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北海道の「野湯」で死亡事故が発生 潜む危険から身を守る【入浴心得5か条】

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
パウシベツ川横に湯船がある(2009年筆者撮影)

2022年1月上旬――。

北海道中標津町に湧く、人気の野湯「からまつの湯」が立ち入り禁止になった。

理由は、昨年11月に利用者の男性が転落したことでやけどを負い、死亡する事故が発生したからだ。「からまつの湯」は土地所有者である国に届け出をしておらず、管理の実態が曖昧だったことから、立ち入り禁止に至ったが、地元住民から再開を求める声が上がっているという。

簡素ながらも、いつ訪ねても掃除は行き届いていた(2009年筆者撮影)
簡素ながらも、いつ訪ねても掃除は行き届いていた(2009年筆者撮影)

「からまつの湯」は、道道から少し入り、パウシベツ川のほとりに湧いている温泉だ。川のすぐ横に、石で組まれたシンプルな湯船と簡素な脱衣所のみの、いわゆる「野湯」である。

温泉好きなら、一度は入ってみたいと憧れを抱く。

私も、何度となく訪ねているが、いつ行っても、清掃が行き届いており、きれいな湯船だった。少しゆで卵のような匂いがして、無色透明のつややかなお湯越しに、湯船の底の小石が見えたことを鮮明に覚えている。それほど綺麗なお湯で、清潔な湯船だった。お湯に身をゆだね目をつむると、川音が耳に心地よかった。ただ、源泉温度は80度程の高温で、川の水で調整して入る。

木で囲われただけの簡素な野湯「からまつの湯」(2009年筆者撮影)
木で囲われただけの簡素な野湯「からまつの湯」(2009年筆者撮影)

そもそも「秘湯」とは? 「野湯」とは?

この20年間コンスタントに続いた温泉ブームにおいて、山里のいで湯などを指す「秘境の湯」は、いちジャンルを確立させた。この「秘境の湯」は、宿の人が管理する「秘湯」と、愛好者などが自発的に管理する「野湯」に分けられる。

主だった責任者が不在な「秘境の湯」は「野湯」と呼ばれて親しまれ、全国各地に多数あり、その愛好者も一定いる。しかし「からまつの湯」のように、温泉が湧き出るところを有志で清掃や湯船の管理をしているだけで、特に届け出もしていないため、その数は誰にも正確に把握されてない。

魅力的すぎる「野湯」

「からまつの湯」だけでなく、一般的に「野湯」の魅力は、大自然の懐に飛び込めること。

その解放感たるや――。

「からまつの湯」ではないが、私は本州の「野湯」で入浴中に、天然記念物のニホンカモシカと目があったことがある。そして、小さなことで悩んでいる自分が馬鹿らしくなり、気持ちがおおらかになる。私は人生観が変わるほどの体験を「野湯」でしてきたし、湯上がりの爽快感をたくさん味わってきた。今となっては、かけがえのない思い出の数々で、もう10年以上前の入浴でも、ありありとあの感動が思い浮かぶ。

本当に、危険なのか!?

「野湯」に共通して言えることは、自然の中でお湯を愉しめる分、野趣あふれることだ。それゆえ、行くまでの交通手段が悪路を歩いていくしかない場合もある。また入浴の環境整備はされていないから、足元が不安定な場合も多く、十分に気を付けた方がいいロケーションであることは確かだ。

ご記憶にあるだろうか、10年以上前に別府の野湯付近で女性の他殺体が発見されたことを。

このような事件に巻き込まれないように、自分の身は自分で守るしかない。

「野湯」入浴の5つの注意点・身の守り方

①そもそも自然の中にあるため、その日の状況(雨、雪、落雷等)により、行ける環境にあるか、確認する。数日前からの状況は、近くの旅館などが把握していることも多いので、できれば近くの宿に前泊し、情報収集することが望ましい。

②当日も大雨など天候の急な変化により環境が激変し(例えば濁流によって道が遮断されるなど)、ひとりでは進退きわまるかもしれないので、「野湯」に行く際は最低でも2人以上、なるべく大人数で行くのがよい。

③目的の「野湯」に行くことを宿や観光案内所等に伝えておき、何かトラブルや異変に巻き込まれた時、第三者が気づけるようにしておく。

④人が管理していないお湯だから温度調整ができていない。熱いお湯の場合もあるため、ネットなどで事前に調べておく必要がある。そして温度を確認せぬまま、絶対に飛び込まない。

⑤足場が悪い場合もあるので、転倒や転落にも気を付ける。

結局のところ自己管理となる。

ただそれは、「自分」を守るということだけでなく、「野湯」そのものを守るためでもあることを忘れてはならない。いち「野湯」ファンとして、あの素晴らしい世界が淘汰されないことを祈る。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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