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人気ドラマ「俺の家の話」で描かれた温泉の力 親子の絆を深める「親孝行温泉」とは?

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
バリアフリー対応の鹿児島県霧島温泉旅行人山荘(撮影・著者)

脚本家・宮藤官九郎さんと主演・長瀬智也さんが最強タッグを組んだドラマ「俺の家の話」は、介護をテーマに描かれるということで、初回からリアルタイムで視聴してきた。

本ドラマは毎度毎度、ジェットコースターに乗ったかのごとく、感情がゆさぶられ、一時間が忙しい。2月26日放送の第6回も、いつも以上に笑い転げ、最後はいつも通りに感涙。それはクドカンさんの真骨頂であるギャグが炸裂したしていたこともあるが、なにより家族旅行の喜怒哀楽を描ききっていたからだと思う。

観山家の25年ぶりの家族旅行は、

スパリゾートハワイアンズへ

観山家が向かった先は、映画「フラガール」のモデルとなり、いまもフラガール達がパフォーマンスで愉しませてくれる福島県スパリゾートハワイアンズ

そう、温泉である。

神奈川県箱根湯本温泉ホテルはつはな。バリアフリー対応の客室(撮影・筆者)
神奈川県箱根湯本温泉ホテルはつはな。バリアフリー対応の客室(撮影・筆者)

温泉は人の心まで裸にする。温泉に行くと、あまりに心地がよく、社会で被っている仮面をつけていられなくなるのだ。本性を隠し切れない、それが温泉マジックというもの。

観山家の面々も、やはり隠し切れない感情があらわになった。父・寿三郎を温泉に入れようと奮闘するも、寿三郎のワガママぶりに、これまで溜まっていた不満が爆発して暴れ、だがすぐに反省する寿一がその代表だ。それゆえ家族にとって強烈な記憶となり、大切な思い出になる。

素顔をさらしてしまう温泉だからこそ、「どんな人にも温泉を諦めて欲しくない」と強く願って、私はバリアフリー温泉を取材し、その存在を広めることに力を入れてきた。

ちなみに、ドラマにも出てきた「トラベルヘルパー」を利用すれば、どのような身体の状態の人も旅を、温泉を楽しめる。ドラマの介護監修をされている日本トラベルヘルパー協会会長の篠塚恭一さんは「旅はリハビリ」とおっしゃる。

温泉に行くと身体も心も洗われて、症状も回復するのだろう。

その名は「親孝行温泉

少し「私の家の話」をしよう。

数年前、半年ほど入院した父は一気に筋肉が落ちて、移動に車いすを利用するようになった。気力も体力も弱っていた父に私は「お父さん、温泉行こうね!」と語りかけ、リハビリを頑張ってもらった。

入院先の医師から待望の外出許可が出た時、私は温泉旅館の日帰りプランを利用し、父を温泉に連れていくことにした。

病院を出発する際に、半年間着た病院着から、外出するための洋服に着替えた。そして旅館に入り浴衣に着替えると、父の顔つきが、みるみる入院前の父に戻っていった。

人は着ているもので表情が変化することを、この時初めて知った。

病院から車でほど近い宿のバリアフリー対応の貸切風呂を予約していた。

寿一が寿三郎を毎日、家のお風呂に入れてあげるように、私が父の温泉入浴介助をするつもりでいた。 

ところが、だ。

「おら、でっかい風呂に行く!」

「お父さん、お風呂で転んだらどうするの、骨折でもしたら、今度は動けなくなるよ。私が見守れる貸切風呂にしてよ……」

「いや! おらはどうしても大浴場に行く」

そう言いきって、父は杖をつきながら男性の大浴場に向かった。

4年連続日本1に輝いた「シルバーに優しい温泉地」佐賀県嬉野温泉(撮影・筆者)
4年連続日本1に輝いた「シルバーに優しい温泉地」佐賀県嬉野温泉(撮影・筆者)

私は男性大浴場に掲げられた暖簾の前で待つ。30分経っても父は出てこず、私の心配が頂点に達した45分過ぎに、父がようやく戻ってきた。

顔がぴかぴかに光り、お肌なんてつやつやだ。

「お父さん! 心配したよ!」怒る私に、「いい湯だったも~ん!」と、得意げな父。

「お父さん、杖は?」

「あ、忘れてきた」あっさり言った父は脱衣所に杖を取りに戻った。

温泉取材をしていて、よく宿のご主人から「ついてきた杖を忘れて帰るお客さまが多い」と聞くが、こういうことだったのか。

「お父さん、温泉どうだった~」

「こうやって両手、両足を広げて入った」と手足の指先まで広げ、満面の笑みで父はお風呂での様子を再現してくれた。

生まれたばかりの赤ちゃんみたいな顔をしていた。頑固な父も、こんな幸せそうな顔をするんだ。この時の父の表情は私は決して忘れないだろう。

この経験から、高齢者が行きやすい温泉地や宿を私は「親孝行温泉」と命名した。

「親孝行温泉」を実現できるタイミングはそう多くはない

「親孝行温泉」は、親が行きたいと思う以上に、子供が親に何かをしてあげたいと切望して計画するものである。

親は「子供たちに迷惑をかけたくない」という、自信のなさを言いわけにして、意外に及び腰。

ドラマでも、寿一が「何がなんでも行く!」と力を込めて、家族で温泉旅行が決定したではないか。

私は、寿一にこう言いたい。「それが親孝行温泉だよ」と。

私も、いま父と温泉に行きたい。あの父のつやつやした、満足気な顔を見たい。

観山家が最高の写真を撮れたように、私もいま温泉旅館で家族写真を撮りたい。

家族旅行は、一見いつでも行ける気がするが、実行できるタイミングは案外、限られている。

コロナが収束したら必ず行こう、すぐにでも行こう、親孝行温泉に!

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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