ。それ以上は言えない。ライヴを見に来てもらわないとな。

●ぜひ日本にもライヴで来て下さい!

うん、もしかしたら行けるかもね(MAYBE)。

●あなたは永遠に映画界の“マスター・オブ・ホラー”として崇拝され続けるでしょうが、音楽をやっているときは、一人のミュージシャンとして評価されることを望みますか?

時にそう感じることもあるね。“映画監督が趣味で音楽をやっている”のではなく、ミュージシャンとして捉えて欲しいと思う。これからは“マスター・オブ・シンセ”と呼んでくれ(笑)!

●その一方で、2010年の『ザ・ウォード/監禁病棟』以来となる新作監督映画も気になるところですが、予定はありますか?

まだ判らない。幾つかプランはあるけど、具体的な動きはないんだ。STAY TUNED!

●ジョン・カーペンター

『ロスト・シームズ』

ホステス SBR123CDJ

『ロスト・シームズII』

ホステス SBR150CD

現在発売中

●映画秘宝VISUAL BOOK

『ジョン・カーペンター 恐怖の裏側』

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ジョン・カーペンター、トニー・ティンポーン:文

キム・ゴットリーブ=ウォーカー:撮影

富永晶子:翻訳/小島秀夫:解説

洋泉社:刊

現在発売中

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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